スキルとは別の強さ

「ということで、じゃ。ゲルト君、いつでもかかってきてよいぞい」


 ライザがメルエラさん達とともにこの場から離れていく中、バルザールさんは腰の刀も抜かず、無造作に手招きをした。

 え、ええと……いくらここが広場とはいえ、あの黒竜ミルブレアを一刀両断した時の攻撃範囲などを考えると、被害が出ないように場所を移したほうがいい気がするんだが……。


「うん、どうしたんじゃ?」

「い、いえ、本当にこのまま攻撃していいんですか? その……街に被害が出たりとか……」

「なんじゃ、そんなことか。それなら心配いらんわい。この広場は、あらかじめガスパーの奴が結界を張っておるからのう」


 な、なるほど。ちゃんと対策はしてあるってことか。


「フォフォ、それにこの街で暮らし始めて日の浅いゲルトは知らんじゃろうが、残念ながらラウリッツの街の住民は、全部で百人足らずしかおらんからのう……」


 そう言って、バルザールさんが肩を落とす。

 だ、だけど百人足らずの人口って、街じゃなくて村なのでは……。


「あ、あれですよ! つまりラウリッツの街は、少数精鋭ってことじゃないですか!」


 俺は自分への慰めも含め、そんなフォローを入れてみた。

 だけど、これからライザと二人で食堂を始める上で、これではなかなか客足は期待できなそうだな……。


 昨日のお祝いで、街の入口に看板を立てたのはカルラさんだって聞いたけど、今なら気持ち、痛いほどよく分かる。


「ま、まあそれは置いといてじゃな。そういうことじゃから、思いきり打ち込んでくるんじゃ」

「は、はい!」


 俺は気を取り直し、もう一度剣を構える。

 今後の食堂経営についてはライザとも相談するとして……さて、どうしたものか。

 言い方は悪いが、刀も抜かずにただのんびりと突っ立っているバルザールさんに、本当に打ちかかってもいいんだろうか。


 いくらメルエラさんも認める[剣神]とはいえ、俺だってステータスはオール“SS”。スキルも【剣術(神)】に【一刀両断】まである。

 さすがに無事ではすまないと思うんだが……。


「フォフォ。まあ、今の・・お主では、逆立ちしてもそれがしの相手にはならぬから、心配いらんぞい」

「っ!」


 ニヤニヤしながら、バルザールさんは手招きをする。

 へえ……そう言うなら、俺も遠慮はしない。


 俺は右足に体重を乗せると、思いきり地面を蹴ってバルザールさんに肉薄した。


「取った!」


【一刀両断】を発動し、その肩口へ剣を叩き落す。


 だが。


「フォフォ、かすりもせんのう」

「っ!?」


 俺の剣は勢い余って地面に刺さり、バルザールさんはすぐ傍で顎髭あごひげを撫でていた。

 馬鹿な……【剣術(神)】によって極限まで洗練された剣捌きに加え、【一刀両断】も発動しているんだぞ。

 それを外すなんて、あり得るはずが……っ!?


「遅い」

「がっ!?」


 みぞおちに刀の柄頭による重い一撃を食らい、俺は後ろによろめいた。


「フォ、ちゃんと耐久を『SS』にしておいてよかったのう。いくら手加減しておるとはいえ、そうでなかったら向こう一週間はメシを受けつけん身体になっておったぞい」

「……っ」


 ……最初から分かっていたことだが、やはりとてつもなく強い。

 俺も、死に戻る前は瀕死を負わされた黒竜ミルブレアに対し、無傷で瞬殺したという自負もあったんだがなあ……今の一撃で、そんなものは完全にへし折られてしまった。


「どうした、もう終わりかの?」

「っ! まだまだ!」


 俺はすぐに体勢と整え、剣の連撃を仕掛ける。

 だが、やはりバルザールさんは全ての攻撃を余裕の笑みを浮かべて紙一重でかわした。


「っ! 来る!」

「残念、こっちじゃぞい」

「うぐ!?」


 詰められる前にバックステップで距離を取ったはずなのに、バルザールさんは背後にいて俺のうなじのあたりに手刀を落とした。

 俺は、潰れた蛙のようにうつ伏せで地面に叩きつけられる。


「ど、どうしてこんなに速く動けるんだ……? これも、ステータス能力の差、なのか……っ」

「フォフォ、そんなわけなかろう。むしろそれがしは、お主よりも遅く動いておる」

「っ!?」


 俺よりも遅くだって!?


「で、ですが、今しがたの背後に回った動きなど、どう考えても俺より速く動かない限りは無理ですよ!」

「なあに、簡単なこと。それがしは最短距離で・・・・・回り込んだだけじゃ。ただし、お主の意識を逸らしながらの」

「俺の意識を、逸らしながら……?」


 だ、だけど、俺だって真っすぐに距離を空けたし、一度たりともバルザールさんから目を逸らした覚えはない。


「それはじゃな……いわゆる、間合い・・・洞察・・いうやつじゃぞい」

「間合いと洞察……」

「そうじゃ。所詮スキルなどというモンは、使用者の動きを最適化させるものでしかない。相手とどの程度の距離があるか、相手がどう動くか、何を考えておるか……これらを瞬時に見極め、次の……いや、さらに何手も先を見据えるのは、全て自分自身の力なのじゃ」


 た、確かに【剣術(神)】というスキルは、剣術に関するあらゆる動きについて、それを最も有効な動きにしてくれるが、体捌きや攻撃一つをとっても、俺自身が意識して最適なものを取捨選択しているわけじゃない。


 それほど知能が高くない魔物相手ならともかく、人間や魔族、ドラゴンといった高度な知能を持つ相手だったら、スキルでごり押しするだけで勝てない相手だっているかもしれない……。


 目の前にいる、バルザールさんのように。


「フォフォ、理解したようでなによりじゃ。どう戦えばよいのか、お主自身で考え、選ぶこと。そして、それを無意識にできるようになるまで、このそれがしが叩き込んでやるわい」

「はい! どうかよろしくお願いします!」

「うむうむ」


 俺は深々とお辞儀をすると、バルザールさんは嬉しそうに破顔した。

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