幸せなひと時と不穏な気配

「えへへ……どうかな?」

「おお……っ!」


 池のほとりに到着し、景色の良い場所に座ってライザが弁当の蓋を開けた瞬間、俺は思わず感嘆の声を漏らした。

 ホロホロ鳥の玉子のサンドイッチにワイルドボアのハンバーグ、ポテトサラダ……やばい、全部俺の大好物ばかりだ。


「そ、その、めちゃくちゃ嬉しいんだが、夜の営業をしながらこれを作るのって、大変じゃなかったか……?」


 俺は申し訳なく思い、ライザにおずおずと尋ねる。

 てっきり残り物で用意したものだと思っていたのに、この弁当のために作ってくれているのは明らかだからな。


「全然、大変じゃないよ。そんなことより、早く食べてみて!」

「お、おう……」


 ライザに勧められるまま、俺はサンドイッチを頬張った。


「っ! 美味いのは分かっていたが、やっぱり美味い!」

「えへへ、やった」


 あまりの美味さに、サンドイッチを一気に口の中に詰め込む。

 ライザ、食堂を始めてからますます料理の腕が上がったよな。


「じゃあ次はこっち! ほら、口を開けて!」

「ええっ!?」


 ハンバーグを一口サイズに切り分け、ライザはフォークに刺して俺の口元に近づけた。

 お、おお……これはなかなか恥ずかしいな……。


 俺は周囲を二、三回確認した後。


 ――パク。


「ハア……口の中いっぱいに肉汁が広がって、何とも言えない美味さだなあ……」


 ハンバーグを何度も咀嚼そしゃくしながら、俺は至福の溜息を漏らす。

 くそう、口の中が幸せすぎるんだが……って。


「お、俺の顔をジッと見て、どうかしたか?」

「はわ!? え、ええとそのー……ゲルト、本当に美味しそうに食べるよね。表情がゆるっゆるだよ」

「なぬ!?」


 ライザに指摘され、俺は思わず自分の顔をペタペタと触った。

 うう……まさか、顔に出ていたどは……。


「えへへ、そんなことをしても今さらだよ。ゲルトはいつも、私の料理を食べたらそんな顔をしてるんだから」

「い、いつもかよ……」


 というか、それだったらもっと早く指摘してくれてもいいんじゃないだろうか。

 おかげで俺は、ずっとだらしない顔をしていたってことなんだぞ?


「お、俺のことはいいから、早くライザも食べろよ」

「あはは! そうだね……って」


 俺は仕返しとばかりに、サンドイッチをつまんでライザの小さな口の前にずい、と差し出した。

 フフフ……食べて表情が崩れた瞬間、指摘してやるぞ。


「はわわ……ゲルトにアーンってしてもらえるなんて、思ってもみなかったよ」

「あ……」


 し、しまった!? 確かにこれじゃ、俺がライザにアーンしているのと同じじゃないか!?


「い、いや、これは……」

「もう遅い! えい!」

「あっ!」


 俺が手を引っ込めるよりも先に、ライザがサンドイッチにパクリ、とかじりついた。


「もぐ……えへへ……」


 してやられた気分ではあるが、多分俺以上にゆるっゆるな表情をしているから、まあその……いいか。


 幸せそうに食事を楽しむライザを見つめながら、俺もサンドイッチを口に放り込んだ。


 結局、弁当を全部食べ終えるまで、ライザに色々と揶揄からかわれたのはご愛敬だ。


 ◇


「なあ……」

「ん? どうしたの」


 俺が草の上に寝転がって月を眺めながら声をかけると、同じく隣に寝転ぶライザが身体を起こし、俺の顔をのぞき込んだ。


「いやさ……アデル達を追い出して二人きりに戻ってから、もう一年たったんだな、と思ってな」

「そうだね……もう、あれから一年かあ……」


 死に戻る前だと、俺達がまだヴァルクの街にいたということもあるが、アデルは本当の職業ジョブを知って[英雄]として覚醒してからというもの、事あるごとに絡んできた。


 どうやって絡んできたかって?

 今から思い起こせば、それはもう陰湿だったとも。


 俺達が失敗したクエストを、その後にわざとらしく請け負って達成してみたり。

 ガラハドとニーアが謝罪しながらアデル達のパーティーに加えてもらおうとすると、追放された時のことを声高に言って断ってみたり。

 それも、わざわざ大勢の冒険者がごった返している、夕方のギルド内でだ。


 あとは、同じパーティーの仲間にわざわざ俺を罵倒させたりとかしていたなあ。

 もちろん、アデルはそんな仲間達を止めるふりをして。


 で、極めつけが黒竜ミルブレアの討伐だ。


 それらを考えると、この一年間音沙汰がないことが、どうにもに落ちない。

 粘着質なアデルの性格を考えれば、[英雄]の事実を知って実力をつけたであろう半年前には、何かしらの動きがあってもよかったはず。


 ……まあ、俺達がラウリッツの街に向かったことを知っている奴は、ヴァルクの街には一人もいないんだけどな。


「ね、アデル……私は今、とっても幸せだよ」

「ああ、俺もだ」

「本当に?」


 即答したにもかかわらず、ライザはどこか疑うような視線を向け、念を押してくる。


「もちろんだ。偽物の俺が英雄レンヤと同じだと知って、メルエラさん達のおかげでこんなにも強くなれ、今もさらなる強さを手に入れようとしている。それに、だ」

「あ……」


 俺はライザの小さな手を取り、すう、と息を吸うと。


「俺の隣で微笑んでくれる、大切な幼馴染のライザがいる。俺は、このささやかな幸せが心から嬉しいんだ」


 そう言って、俺は精一杯微笑んだ。


 そうだ……あの時・・・、俺が愚かだったせいで失ってしまったライザが、こうして生きて幸せそうに笑ってくれている。

 俺にとってそれが英雄になることなんかより遥かに大事なんだと、冷たくなったライザを見て……アデルに殺されて、ようやく気づいたんだ。


 だから、この想い・・・・は絶対に偽りなんかじゃない。


「えへへ……ごめんね、変なこと聞いちゃって」

「なあに、気にするな。それより、そろそろ帰ろう。明日に差し障りがあるといけないしな」

「うん!」


 俺とライザは立ち上がり、その場を後にしようとした。


 その時。


「「っ!?」」


 池の対岸から、異様な気配を感じた。

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