かつての仲間にざまぁされた最後

「チクショウ……チクショウ……どうして……俺は、あの英雄レンヤと同じじゃないのかよ……っ」


 目の前で咆哮を上げる巨大な黒竜と、それに対峙するかつて追放した男と[聖女]。


 それを俺は、今にも息絶えようとしているライザを抱きかかえながら、ただ眺めていた。


 その時。


「あ……う……」

「っ! ライザ! ライザ!」


 うっすらと目を開けてうめき声を上げるライザに、俺は強く呼びかける。

 このまま目をつむってしまったら、もう二度と目を開けることはないことを悟って。


「頼むアナスタシア! このままじゃライザが……ライザが死んでしまう! お前の回復魔法で、ライザを……っ!」


 黒竜をジッと見据えるアナスタシアに、俺は必死に訴えた。

[聖女]である彼女の回復魔法なら、ひょっとしたらライザは助かるかもしれない……いや、絶対に助かる。そう信じて。


 なのに。


「ウフフ……身の程を弁えないから、このようなことになるのです。自業自得ですよ」

「何っ!? ……い、いや、確かにお前の言うとおりだ。だから、ライザをどうか助けてくれ……っ」

「嫌ですよ。アデルさんを裏切った分際で、むしが良すぎると思いませんか?」

「そ、そうかもしれない! だが、もうお前に縋るしか、ライザが助かる方法が……」

「プッ」


 突然、アデルが吹き出した。


「あはは! 土下座までしてみっともないなあ。まあ、所詮オマエは偽物の[英雄]だったんだから、こうなっちゃうのも仕方ないんだけどね」

「え……? ど、どういうことだ……?」


 アデルの言葉の意味が分からず、俺は思わず呆けた声で聞き返す。

 だって、俺の職業ジョブは[英雄]であることは間違いなくて、だから本物も偽物もないはずだから。


「ハア……ここまでくると憐れだよね。もう最後だから・・・・・教えてあげるよ。本当の職業ジョブは、あやふやな神託で知るのではなく、ステータス・・・・・によって初めて知ることができることを」

「はあ!?」


 アデルの奴、何を言っているんだ?

 そもそも、職業ジョブは神託によって知るのが常識だ。

 それに、ステータス・・・・・とは一体……。


「じゃあ、分かるようにオマエにも見せてあげるよ。【ステータスオープン】」


 アデルがそう告げた瞬間、目の前に文字盤のようなものが現れる。

 そこには、俺の名前……“ゲルト”とともに、職業ジョブ[英雄]が……っ!?


 ―――――――――――――――――――――

 名前 :ゲルト(男)

 年齢 :20

 職業 :英雄(偽)

 LV :20

 力  :C

 魔力 :C

 耐久 :C

 敏捷 :C

 知力 :C

 運  :C

 スキル:【剣術(中)】【統率(中)】【鼓舞(中)】

 残りスキルポイント:7

 ―――――――――――――――――――――


「あはは、そういうことだよ」

「う、嘘だ……」


 文字盤に記されている俺の職業ジョブ名を見て愕然とする。


 だって、俺の……俺の職業ジョブが……。


 ――[英雄(偽)]となっているのだから。


「だけど、これでオマエも納得したよね。あ、ちなみに僕のステータスはこれね」


 ―――――――――――――――――――――

 名前 :アデル(男)

 年齢 :20

 職業 :英雄

 LV :58

 力  :S

 魔力 :S-

 耐久 :A+

 敏捷 :S

 知力 :S

 運  :A

 スキル:【剣術(極)】【風属性魔法(極)】【雷属性魔法(極)】【効果付与(極)】【状態異常耐性】【物理耐性】【魔法耐性(全属性)】【ステータス表示】

 残りスキルポイント:2237

 ―――――――――――――――――――――


 俺の名前が記された文字盤とは別に、今度はアデルの名前が記された文字盤が浮かび上がる。

 だが、職業ジョブは俺の知っている[付与術師]ではなく、[英雄]……だ、った……。


「もちろん、オマエと違って僕には『(偽)』なんて余計なものはないよ。ちなみに、これまでの[付与術師]っていうのは、[英雄]の固有能力の一つみたいでさ。仲間・・の能力を飛躍的に向上させるっていうものだったよ」

「そ、そんな……だが、アデルがパーティーにいた時は、俺達の能力が上がるなんてことはなかったはず……」

「当然だよ。僕にとってオマエ達は、仲間・・じゃ・・なかった・・・・んだから・・・・


 ああ……そうか……。

 そして、唯一仲間だと認められていたアナスタシアだけがその恩恵を受け、だからこそアデルの能力を見抜いていて、それで……。


「あはは、惨めだね。無能と追い出した僕が本物で、自分こそが英雄だと信じていたのに実は偽物だったんだから。でも」


 アデルの視線が急に鋭くなり、俺に殺気をぶつける。


「……無能だと捨てられた僕の気持ち、これで少しは理解しただろう?」

「…………………………」


 俺は、何も言い返せなかった。

 アデルを追い出してからこれまでの二年間、ずっと転がり落ちてばかりだった。


 これまで簡単にこなせたはずのクエストも攻略できず、俺の成長も頭打ち。

 ガラハドやニーアも俺を見限って、半年も経たないうちにパーティーを抜けていった。


 そんな俺とは正反対に、アデルは高難易度のクエストを次々と攻略するようになり、周囲の評価も逆転するばかりか、俺に蔑むような視線を送るようになった。


 もちろん、このアデルとアナスタシアは特に。


 そんな状況を打開しようと、このドラッツェルス山に住む伝説の黒竜を討伐に来て、返り討ちにあって、大切な幼馴染のライザをこんな目に遭わせて……。


 俺は……俺は……っ。


 その時。


「だ、ま……れ……っ」

「ライザ……?」


 息も絶え絶えだったライザが、ゆっくりと身体を起こしてアデルを、アナスタシアを睨みつける。

 震える右手を、二人に向けながら。


「ゲルト、は……英雄・・なんだ……私の……私だけの、たった一人の英雄・・なんだ……いつも優しくて、私を守ってくれて、いつだって前を向いて……それを……それ、をお……っ」

「ライザ……いい……もう、喋るな……」

「嫌、だよ……私は……私の大好きなゲルトを馬鹿にするコイツ等を、絶対に許す、もん……かあ……っ!」

「「っ!?」」


 ライザの右手から、炎……それも、真っ白な炎が浮かび上がる。


「くら、え……」


 白い炎は、アデル達に向けて放たれる。

 だけど、それはあまりにも遅くて、簡単に避けることができて……。


「……これで、ライザの手当てをする必要もなくなりましたね」

「え……?」


 アナスタシアの無情の一言に、俺は思わず振り返った。


「あ……ああ……っ」


 地面に横たわり、目をつむるライザ。


「おい……何だよ……冗談だろ……? 何とか言えよ、ライザ……」


 俺はライザを抱き寄せ、耳元でささやく。

 でも……ライザは息をしていなくて、目を開けてくれなくて、身体も冷たくなって……。


「あ、あああああああああああああああああああああッッッ!」


 ライザの身体を思いきり抱きしめ、俺は絶叫した。

 俺の……俺のたった一人の幼馴染で、大切な女性ひとが……なんで……なんで……っ。


 なんでええええ……っ。


「さて……そろそろあの黒竜をやっつけて、街に戻ろうか。だけど、ゲルトが黒竜に挑むって聞いて、僕達も追いかけた甲斐があったよ。そのおかげで、こんなにも愉快なものが見れたんだから」

「オマエ……オマエエエエエエエッッッ!」


 アデルから放たれた聞き捨てならない言葉に、俺は血の涙をこぼしながら怨嗟えんさの言葉をぶつけた。


「ああもう、うるさいなあ。それより、そんなところにいてどうなっても知らないから」


 鬱陶うっとうしそうに眉根を寄せるアデルは、両手を黒竜に向けてかざすと。


「【ダイレクトドライブ】」


 風属性魔法による巨大な竜巻が現れ、黒竜を巻き込んだ。


『ギイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?』


 黒竜は断末魔の叫びを上げ、身体が竜巻によって引き裂かれる。

 だけど……その竜巻は、今まさに俺達の前にも迫っていた。


「チクショオ……チクショオ……ッ」


 まるで感情もなく、俺を路傍ろぼうの石を見るかのように見つめるアデルとアナスタシア。


 俺はいい。

 この二年間を考えても、確かに偽物・・だったんだろう。


 だけど……ライザを見殺しにした、コイツ等は絶対に許さない。


「チクショオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!」


 俺は……絶叫と、腕の中にいるライザとともに。


 ――竜巻に飲まれ、俺の物語を終えた。

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