第10話 暴いた魔女の、魔界旅

「それ、魔法をぶつけてみるのじゃ〜!」


 逃げることなく私に立ち向かう誘拐犯は、果敢にも多種多様な魔法を使って攻撃を試みる。しかしその全てが私の前で霧散し、静かな絶望感を与え続ける。


 出入口のドアは魔法で閉めている。階級魔法とはまた別の魔法でね。



「にっしっし。闇魔法が使えるということは、事件の真相が分かったね。キミは一人の女性を洗脳し、お金を積ませる。そして周囲には顔の良い狩人との時間を買ったとして、自分の顔がコンプレックスであることを盾に、金と人間で遊びまくる。そして同様の手口で洗脳しまくり、ノアを洗脳し、ついでに手に入りそうな私の情報を得てここに居る......どう? 名推理じゃない?」


「......違う、違う違う違うッ!!」


「じゃあどんな理由なのさ? 言ってみなよ」



 魔眼をギラつかせながら聞くと、男はブルブルと震えて膝を突いた。私の眼を見ることも出来ないなんて、どれだけ魔法を過信して生きてきたんだか。


 。怖いよねぇ?



「全く、しょうもない人のために私は魔法を広めたんじゃないのにな〜。残念、非常に残念だよ。そんなキミには残念賞を贈呈しよう」



 遂に男の魔力を支配した私は、その醜い瞳を覗きながら、最高位の魔法を行使する。抗うことも許されず、従うことも許さない。


 私の意思が現実に反映される、恐ろしい魔法。



「おすわり。伏せ」



 刹那、骨が砕ける音と共に腰を床に打ち付け、顎が割れんばかりの勢いで『伏せ』のポーズをとった男。

 私は魔女だ。魔法使いの少女という意味ではなく、恐怖の象徴としての魔女。善人は助けるし、悪人には残忍な魔法を使うことも躊躇わない。


 私の大切な人に手を出したことを、絶対に許さない。



「ノアの居場所に案内。言葉を発することを禁ずる」



 何もかも私の思い通りに動く体に、男の目は恐怖と困惑に支配された。これが魔女の恐ろしさであり、強さである。


 宿を出て十五分。両手と両足を拘束されたノアの居る部屋に着いた。



「よかったね。もし拘束より酷いことをしてたら......死ぬだけじゃ許されなかったよ」


「......ネーシス、ちゃん?」


「ノア、助けに来たからね。一緒に帰ろう」



 まだ洗脳が解けていないのか、ノアの瞳に生気が無い。そっと頬を撫でながら解呪すると、瞬く間にノアは元気になった。


 さぁ、人を食い物にする者に罰を与えよう。



「呪術【愚者の自愛】」


「ぐああああああああああああ!!!!!」


「な、何したの?」


「ポジティブになる呪いをかけた。あの醜い顔も、汚い言葉も、愚かな行動も、ぜ〜〜んぶ大好きになったのさ。そして誰かを愛することを許さず、他者を傷つけることを禁じた」



 ノアを連れ去った時点で、私に被害が及んだと同義。

 救済の如き制裁を加えたことが大事なんだよね。これからはノアのために、新しい眷族でも作ろうかな?


 数百年ぶりの眷族顕現だし、一級品を用意したい。



「ノア、帰ったらゆっくり休むこと。明日は一日お休みにして、ウチの子と遊んだらいい。とにかく、一人で外に出ないこと。いい?」


「う、うん。ネーシスちゃんの子って?」


「それは明日教えるから......さ、帰ろう」



 星が煌めく王都の路地裏。大切な人を背負った私は、ゆっくりと帰路に着く。心が疲れているだろうからスープだけを食べさせ、よく眠っているノアの頭を撫でる。


 私が出会った人の中で、ここまで穢れの無い心を持った人間は少ない。清い人間は早々に死ぬことから、私は気にかけることすらなかった。

 だけど、彼女は違う。私の大好きなチーズケーキを作る人の娘であり、珍しいことに剣の才能がある。


 訓練を積めば、そのうち眷族との連携も取れるだろう。


「アリエス」


「ここに」


 静かな部屋に、一人の女性が傍に現れた。

 月明かりでも分かる赤黒い髪と、羊の様な悪魔の角を生やし、洗練された所作でお辞儀をするメイド。

 そんな最強の眷族を呼び出し、遊びに誘う。



「明日から魔界に行くけど、着いてくる?」


「魔界、ですか......是非」


「キャンサー、私が不在の間はこの子の剣術を磨いて。アクエリアスは水魔法を。一ヶ月以内に帰るから、それまでよろしく」


「お姉様、二刀流でも宜しくて?」


「うん。ノアに合うならそれでもいいよ」


「我が主は最近、その子にお熱ですわね」


「可愛いからね。それに才能もある。育てるべき種よ」



 瞼が重いなぁ。二人の紹介は明日ちゃんとやるとして、今日はもう寝ないと。私は三度の飯と寝ることが好きだからね!


 すぅっと三人の気配が消えると、私は船旅に出た。



「──でね、悪い人にお仕置きしてたの!」


「まぁ! さすがお姉様ですわ! 精神作用の呪術など、今の人間に出来るかどうか。わたくしもこの目で見たかった......」


 朝からノアと楽しそうに話しているのは、青と銀の鋏のヘアピンが特徴的な、長い金髪のお嬢様。青い瞳に刻まれた【四】の数字と、ドレスに付けたホルスターに納められた片刃の鋏は、一度見ると忘れない。


 私の挨拶にノアは手を振って答えたが、キャンサーは裾を摘んで返答した。



「おはようございます、お姉様。わたくしについて、簡単な説明は済ませておりますのでご安心を」


「ありがとね〜。それじゃ、朝ご飯食べながら今後の話をしようか。ノアは大変だから、覚悟しなよ〜?」


「え、私!? 何かあるの?」


「もちもちのロン。これからノアには、死ぬほど鍛えてもらいます」



「えええええええええぇぇぇぇ!?!?」



 騒がしくなりつつある朝の街に、ノアの悲鳴が轟いた。


 今日の朝ご飯はパンとスープだ。

 私は色々なパンを追加で注文し、いつも通りテーブルがいっぱいになった。

 キャンサーとノアは話が合いそうだし、私の人選は良かったのかも。



「私はちょっと遠出するから、帰ってこなくても心配しないでね。お金はある程度キャンサーに渡すけど、足りないようなら稼いでね。ただ、キャンサーと一緒に行動すること」


「お姉様、わたくしは名を馳せております故、ノアとの行動は推奨できかねます」


「構わないよ。今日からノアは弟子なんだから、『私の弟子です』って胸を張れるくらい強くしなさい」


「盲点でございました。そのように」


 ナンバーズだっけ? ウチの子も有名だからね。

 そんな世間の憧れの横に立てるくらいノアが強くなれば、誘拐されることも殺されることもないはずだ。



「んじゃ、私はそろそろ行ってくるね」


「遠出って行ってたけど、どこに行くの?」


「ひ・み・つ。遊びに行くと思ってて」


「本当? 絶対、ぜ〜ったい帰ってきてね?」


「そう簡単に死なないってば。よゆ〜だよ、よゆ〜」



 ひらひらと手を振って出た私は、裏路地でアリエスを召喚した。

 ボロボロのローブを脱ぎ、ポーチにある滑らかな漆黒のローブに装備を変え、杖先の魔水晶を交換した。これが私の魔界行きのコーデであり、少し力を入れた武具。


 闇蚕ヤミカイコのシルクローブは尋常ではない丈夫さと魔法耐性があり、御霊之魂球ミタマノタマは私の持つ魔水晶で二番目に親和性が高い。

 この世界では圧倒的にオーバースペックな装備だけど、魔界ではこれで中級程度。


 今から行くのは人間お断りの悪魔の世界。

 魔物が魔物を食う、神の居ない無法地帯。

 地獄と呼びたくなるほどに、魔物で溢れかえっている場所。




「それじゃ、行こうか。【開門】」

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