闇の従者の手ほどき

「……では、始めるとするか」


 広場に到着するなり、その言葉を合図にライナーさんの姿が闇に消えた。


「っ!?」


 俺は剣の柄に手をかけ、結界・・を張る。

 なんとなくこうなることは想像していたが、俺がメルエラさんの知り合いだと分かり、少なくともライナーさんが俺と敵対する理由はないはず。


 何より、ミラーカさんからは俺やライザを敵視するようなことは一切なかった。

 宿屋での言動から察するに、ライナーさんはミラーカさんの部下だろうから、むしろ俺と戦うことは主人の考えに逆らうことになると思うんだが……。


「っ! そこ!」


 ――キインッッッ!


 背後に向けて袈裟斬りを仕掛けると、ダガーナイフで受け止めたライナーさんは暗闇からゆっくりと姿を現した。


「ふむ……前後左右や上の結界・・については、今のところ問題なく対処できてはいるようだな」

「……どういう意味ですか?」


 俺は剣を押し込みながら、おずおずと尋ねる。

 だが、全力で押しているにもかかわらず、ライナーさんはびくともしない。


 戦闘スタイルや【認識阻害】のスキルなどから考えても、ライナーさんの職業ジョブは『力』よりも『敏捷』のステータスを重視した【斥候】や【盗賊】、あるいは【暗殺者】の類だと思うが……って、そんなこと、考えるだけ無駄だ。


 そもそもメルエラさんをはじめ、この街の人々はマナクリスタルによって、表示できるステータス以上の能力を備えているのだから。


「その答え、今見せてやろう」

「っ!?」


 ライナーさんはバックステップで結界・・の外に一瞬で出ると、また姿を消した。

 再び俺は剣を構え、迎撃の姿勢を取る。


 さあ……次もまた、俺の背後を突くのか? それとも、結界の外から飛び道具でも使うつもりか?


 ところが。


「っ!? なにっ!?」


 突然、地面から腕が現れ、俺は足をつかまれると、そのまま引き倒されてしまった。


「ぐ……っ!?」

「……ここまでだな」


 馬乗りになったライナーさんが、俺の首筋にダガーナイフを突きつける。

 こうなっては、ほんの僅かでも動いた瞬間、俺は喉笛を掻き切られてしまうだろう。


「……まいりました」

「……さあ、立つんだ」


 降参の意味を込めて両手を上げると、ライナーさんは手を差し伸べた。


「それで……理由を教えてくれますか?」

「理由? それは、結果が・・・物語って・・・・いる・・だろう」


 結果、か……。

 そんなもの、俺はこの人になす術もなく負けたという事実だけだ。


 だが、まさか下から来るなんて想像もできないし、これでは対処のしようが…………………………あ。


「そうだ。敵は必ずしも、前後左右や空から攻撃を仕掛けるだけではない。私のようにしたから来られた場合……いや、それだけではない。予想だにしない方法で攻撃をされたら、また二の舞になるぞ」

「…………………………」

「ゲルト……お前は伝説の英雄レンヤと同じ職業ジョブを持ち、メルエラ殿やバルザール殿といった、同じ強さを誇る者達から教えを受けている。加えて、結界をここまで見事にものにしていることからも、たゆまぬ研鑽けんさんを積んでもいるのだろう」


 諭すように話すライナーさんの言葉を聞き逃すまいと、俺はただ耳を傾ける。

 この人は、俺に教えようとしてくれているんだ。


 俺が、さらに強くなれるように。


「なら覚えておくがいい。常に考え、あらゆる可能性を考慮しろ。そして、相手を知る・・・・・のだ」

「相手を、知る……」

「そうだ。相手を知れば、どう対処すればよいか分かる。常に思考の先回りをすることもできる。自分の今できることと照合し、最適解を常に見つけるのだ。そうすれば、お前は英雄レンヤになれる……いや、英雄レンヤをも超える存在になれる」

「あ……」


 ライナーさんの覆面から除くその瞳が、柔らかいものに変わる。

 まさかたった二回のやり取りで、俺のことをここまで評価してもらえるとは思わなかった。


 はは……つまりライナーさんは、言葉どおり俺を知ったわけなんだな……。


「ゲルト……次に会う時を、楽しみにしているぞ」


 俺の肩をポン、と叩き、ライナーさんが広場を後にする。

 振り返ると、その先にはライザをはじめ、メルエラさんやカルラさん、それにミラーカさんの姿があった。


 どうやら、ライナーさんとの一戦……いや、指導を見守っていてくれていたようだ。


 俺は。


「ライナーさん、ありがとうございました! 俺……もっと強くなってみせます!」


 手を挙げてヒラヒラとさせて遠ざかるライナーさんに、俺は深々とお辞儀をした。

 次に会う時には、さらに生まれ変わった俺を知ってもらおう。


 どんな相手からだろうと、ライザを守り抜くことができるだけの強さを。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る