伝説の黒竜との決別

「黒竜ミルブレア……ッ!」


 俺はあの時・・・と同じく、黒竜ミルブレアと対峙した。

 死に戻ってから、一度だって忘れたことはない。


 ドラッツェルス山の頂上に我が物顔で座臥ざがし、自ら以外を取るに足らない存在でしかないと言わんばかりに視線すら合わせようとしない、傲慢な伝説の竜。


 ライザに瀕死を負わせた、憎き魔物だ。


「はは……ようやく、ようやくだ。俺はオマエを、仕留めることができる」


 あの時・・・の借りを返せる喜びからだろうか。

 気づけば俺は、口の端を吊り上げていた……って。


「ライザ……?」

「ゲルト、いつもの君らしくないよ」


 俺の前に立ち、真剣な表情で見つめるライザ。

 その藍色の瞳は、心配しているようで、怒っているようでもあった。


 そう、だな……俺も、気がはやり過ぎた。

 これは俺達・・が先に進むための試金石であって、決してあの時・・・の復讐なんかじゃない。


 ……いや、復讐であってはいけないんだ。


「わっ!?」

「はは、やっぱり・・・・ライザだな。いつもお前は、俺に大切なことを気づかせてくれる」


 いつものように、少し乱暴にライザの藍色の髪を撫でる。

 俺がいつも迷いそうになった時、間違えそうになった時は、身体を張って全力で止めてくれるライザ。


 そんなライザの気持ちを無視して黒竜ミルブレアに挑んだ、死に戻る前の愚かな俺のままでいたら、それこそライザの死を無駄にしてしまう。

 はは……俺も、まだまだ英雄レンヤには程遠いな。


「えへへ……それでこそゲルトだよ」

「ああ。これが、俺だよな」

「うん!」


 俺とライザはコツン、と拳を合わせ、黒竜ミルブレアを見据える。

 さあ……悪いが、俺達の踏み台になってくれ。


「行くぞ!」

「任せて! 【ファイアバレット】!」


 ライザの放った拳大の火球が、とんでもないスピードで黒竜ミルブレアへと襲いかかった。

 それも、六発同時に。


『ギャウッ!? ガアッ!?』

「えへへ、全弾命中だね!」


 人差し指を向けたライザは、肘を曲げて指先を空へと向ける。

 一度その仕草の意味を尋ねたら、『だって、かっこいいでしょ?』と笑顔で返されたけど、確かに格好いいな。


 伊達や酔狂じゃなく、あの黒竜の堅牢な鱗で覆われた身体に風穴を開けたのだから。


「ライザ! さすがは俺の・・最高の・・・相棒・・だ!」

「っ! う、うん……うん……っ!」


 俺は黒竜ミルブレアへと突撃しながら後ろを見て右の拳を突き上げると、ライザは藍色の瞳から涙をこぼし、何度も頷いた。


 ライザがこんなにすごいところを見せてくれたんだから、次は俺の番だ。


「おおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!」


 剣を肩に担ぎ、俺は雄叫びを上げながら駆ける。

 黒竜ミルブレアの首を取るために。


『グオオオオオオアアアアアアアアアアアアッッッ!』


 それに応えるかのように、黒竜ミルブレアも咆哮ほうこうし、大きく開いた口をこちらへと向けた。

 フン……あの時・・・と同じように、瘴気しょうきのブレスを吐くつもりか?


 だが。


「っ!? ゲルト!」


 俺は黒竜ミルブレアが吐いたブレスを見て、ライザが悲鳴に近い声を上げる。

 ライザ、心配するな。俺は同じ手を二度も・・・食らうつもりはない。


『ッ!?』


 はは、驚いているな。

 渾身の瘴気しょうきのブレスを放ったはずなのに、全くの無傷であることに。


 瘴気しょうきのブレスは確かに強力ではあるが、オマエの視界を遮ってしまい、狙いを定めにくい。

 俺はただ、オマエのブレスの射線から外れればいいだけだ。


 だが……あの時・・・の俺は、そんな単純なことすら気づかず、ただ闇雲に突進してライザもろともブレスを食らってしまった。本当に、反省しきりだよ。


「悪いな。今の・・オマエに何の恨みもないが、それでも俺は、オマエを倒して前に進まないといけないんだ」

『ッ!?』


 いつの間にか黒竜ミルブレアの前に立つ俺は、担いでいた剣をゆっくりと下ろし、切っ先をその首元へ向けた。


 そして。


 ――ザンッッッ!


 横薙ぎ一閃。

 黒竜ミルブレアの首は、【一刀両断】のスキルによって赤い一本の筋が入ったかと思うと、ごろん、と地面に転がった。


 これで……あの時の・・・・借り・・は返せたな。


「ゲルト!」


 心配そうな表情で、必死にこちらへ駆けてくるライザ。

 ライザのことだ。俺が無傷だと頭では理解していても、それでも確認せずにはいられないんだろうな。


 あの村にいた時からずっと、ライザはそんな優しい奴だったから。


「大丈夫!? どこも怪我してない!?」

「はは、もちろんだとも。かすり傷一つすらないさ」

「よ、よかったあ……」


 俺は微笑みながら肩をすくめておどけてみせると、ようやく安堵の表情を浮かべ、胸を撫で下ろした。


「フフ……二人共、見事だったぞ」


 そんな俺達のそばに、メルエラさん達がやって来た。


「だが、黒竜に挑みたいと言った時のゲルト君は、明らかにこの魔物に執着しているようにも見えたので少々心配していたのだが、それも杞憂に終わったようで何よりだ」


 確かにメルエラさんの言うとおり、俺は黒竜ミルグレアに執着していた。


 だけど。


「メルエラさん、おっしゃるとおり俺は執着していましたよ。ただし、黒竜ミルグレアにではなく、無傷でこの戦いを終わらせて、大切な幼馴染を安心させることに」

「あ……えへへ……」


 俺はニコリ、と微笑みながら藍色の髪を優しく撫でてやると、ライザは気持ちよさそうに目を細めた。

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