第16話 追う狩人、逃げる魔女


「一級魔法を使えるんだな、ネーシス」


「あ〜......え〜、はい。私凄いので」


「ちょっと来てもらおうか」


「──ダッシュ!」


 レオの元部下である、魔界の猫ちゃんを倒したはいいものの、その後が大変だ。

 大量の魔物の死体を片付けたり、死体に寄ってくる魔物の二次災害を防ぐために血を洗い流したり、腐る前に素材を剥いだりと大忙しだ。


 キャンサーたちも手伝わせている中、私はセレスさんと鬼ごっこをしている。



「待てぇ! 四級魔法使いの紋章をどうする気だ!」


「す、捨てますから! だから許してください!」


「アホか! お前はこれから一級魔法使いだぁぁ!!」


「いーやーだー!!!!!」



 王都中を走り回った私に、遂に体力の限界が来た。

 運動不足の私は街を一周しただけで息が切れ、今は死にそうな顔で走ってる。そんな私に対し、セレスさんは鬼の形相で後を追って来る。

 捕まったら国の犬となって死ぬ。

 だったら私は──


「おい! 空を飛ぶのは卑怯だぞ!」


「ぜぇ、はぁ......飛べない方が悪いんですぅ」


「......魔素を五素に、求めたるは光の力。我が力を糧とし、跳躍せよ!」


「ヤッバ!」


 この人、ナチュラルに三級魔法を使った。

 私は杖を掴まれるすんでのところで躱したけれど、セレスさんのその後が問題だ。なんと彼女、私を捕まえることを前提で跳躍したせいで、着地を考えていなかったのだ。


 彼女が背中から落ちるまで、残り時間はあと三秒。

 助けなければ最悪死ぬ。



「【再起動リブート空気爆弾エア・ボム】」


「──捕まえた」



 なんだこの人! せっかく助けたのに!

 へへ〜ん、いいもんね。このまま天空まで飛んでしまえば、私の言うことを聞いてもらえるし!


 真下を向いていた杖を反転させ、一気に加速する。

 ビュウビュウと風を切って、王都全体を俯瞰できる高さまで来た。



「お、おい。嘘だよな?」


「落としても構いません。ただ、一級になって貴女のように働かされるなら、私は国外へ逃げます。それでも追うなら、隠居します」


「......はぁ、大丈夫だ。私はやりたくてやってることだ。前任のギルド長に恩があって、それを返したかった」



 あ、あるぇ? もしかして私、勘違いしてた?

 恥ずかしい! ちゃんと話を聞いてから逃げれば良かった!


 両手を顔に当ててブンブン振ると、片手で杖に掴まっていたセレスさんも大きく揺られた。


「あ、すみません。それじゃあ一級になるメリットはなんですか? チヤホヤされるのは嬉しいですけど、忙殺されるのは嫌です」


「一級はギルドの宝、魔法学校の全権が貰えるはずだ。仕事に関しては今までと変わらん。人々の役に立て」


「......分かりました。降りましょう」


 杖に掴まったままセレスさんを城壁前に降ろし、一級魔法使いの申請と、狩人階級の昇級手続きをした。私は一気に三級狩人になり、ノアも四級まで上げられた。


 魔法学校の方は手続きに時間がかかるので、数日はゆっくりすることに。



「ん〜! うまま〜!」


「うまま〜! ネーシスちゃん、美味しいチーズケーキを見つける才能があるね!」


「でっしょ〜? 私の神眼にかかれば一発よ」


「ホントかなぁ?」


「うっそぴょ〜ん。本当はただの運だよ」



 お疲れ様パーティと称して、いつかのスイーツパーティー第二回を開いた。そして今回は、前回の喫茶店を貸し切りにして、防衛戦で活躍した狩人がたくさん参加している。


「ジェミニさんのファンです!」


「そうなの? ありがと。お菓子ちょうだい」


「ミーちゃんも〜!」


「はい!」


 幼い双子の眷族は女性に大人気だ。そこらじゅうからお菓子が集められ、献上されている。


「リブラさん、マジで助かった。ありがとな」


「よくあの怪我で生きてましたね。本当に人間ですか?」


「酷いなぁ。あ、ジュース注ぎますよ」


「どうも。次は気を付けてくださいね」


 一番怪我人が多かった北側で誰一人として死なせなかったリブラは、患者に多大な感謝を受けている。お酒が嫌いな彼女のために、様々なジュースが贈られてるね。


「キャンサーちゃんって、お嬢様なの〜?」


「身分としては、いいえ、ですわ。ですが、お姉様という高貴と呼ぶには余るお方の妹分ですので、実質的にお嬢様、ということになりますわ」


「可愛い〜!!」


 お嬢様然としたキャンサーも、女性に人気だ。

 というかジェミニ兄妹とキャンサーのところしか女性が居ない。この二人の集客力は凄まじい。


 そして最後、私とノアの周りには──


「酒だ酒! もっと酒をくれぇい!」


「あ、あの魔法は何と言うのでしょう!?」


「ノア、お前の剣技は一級品だ」


「えへへ〜、キャンサー大先生の賜物だね!」


 阿鼻叫喚。他店の協力があるとはいえ、喫茶店で酒を求めて唸るセレスさんと、私の魔法を知りたい魔法使いの集団。更にノアの剣技に惚れた狩人など、汗と酒で臭い連中が集まった。


 香りの落ちたチーズケーキを口に放り込み、騒がしいミルクティーで喉を潤す。


「ノア、大事な話があるんだけどいいかな」


「な〜に〜?」


「私ね、ノアをリアリスに送ったら、他の国に行く」


「そうなのか〜......え? えぇ!? ほ、他の国!?」


 私の目的はただの『おでかけ』。長い長い時の中の、気分転換に外へ出た感覚なんだ。ただ一つの公園でぼーっとするのも良いけど、出来るなら旅行にも行きたい。

 魔物のせいで文明発展速度が遅いこの世界の美しさに触れたい。


 ただ、それだけなんだ。


「永遠のお別れじゃあ無いよ? 何年後か分からないけど、またリアリスに帰ってくるから。私がノアにキャンサーを付けたのは、その時まで生きてて欲しいからなの」


「そっか......そっかぁ......」



 席を立ってノアを抱きしめると、彼女の体が震え出した。

 でも、これが私の選んだ結果だ。いずれは強い魔物や、凶悪な人間が現れる。そんな者から身を守れるよう、私はキャンサーに『ノアを一人前』にしてもらった。


 私が帰ってくる時、寂しくないように。

 そして、ノアに幸せな未来を掴んでもらうために。


 初めて見せるノアの涙は、私が独り占めにした。



「絶対、帰ってくるんだよ?」


「もちろん。あの家は私の家だと思ってるし」


「うん! 何があっても、あの部屋だけは空けとくから、だから......うん」


 最後に力いっぱいハグをして、宴会は再開。

 夜が更けるまで騒ぎ、あっという間に一級魔法使いの紋章を受け取る日になった。


 二人で頑張ったことは少ないけれど、それぞれのために本気になれた。いつか、またノアと会った時に、私は変わらないように生きていこう。



 人として変わる権利は、真の十代に託したい。

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