私だけの英雄① ※ライザ視点
■ライザ視点
――私は
母は私が幼い頃に、ろくに仕事もしない父に愛想を尽かして家を出ていった。
それが、私にとっての当たり前の日常だった。
でも。
「ライザ。またアイツにやられたのか?」
「え、えへへ……大丈夫。もう慣れっこだから」
「馬鹿! 酷い目に遭わされることに慣れるなんて、それこそ間違ってるだろ! 何なら、今日から俺の家に来い!」
私は、彼が……幼馴染のゲルトがいるから、大丈夫。
ほら、今日もほんの些細なことで私があの男に殴られたことを見抜いて、こうやって心配してくれる。
一度、殴られて顔に大きなあざができた時なんて、ゲルトが大騒ぎしてあの男に文句を言いに行ってくれたおかげで、あの男はこの村の中でますます白い目で見られるようになって、姑息に目立たない場所ばかり殴るようになって。
でも……ゲルトは、それも簡単に見破っちゃって。
こうやって、私のことを心配してくれて。
自分だって、お父さんとお母さんを流行り病で亡くして、独りぼっちで大変な思いをしているくせに。
だから。
「っ!? お、おい!?」
「ゲルト……ありがとう。私は大丈夫だよ?」
私はゲルトに迷惑をかけたくないから、こうやって彼を抱きしめ精一杯の笑顔を見せる。
するとほら。優しいゲルトは、私の頭を優しく撫でてくれるんだ。
私はそれが、たまらなく大好きだ。
◇
「俺、いつかあの英雄レンヤみたいになってみせる!」
「うん! ゲルトならきっと、あのレンヤみたいな……ううん、もっとすごい人になれるよ!」
二年前、ゲルトの
あの日は村中が大騒ぎになったけど、ゲルトはむしろ恥ずかしそうにしながら私の手を引いて村から逃げ出したっけ。
でも、ゲルトの灰色の瞳は輝いていて、嬉しそうだったのを覚えている。
あはは……ただ、せっかく王都からの使者が真偽を確かめにやって来たのに、恥ずかしがって逃げ隠れしちゃったんだけど。
あのまま王都に招待されたら、ひょっとしたらそれこそ夢みたいな生活が送れたかもしれないのに……って、何を心にもないことを考えてるんだろ。
そんなことになったら、ゲルトと離れ離れになっちゃうのに。
だからゲルトに協力して、絶対に見つからないようにしたくせに。
なのに……なのに……っ。
「へへ……大人しくしてるんだな」
「…………………………」
目が覚めたら私は両手両足を縛られて、こうやって下卑た笑みを浮かべるこの男の睨んでいる。
どうやらこの男、実の娘を奴隷商人に売り飛ばすみたい。
あ、あはは……あの伝説の英雄レンヤの一族が興した王国なのに、奴隷制度があるなんて違和感しかないんだけど、ね。
これから売られる絶望からか、私は乾いた笑みが漏れた。
「ゲルトと離れ離れなんて、やだよお……っ」
窓の外に浮かぶ月を眺めながら、私の瞳から涙が
あの男に殴られるよりも、奴隷になるよりも、ゲルトと離れ離れになることのほうが身を引き裂かれるほどつらい。
ゲルトがいなきゃ、私……私……っ。
すると。
――コツン。
窓の戸板に、小石がぶつかった。
誰かが投げつけた? どうして?
その答えは、これ以上ない希望と幸せを運んでやって来た。
だって。
「ライザ」
「ゲルト!?」
「しーっ! 静かに!」
ゲルトの仕草に、私は慌てて声を抑える。
そうだった。あの男が隣の部屋にいるんだから、気づかれたらまずい。
窓をよじ登ってゲルトが部屋に忍び込むと、私を縛っている縄を解いてくれた。
「ライザ、俺と一緒に逃げよう」
「っ!? で、でも、そんなことをしたらゲルトが……」
「はは、心配するな。どうせ俺は家族もいなくて独りぼっちなんだ。この村に何の未練もないよ」
そう言って、ゲルトはいつものように私の髪を優しく撫でてくれた。
私はこれが……ゲルトの手が、大好き。
「さあ……行こう」
「うん……」
ゲルトの手を取り、私達は窓から外へ抜け、そのまま村を飛び出した。
「…………………………」
必死で走りながらも、私の視線はゲルトの背中から離れない。
いつも私を助けてくれる、救ってくれる。
ゲルトは私だけの、たった一人の英雄だ。
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