剣神が編み出した技

 その日から、俺とバルザールさんによる特訓が始まった。


 まず、俺達が最初に行ったのは、距離感をつかむというもの。

 相手との距離、武器の長さ、何より俺自身の身体の寸法や可動範囲などなど、あらゆることを一つ一つ自分自身で確認していく。


 バルザールさんから合格をもらうのに、ここまでで三か月もかかってしまった。

 それでもバルザールさん的にはものすごい上達スピードらしいが、すごいことをやってのけたわけではないので、俺自身としてはピンときていない。


 なお、この三か月の間に、ライザのほうも目覚ましい成長を遂げているらしい。


 特訓中は完全に別行動になってしまってライザの様子が分からない上に、何故かライザは含み笑いをしながら、『えへへ、内緒』と言って教えてくれないのだ。

 俺としては是非ともライザから教えてほしいところだが、あいつが内緒だというのなら、俺は我慢するしかない。


 とはいえ、メルエラさんやガスパーさんが食堂に来てくれた時に、食事をしながら少し自慢げに教えてくれるんだけど。

 俺は二人の自慢話を聞くたびに、密かに自分のことのように誇らしく思っているのは内緒だ。


 ……まあ、俺としてはそんなライザに対抗意識を燃やしていて、結構焦っているのも本音だけど。


 そして。


「フォフォ。これでようやく、結界を張る・・・・・特訓に移るぞい」

「結界を張る、ですか……?」


 バルザールさんの言葉に違和感を覚え、俺は思わず聞き返した。


 普通、結界といえば結界魔法を差す。

 例えば、ガスパーさんがこの広場に張り巡らせている結界のように。


「まあ、分からんのも無理はないぞい。それがしの言う結界・・というのは、こういうことじゃ」


 そう言うと、バルザールさんは刀を抜き、手を伸ばしながら刀の先でゆっくりと上下左右に円を描いた。


「え、ええと……つまり、身体の中心からその刀の切っ先までの範囲が、結界・・というわけですか?」

「フォフォ! やはり飲み込みが早いぞい! まさにお主の言うとおり、これこそが剣の道にいる者にとっての結界・・なのじゃ。何せ、その範囲に入った者は、たちまち命を落とすことになるわけじゃからのう」

「命を落とす、ですか……」

「そうじゃ。それこそ、それがしが長年の末に編み出した技なんじゃが……」


 嬉しそうに話していたかと思うと、バルザールさんは眉根を寄せ、急に肩を落とす。


「ど、どうかしたんですか?」

「いやのう……実はこれ、英雄レンヤが得意としておったらしいんじゃ。初めてこの街にたどり着いた際にその話を聞いた時は、それはもうガッカリしたもんじゃわい……」

「は、はあ……」


 俺からすれば、あの英雄レンヤと発想が同じというだけでバルザールさんも英雄クラスだと思うし、むしろ誇らしいことなんじゃないかと思うんだけど……。


「とにかく、一度お主に見せてやるぞい。そこからそれがしに向けて、適当に石でも投げつけてみてはくれんか。もちろん、全力でじゃぞ」

「分かりました」


 俺は足元の小石をいくつか拾い、振りかぶってバルザールさんに思いきり投げつけた。

 それも、持っていた小石をまとめて全部。


 すると。


「っ!?」

「フォフォ……ゲルト、見えたかの?」

「い、いえ……」


 口の端を持ち上げるバルザールさんに、俺はかぶりを振った。

 見えるどころか、俺の目にはバルザールさんがおもむろに刀を横薙ぎにした瞬間、小石が消えた・・・だけだ。


 バルザールさんがあの刀で斬り落としたことは想像できるが、なら小石の破片が残っていないのはどういうことだ……?


「なあに、簡単じゃ。【抜刀術(神)】のスキルで小石が結界に入った瞬間、になるまで斬りつけてやったまでのこと」

「粉になるまで!?」


 俺の肉眼でとらえることができないほど細かく斬り刻むのに、一体何回斬撃を繰り出したんだ!?


「この結界・・の本質は、何度も斬りつけることではなく、結界内の全てを的確にとらえ、斬撃位置を正確に把握するとともに、最短距離で斬ることじゃよ」


 バルザールさんは事もなげに言っているが、刹那の瞬間にそれらを全て行うことは、まさに神業かみわざでしかない。

 しかも、そのわざを可能にしたものは、スキルなどではないのだから。


「フォフォ、ここから先はお主の精進次第じゃ。じゃが……お主なら、必ずや自分のものにすると、それがしは信じておるぞい」

「は、はい!」


 バルザールさんは刀を鞘に納めてニコリ、と微笑み、その顔をしわくちゃにさせた。

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