ファーストステップ

「なあに、最初は簡単。まずはスキルポイントを二百貯めるまで、この森に生息するバジリスクを狩るだけだ」


 微笑みながら告げるメルエラさんの言葉に、俺は戦慄した。


「ちょ、ちょっと待ってください! メルエラさんもご存知のように、俺は大して強くないんですよ!? それなのに、A級冒険者でも手こずるバジリスクの討伐なんて!」

「心配いらない。そのために・・・・・私達がいる・・・・・のだからな・・・・・


 メルエラさんは含み笑いをするばかりで、バジリスクの討伐はもはや決定事項のようだ。

 こ、これはどうしたものか……。


「ゲ、ゲルト、大丈夫だよ! 私も一緒だし、二人で頑張ればバジリスクだって!」

「お、おお……」


 ライザは俺を励ますように意気込むけど、正直不安でしかない。

 せめてライザだけは怪我しないように、ちゃんと守らないと。


 ただ、俺よりもライザのほうが強いんだけどな。


「フォフォ、若いのに心配性じゃのう」

「ワシ達がおるんじゃ。君は思う存分戦うといいぞ」


 バルザールさんとガスパーさんが、バシン、と俺の背中を叩いた。

 ろ、老人なのに力が強すぎる。痛い。


「えへへ……ゲルト、頑張ろ?」


 チクショウ、ライザにこんな表情を見せられたら、頑張るしかないだろ。


「よし!」


 俺はパシン、と両頬を叩いて気合いを入れ、バジリスクがいる森の奥へと入った……んだけど。


「さあゲルト君、あとは君がとどめを刺すだけだ」


 瞬く間に巨大な大蛇……バジリスクを虫の息にしたメルエラさんが、笑顔で手招きする。

 なるほど、あの言葉の意味はこういうことだったのか。


 俺は促されるまま、剣を抜いてバジリスクの眉間に最後の一突きを見舞った。


「フフ……やはりレベル差がかなりあるから、入手したスキルポイントもなかなかのものだ」


 メルエラさんは、俺の能力を記した文字盤を眺めながら微笑む。

 俺ものぞいてみると、たったの『2』しかなかったスキルポイントが、一気に『57』になった。


 い、今まで色んなクエストをこなしてきた経験は一体……。


「さあ、次を狩るとしよう……って、どうした?」

「い、いえ、その……」


 不思議そうに振り返るメルエラさんに、俺は歯切れ悪く返事をした。


「遠慮することはない。何でも言ってみたまえ」

「で、では……バジリスクの討伐、次からは俺とライザだけで戦ってもいいですか……?」


 俺は意を決し、そう尋ねた。

 分かっている。実力もない俺の言っていることは、馬鹿なことだって。


 だけど、瀕死のバジリスクにとどめを刺した時、俺はこう思ったんだ。

 これは訓練なんかじゃなく、ただ作業・・をしているだけだって。


 もちろん効率や安全性を考えれば、メルエラさんのやり方こそが最適解だろう。

 でも……それでも、俺は自分の手で戦って倒さないと意味がないと思ったんだ。


 そんな甘えで得た強さなんかじゃ、あの英雄レンヤには絶対に追いつけない……いや、追い・・越せない・・・・んだと。


「あ……一緒に戦ってくれるライザには、その……大変な思いをさせてしまうことに……って!?」

「あはは、馬鹿だなあ……私が反対するわけがないよ。ううん、むしろそれでこそゲルトだよ」


 突然胸の中に飛び込み、嬉しそうにはにかむライザ。

 ライザ、ありがとう……。


「フフ、そうか。ならば、私は君の選択を尊重しよう。次からは二人でバジリスクに挑むといい」

「フォフォ! これはゲルトの成長に期待が持てるぞい! 何せ、強さ・・というのは決して職業ジョブやスキルなどで決まるもんじゃないからのう!」

「うむうむ! そのとおりじゃ!」


 生意気なことを言って嫌な顔をされると思ったのに、何故か三人は柔らかい笑みを浮かべている。


「ど、どうして……」

「おいおい、どうして君が驚くんだ?」

「い、いやだって、俺の言ったことは非効率で、無意味な自己満足ですから……」

「それこそ、バルザールがたった今言ったじゃないか。『強さ・・というのは決して職業ジョブやスキルなどで決まるものではない』と」

「あ……」


 ひょ、ひょっとして……俺を試していた?


「私のかつての仲間、レンヤもそうだったよ。普段は常に合理的で、自分に対して一切の妥協も許さないくせに、一見非効率で無駄なことでもアイツはいつも全力で楽しんだ」


 メルエラさんは、どこか懐かしむように空を見上げる。


「ゲルト君。私達はステータスで表されるものなどよりも、心の強さ・・・・こそ最も大切だと考えている。君が昨日ギルドで示した、最強・・や地位、名誉などよりも、ささやかな未来を望んだように」

「…………………………」

「やはり[英雄(偽)]の職業ジョブというのは、人を選ぶようだな。君や、レンヤのような男を」


 メルエラさんは、慈愛に満ちた優しい微笑みを見せた。


 でも、そのアメジストの瞳はどこか寂しげだった。

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