小さなヴァンパイアの問いかけ

「ええ、そうよ。昔、あの馬鹿・・の首に噛みついてやったの」

「「っ!?」」


 そう言うと、ミラーカさんは小さな口から鋭い牙をのぞかせた。

 エルフほどではないものの、よく見たら耳も人間よりも尖っている。


 つまり……ミラーカさんは魔族、しかも上位種のヴァンパイアということだ。


「フフ、懐かしいな。破壊神アフリマンを倒すため、ヴァンパイアの真祖であるミラーカに協力を仰ぎに行ったら、聞く耳も持たず真っ先に戦闘になってな」

「そ、それは仕方ないでしょ! 妾だっていきなり人間が訪れたら、普通に敵とみなすじゃない!」


 揶揄からかうメルエラさんを、ミラーカさんはポカポカと叩く。

 何というか、話し方や雰囲気は大人びているのに、一つ一つの行動がまるで女の子のそれなんだが。


「だが、あれほどマナクリスタルでステータスを強化し、さらには神クラスのスキルで固めた私達が、あそこまで苦戦させられるとは思わなかったぞ」

「当然じゃない。妾はヴァンパイアの真祖なのよ? 魔族の頂点に立っているのだから」


 ミラーカさんは、フン、と鼻を鳴らした。

 確かに、魔族にはいくつかの最強種が存在し、ヴァンパイアもその中の一つ。その真祖ともなれば、神に近い強さを有していてもおかしくはない。


「ところで、今日は突然どうしたんだ? いつもなら、使いの蝙蝠を飛ばしてから来るだろうに」

「うふふ……それに関しては、ある意味・・・・解決したから別にいいわ」


 メルエラさんの問いかけに、ミラーカさんはこちらを見ながらクスリ、と微笑んだ。

 妖艶な雰囲気を醸し出す少女というのは、ギャップがすごいな。


 そういえば、ライザもどちらかといえば童顔だよな……。


「? どうしたの?」

「……いや、何でもない」

「?」


 チラリ、と見た俺の視線に気づかれたので俺は誤魔化すと、ライザがコテン、と首を傾げた。

 やっぱり仕草なんかも、少し幼いところがあるような気がする。まあ、そこがライザの可愛らしいところではあるが。


「……実は使い魔から、ブロイツェン王国に英雄・・が現れたという情報があった。それで、真偽を確かめるために王都へと向かう途中に、この街に立ち寄ったというわけだ」


 ライナーさんが、ミラーカさんの言葉を補足した。

 なるほどね……王都にいる英雄といえば、俺の知る限り一人しか思いつかない。


「うふふ、本当にこの街に顔を出してよかったわ。無駄足にならないどころか、本当に[英雄(偽)]に出会えたんだもの」

「はは……恐縮です」


 微笑むミラーカさんに、俺は照れながらペコリ、と頭を下げた。

 だが、アデルが本物の英雄で、俺が偽物であるはずなのに、逆に持ち上げられてそれはそれでむずがゆいな……。


 まあ、それもこれも英雄レンヤがいたからこそなんだが。


「それで? あなた……ゲルトは、これから何をするのかしら? レンヤのように世界中を旅して、各地で騒動を起こすの?」


 ミラーカさんが、揶揄からかうように俺の顔をのぞき込む。

 いやいや、俺はそんな波風を立てたりなんかしませんよ……。


 だが、レンヤは世界中で色々とやらかしたんだなあ。

 とはいえ、そうでなければあんなに逸話が残っていたりもしないか。


「その……俺はライザと一緒に、この街で細々と食堂をやっていきたいと思っています」

「は、はい! そうなんです!」


 俺の言葉に続き、ライザが大声で念を押した。

 長年幼馴染をやっているから分かるが……馬鹿だなあ、ミラーカさんにそんなことを言われたからって、俺がこのささやかな幸せを手放したりするはずがないのに。


「あ……」


 俺はライザの手をギュ、と握りしめ、苦笑する。

 何も心配いらないと、ライザに分かってもらうために。


「えへへ……」


 ライザも俺の気持ちが分かったから……というより、分かっているけど改めて確認できたから、安心してはにかんだ。


「……これは、確かにあの女たらしのレンヤとは違うわね。あいつなら、絶対にそこら中に手を出しているもの」

「まったくだ」


 ミラーカさんとメルエラさんが、強く頷き合う。

 い、一体英雄レンヤというのは、どういう人物なのだろうか……。


「さて……じゃあ、もう用もなくなったから、妾達は帰るわね。ライナー、行きましょう」

「ミラーカ様、その前に少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」


 そう言うと、ライナーさんはチラリ、とこちらを見た。

 どうやら、俺に用があるらしい。


「いいわよ。分かっていると思うけど、朝には帰らないといけないことだけは忘れないで」

「はっ」


 ライナーさんが扉を開け、俺もその後に続く。

 ライザは一瞬不安そうな表情を浮かべたが、メルエラさん達が特に気にした様子もないことから、そのまま俺を見送ってくれた。


 そして。


「……では、始めるとするか」


 広場に到着するなり、その言葉を合図にライナーさんの姿が闇に消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る