第9話 すいーつぱーてーを楽しむ魔女
「うあぁぁ......何もやる気が起きなぁい......」
昨日、完全にアホな私を晒してしまった私は、二日目に入っても宿でダラダラしていた。
暫くは心の休憩をさせてほしい。
「それじゃあ私は行ってくるね!」
「行てら〜さい」
「行てきゃ〜〜〜すっ!」
ノアは元気に狩人生活を送っているのに、私は......。
お金はある。力もある。やる気は無い。
一度の恥が私の心を抉り、塩水を流し込んだ。
「ネーシス様、よろしいでしょうか?」
「ん〜? あ、リブラ。どしたのぉ?」
「前におっしゃったスイーツの件です」
「あ............行く?」
「はいっ!」
完全に忘れてた。そう言えばそんな約束したな〜。
今は......お昼前か。朝ご飯は完全に忘れてたし、そろそろお布団から出ようかな。
でも、スイーツかぁ。そんな気分じゃ──
「お〜いし〜! いちごタルト最高!」
「過去最多の食事量ですね。糖分過多は危険ですよ?」
「今はいいの! リブラもほら......どう?」
「最っ高ですネーシス様! 生きてて良かった!」
ふっ、チョロい。リブラも甘い物好きだからね、こういう時に同じ感覚を共有できるからついつい甘やかしてしまう。
眷族たち、好みがバラバラなのが面白いんだよね。
眷族最強のアリエスは魚が好きだし、レオは名前の割にサラダが好き。アクエリアスはお酒だし、スコルピオは昆虫が好き。
何回か全員でご飯を食べる時があるけど、テーブルの上がこの世の食材の集合体になる。
「ホンっト可愛いね。新しいお洋服、いる?」
「今のままで十分です。あ、ケーキ貰います」
「はいよ〜。私はプリン貰うね〜」
甘い物は私の癒し。こうして好きな物を食べているときが、至高の一時だと思うんだ。それに一緒に食べている人が笑顔で、私も笑顔になる。
値段は張るけど、その分稼げばいい。
幸せな時間を過ごしていると、店の外から悲鳴が聞こえた。
「私が行きましょうか?」
「ううん、食べてていいよ。これ、お金ね」
テーブルに皮袋を置いた私は店を出て悲鳴の元へ行く。走ろうとは思わない。別に、食べすぎてお腹が痛いとか、そんなことないし?
杖を持って現場に着くと、筋骨隆々の男が女性の手を後ろで拘束していた。
「いつになったら金返すんだ? あぁ!?」
「すみません、すみません!」
「謝っても金は出てこねぇんだよ。大体よぉ、何がどうなったら借りた金で狩人とメシ食ってんだぁ? ぶっ飛ばすぞ!」
うわぁ、それは男の人が可哀想だな。
これは介入しても解決しないし、戻ろう。
暴力を振るわれているわけでもない上に、個人の問題だ。人って、どうしてそんなアホな事をするんだ?
私も人のことを言えないけど、これは酷いよ。
「ただいま。なんか借金取りに追われてたみたい」
「あ〜、最近よく聞きますね。何でも、顔の良い狩人との食費が尋常ではないとか」
「丁度その話をしてたね。頻発してるの?」
「はい。ここ一年で数十件は」
「多っ! 一体どれだけ顔が良いんだか......」
顔が良いいだけでお金を巻き上げられるほど甘くないと思うんだけど。でも実際に起きている事なんだし、気になる。
「顔はレオ未満でマナーはレオと同等、強さに関しては比べるまでもないです」
「つまり、レオの下位互換と?」
「はい。私は言ってませんけどね」
は、嵌められたぁ!? でも言い方的にリブラが悪いでしょ! 私悪くないもん! 悪いのはそこらの男より顔が良いレオとリブラだもん!
にしても謎が深いなぁ。どうしてそんな人に釣られるんだろう?
「ちなみに、ターゲットは夫に先立たれた方が殆どです。寂しい心を埋めさせる何かがあるのか、み〜んなひょいひょい釣られてますね」
「そういう事かぁ。じゃあレオをぶつけても相手は諦めないか」
「難しいでしょうね。こういう話はバルゴが適任でしょう。あのどエロい方なら、ネーシス様の力になれます」
確かに、バルゴを呼ぶのはアリかもしれない。
あの子はアクエリアスと違って、純粋な美貌で男を落としまくるから、その手の話には詳しいと思う。
街中で呼ぶと大惨事になるから、後でこっそり聞いてみよう。
「それでは、私はこれで。ありがとうございました」
「うん! 私の方こそありがとね。楽しかった?」
「はい、とても楽しかったです!」
気分転換のスイーツパーティを楽しみ、夜。
ノアが帰ってくるまでの間に、私はバルゴを呼び出した。
桃色の髪から仄かに甘い香りを放ち、艶のある肌を惜しげも無く魅せるオトナの体。
潤んだ唇から発せられる言葉は、生物の本能から誘惑される。
「うわ〜、えっちだ! 色気がすんごいよ」
「ふふっ、それはお褒めの言葉でして? ですが色気が増したのは事実。日々この肉体を鍛えておりますから」
「ふぅ〜! さっすが〜!」
さて、本題に入ろうか。
少し聞いて分かったことは、どうやらご飯だけで借金を背負わせるのは異常なので、裏で何かをしている可能性が高いとのこと。
そこに情欲も絡んでいるのだろうけど、かなり怪しい。お金を大量に集めて、ただ贅沢をしているだけなら、なぜ狩人を続けているのか。
命を張った仕事をしているブランドを使っているのか、はたまた狩人でなければならない理由があるのか。
バルゴの意見としては、違法な物が関わっていると読んでいる。
「魔法、薬物、奴隷、素材。法外な物は高価ですもの」
「だよねぇ......まぁ、暫くは静観でいいのかな。私や私の周りに被害は出てないし」
「それでよろしいかと。では、またお呼びくださいな」
「ありがとね〜。また相談するよ」
バルゴを戻すと、下から足音が聞こえてきた。
この歩幅はノアの音。目も耳も良い私には、その違いだって分かる。
ドアが開けられ、視界に入ったのは......やはりノアだった。
「ただいま、ネーシスちゃん」
「うん......良かった、生きてた」
「もう、何言ってるの? 私がそう簡単に死ぬわけないでしょ?」
「あはは、ごめんごめん。で、ノアはどこ?」
私の言葉で、一瞬だけ視線がブレた。
やるならもっと上手になってからか、大根演技なことを承知で言葉巧みに話して欲しかったなぁ。
見た目はノア。声もノア。喋り方もノアそのもの。
でも一つ違うのは、纏っている魔力だ。あの子の持つ綺麗な青色はどこへ行ったのか、今は紫色だ。
「......なんでバレたんだ?」
「魔女を舐めてかかると、痛い目を見るよ?」
「はっ、ただの魔法使いが何を言ってんだか」
目の前の人間が魔法を解くと、現れたのは背の低い男性だった。紫色の髪が病的に見え、どこか不気味な印象を放っている。
「まぁいい、お前も来い。魔素を五素に、求めたるは闇の力。我が力を糧とし、対象を洗脳せよ」
禍々しい紫紺の魔法陣が私に向けられたが、詠唱完了した瞬間に霧散した。再度詠唱を試みる相手だけど、やっぱり私の前で魔法陣が消える。
「私に魔法を当てたいなら、オリジナルの魔法じゃなきゃね。というか闇魔法はあの子達にしか教えてないんだけど、どこから漏れたの?」
「どういうことだ? 魔法が発動しない!」
「だから、魔女を舐めてかかるからだよ。その魔法は私の支配下にあるって、分かんない? 怯えてるじゃん、その子」
私の眼で見れば分かる。あの魔法陣の中にある魔素が、私を前にして震えていることが。そして陣を維持できなくなり、霧散する。
君たちが使える魔法は全て私が創ったもの。
創造主たる魔女ネーシスに、君の魔法は通用しない。
「早く返してもらおうか。私のマブダチを」
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