王都を目指して
「ゲルト、用意できた?」
王都のギルド本部へ向かう日の朝、ライザが俺の部屋を
「ああ……といっても、俺が手で持つものなんて刀くらいのものだけどな」
俺は腰に差す『カネサダ』の柄をポン、と叩いた。
他に必要なものは全て【空間収納】にしまってあるから、手ぶらで楽だ。
「じゃあさ、私の荷物も一緒に入れてもらってもいい?」
「もちろん」
ということで、ライザの荷物……あれ? 結構あるな……。
それに。
「さ、さすがにここまで調理器具を充実させる必要はないんじゃないか?」
「何言ってるのさ! ここから王都までは、馬車で一か月近くかかるんだよ? その間、食事はしっかりと摂らなきゃだよ!」
「わ、悪い……」
眉根を寄せて、ずい、と詰め寄るライザに、俺は慌てて謝る。
お、おおう……相変わらず料理には並々ならぬこだわりを発揮するなあ……。
「分かればよろしい。だけど、食材は現地のもののほうが新鮮だから、調達はよろしくね?」
「ああ、それくらいは任せろ。ライザには美味い料理を作ってもらわないとだしな」
「うん!」
俺達は宿を出てギルドへ向かうと。
「あ! ゲルトさん、ライザさん、待ってましたよー!」
ギルドの前でライザに負けないくらいの大量の荷物を幌馬車に積み込んでいたセシルさんが、俺達を見て笑顔で手を振ってくれた。
全身に、白銀の甲冑をまといながら。
「は、はは……すごい荷物ですね……」
「ウフフ、身だしなみは大切ですからね。何といっても、王都に行くわけですし」
セシルさんは唇に人差し指を当て、ニコリ、と微笑む。
いや、セシルさんって王都で二番目に大きいヴァルクの街でもお目にかかれないようなすごい美人だし、王都に行けばモテるんだろうなあ。
というか、メルエラさんといいカルラさんといい、この街の女性はとんでもない美人ばかりだ……って。
「ライザ、どうした?」
「……なんだかゲルトが、嫌なこと考えてる気がした」
俺の服をつまみながら、ライザが口を尖らせた。
べ、別に変なことを考えていたりはしていない……よな?
ま、まあいいか。
「それよりセシルさん、荷物なら俺の【空間収納】に全て入れますから、馬車に積まなくても大丈夫ですよ」
「ウフフ、ありがとうございます」
俺はセシルさんの荷物も【空間収納】に全て納め、全員馬車に乗り込んだ。
といっても、俺は御者席で二人は荷台だけど。
「では、行きましょう!」
「「はい!」」
馬の手綱を引き、俺は馬車を走らせた。
◇
ラウリッツの街を出発してから二週間。
俺達の旅は順調に進み、もうすぐ中間地点となる“ベルリッツ”の街に到着する。
「いやあ……ここ三日間、泊まれそうな街がなかったから、ようやくだなあ……」
「本当ですよ! ベルリッツの街に着いたら、すぐにお風呂に入るんですからね!」
荷台から身を乗り出し、セシルさんが宣言した。
一応、基本的に川伝いに馬車を走らせているから水浴びはしているが、それでもずっと野宿だったせいでセシルさんのストレスがかなり溜まっているみたいだ。
「それにベルリッツの街には温泉もありますしね! あの温泉、美肌効果があるんですよ!」
「そ、そうですか……」
そのあたりは俺もよく分からないので、適当に相槌を打つ。
だけど、美肌ねえ……。
俺はチラリ、と隣に座るライザを見やった。
もちろんライザの肌はすごく綺麗だと思うが、この一年半以上もの間、ずっと厨房で水を扱ってきたから、結構手が荒れていたりする。
……温泉で、ライザの手が少しでも癒えるといいな。
「? どうしたの?」
「いや、何でもない。だが」
「?」
「俺は、ライザのその働き者の手が、大好きだ」
「っ!? にゃにゃ、にゃにを言ってるの!?」
ライザは顔を真っ赤にして、手をわたわたとさせた。
あれ? 俺、何か変なことを言ったか?
「……ゲルトさん。一応、私もいることを忘れないでくださいね?」
「セシルさん!?」
何故かジト目で睨むセシルさんに、俺は思わずのけぞってしまった。
それからしばらく、俺達は馬車に揺られながら楽しく会話をしていると。
「あ! あれ!」
「どうやら着いたみたいだな」
ライザの指差す先に見える、城壁に囲まれた街が見えた。
あれが、今日の宿泊地となるベルリッツの街だ。
「よし、通れ」
俺達はギルドの身分証を見せ、門をくぐって街の中へと入ると。
「うわあああ……!」
ブロイツェン王国の交通の要衝だけあり、ベルリッツの街の大通りは大勢の人で賑わっていた。
こんなことを言ってはなんだが、ラウリッツの街とは大違いだなあ……。
「それでセシルさん、どの宿にしますか?」
大通りを一通り進んだ後、俺はセシルさんに尋ねた。
宿屋は三軒あり、大通りの広場に面した最も立派な宿屋と、その向かいにあるこちらも立派な宿屋、そして、外れにある小さな宿屋だ。
「そうですねえ……お二人は、どこがいいですか?」
「俺達、ですか……」
俺とライザは、顔を見合わせる。
正直言うと、立派な宿屋というのは俺の性に合わない。
とはいえ、俺一人が
それに、こういうのは女性の希望を優先すべきだ。
と、思っていたんだが。
「えへへ……私は大通りの外れの、小さな宿屋がいいです」
そう言って、ライザが俺を見ながらニコリ、と微笑んだ。
まったく……俺のことなんて、気にする必要ないのに。
「ライザ、行きたいところでいいんだぞ?」
「ううん、私は本当にあの宿屋がいいんだ。大きくて立派な宿屋なんて、気後れしちゃうよ」
ライザが、ちろ、と舌を出す。
どうしよう。俺の幼馴染、可愛くないか?
「では、あの宿屋にしましょう。私も、あの宿屋に泊まりたいと思っていましたし」
「そうなんですか?」
「はい」
てっきりセシルさんは一番豪華な宿屋を選ぶと思ったのに、意外だなあ。
そう思っていると。
「ウフフ。豪華な宿屋って、傲慢で嫌な人達が多く宿泊しますから」
セシルさんは笑いながら、俺達に耳打ちした。
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