第8話 魔法学校を歩く魔女

「ん......ぉはよ、ネーシスちゃん」


「おはようノア。丸一日寝てたよ」


「え? えぇ!? ホントに? ホントだぁ」



 馬車の旅、三日目。ノアが全く起きないので、これからの方針について説明するところから始まった。

 あの後、狩人たちは依頼失敗として荷台に遺体を乗せ、依頼主から馬を一頭買って街に帰った。

 私だけで護衛することになったので、彼らに払う分の七割を護衛報酬として貰い、残りのお金で追加の馬を買った。


 元々荷台に載っていた物を私たちの幌馬車に載せたので、少々狭く感じる。



「日付記録付きの懐中時計なんて、珍しいね」


「うん、お父さんから貰ったの。狩人になる約束として、引退する時はこれを返すこと、ってね」


「へぇ......本当に珍しい物だよ、それ」


「分かるの?」



 だってその時計に刻まれた名前、友人だもん。

 短命種族のドワーフ族で稀に生まれる、寿命がとても長いエルダードワーフが作った物。名前はオリオン。彼の作る金属製品は、世界的な貴重品とされる。


 それほどまでに素晴らしく、美しく、強い。



「リアリスくらいなら、それ一つで買えるよ」


「えっ......冗談、だよね?」


「本気と書いてマジと読む」


「お父さん、なんて物を私に......!」



 同意せざるを得ない。普通、死ぬかもしれない娘に財産を渡すもの?

 いや......違う。これは父親の愛だ。『絶対に生きて帰ってこれるように』と、願いが込められたんだ。


 く〜っ! 仏頂面で感情が読み取りにくい人だったけど、良いお父さんだな〜!



「愛されてるね、ノア」


「うん! お父さんとお母さんは私の誇りだもん!」


「だったら、胸を張って帰れるように、この旅で修行だね。リアリスで一番の剣士になったら、カッコよくない?」


「カッコイイ! でも、私がなれるかな......」


「それはノアの努力次第かな」


「も〜! そこは嘘でも『なれる』って言ってよ〜!」



 二人で笑い合いながら旅を楽しんでいること一週間。遂に王都ミラリスの城壁が見えてきた。荘厳な城壁塔は単体で城に見えるほど大きい。


 やっとおしりの痛みに慣れてきたというのに、久しぶりに踏みしめる地面は硬い石畳。

 ノアと顔を合わせて笑って、ハンターズギルドで報酬に関する正式なやり取りを済ませた。



「おっかね〜もち〜♪ おっかね〜もち〜♪」


「気を付けないと、転んじゃうよ〜!」


「ふっふっふ。この天才魔女が転ぶことなどッ──あ」



 躓いた。

 抱えてた皮袋が私の元を離れ、宙を舞う。

 キツく縛った紐が緩み、お金が出ていく姿を見ることなく手を地面に突く。そして慣性に引っ張られて膝を着くと、硬い石畳を生身でスライディング。


 お金が転がる音と共に、私の目尻に涙が浮かぶ。


 痛い。擦り傷ってこんなに痛かったっけ?



「大丈夫!? ネーシスちゃん!」


「お......かね......は、おっかねぇ......」


「だから言ったのに〜」



 立ち上がる時に膝を摩り、治癒魔法をかけて傷を治した。十二級ならそこそこの出血まで瞬時に止血できるので、それを見ていた通行人から「お〜」と声が聞こえた。


 ローブの傷は元々のもので、中のスカートは汚れ一つ無い。うむ、転ばなかった世界線と同じ状態だね!



「はい、遠くに飛ばなくて良かったね」


「ありがとうノア。もっと気を付けます」



 よしよし、とノアが私の頭を撫でる。

 人に頭を撫でられるなんていつ振りか。ここ数百年は無かった感覚だ。相手がノアだからか、非常に心地よい。


 今度ノアが良いことしたら、撫でてあげよ。



「で、魔法学校はどこ? この道真っ直ぐ?」


「うん! すっごく大きいから、きっとビックリするよ!」


「ホントに〜? 私を驚かせるなんて、並の建物じゃ......でっかぁい......」



 大聖堂の倍はある、超巨大な石造建築が街の中に鎮座していた。魔法に対する意欲が爆発しちゃったのか、神聖な雰囲気すら漂う魔法学校の校舎に、遠目から見た私でも口をぽかんと開けている。


 王城よりも大きいとか、それでいいのかこの世界。



「さっ、行こ!」


「えぇ......気が引けるなぁ」



 ウダウダしても仕方がない。ノアに手を引かれた私は、馬車が一度に何台も通れる門をくぐり、正面玄関から入った。


 綺麗に磨かれた床の石材や、大理石の柱から僅かに魔力を感じる。校舎の中をまじまじと見る私を背に、ノアが階級認定について尋ねると、驚きの返答が聞こえた。



「ちょうど昨日が試験日でしたので、次回の階級認定試験は一ヶ月後となります」



 マ・ジ・か! これでもかなり早く来た方なのに、間に合わなかったか〜! どうしよう、すぐにリアリスに帰るつもりだったから、チーズケーキを一つしか食べてきてない。


 悔しい。せめて三つは食べておきたかった......!



「せっかくここまで来たんだし、中の見学をしてもいいですか? もちろん、生徒さんには迷惑をかけないので」


「ネーシスちゃん?」


「でしたら、こちらの来客証を胸に付けてください。試験については残念ですが、是非、魔法学校をお楽しみください」


「ありがとうございま〜す!」



 私はササッとノアの分まで来客証を記入すると、石英のケースに差し、付属のピンで左胸に付けた。これで立派な見学者。


 受付のお姉さんにお礼を言うと、第一校舎から順番に見て回ることにした。



「ネーシスちゃん、そんなに興味あったの?」


「まぁね〜。何年生がどんな魔法使うとか、生徒の年齢とか、ちょっと気になるしぃ?」


「......まさか、男目当て!?」


「んなわけ無いでしょ。ただの興味だよ〜ん」



 魔力に敏感な生徒にバレないよう、私はポーチから魔女帽を取り出し、被った。真っ黒な鍔の広いこの帽子には、内部と外部からの魔力干渉を防ぐ効果がある。


 つまるところ、これは魔女の象徴でもあるのに対し、被っていると魔法が使えないのであ〜る!



「凄い! 魔女って感じがプンプンするね!」


「イーヒッヒッヒ! 食ろうてやろうか〜!」


「あははは! 本当に魔女みたいだね。御伽噺にそっくり」



 その話はやめようか。聞くだけで反吐が出る。

 ノアの手を取った私は、何か言われる前に一年生の授業を外から観察する。


 昔より人と魔法の関わりが多くなったせいで、人間の髪色が多彩になった。大体は黒か茶髪なんだけど、今はノアのような髪色も沢山居る。


 一年生の頭は、それはもうカラフルだった。

 教えている先生も髪が赤く、きっと火属性が得意なのだろう。



「この詠唱は一級魔法の詠唱だ。今のお前らには口にすることすら許されない禁忌。この魔法を使える魔法使いの名前を知ってる人はいるか?」



 生徒は誰も手を挙げず、周りのお友達と考えるも、答えが導き出せないでいた。そんな中、自信満々に手を挙げたのは私。



「見学者か。君は分かるのか?」


「はい! 私です! 一級魔法使えますっ!」



 全員の視線を一斉に浴び、一瞬にして目を背けられた。やはりここでも私は変人扱いらしい。

 私、凄いのに......本当に凄い魔女なのに!



「あっはっは! 面白いことを言う。では詠唱してもらってもいいだろうか? 君が本当に一級を使えるなら、出来るだろう?」


「もちろんです!」


「ネ、ネーシスちゃん!?」



 生徒に迷惑をかけないとは何だったのか。

 禁忌なのに使ってもいいものか。

 私は自信満々に教壇に立ち、手のひらを前に出す。体内の魔力が沸き上がる感覚と共に、言葉を紡ぐ。



「我が魔力を糧に、顕現せよ。土の根源」



 どうだ! 見たか!

 これが私の魔法だぁぁぁっ!!

 ......あれ? おかしいな。ゴーレムを創造する魔法を使ったんだけど、全く反応が無い。



「とまぁ、使えない者が詠唱しても意味が無いことが分かったな。ありがとう、見学者」


「あ、はい」



 教室の後ろに戻ると、私は深く帽子を被った。

 帽子? ちょっと待って、この帽子って確か......あ。



「大丈夫。ネーシスちゃんもいつか、一級魔法が使えるようになるよ」


「......魔力遮断、忘れてた」



 アホでした。あろう事か帽子を被ったまま魔法を使うなんて、今世紀最大の恥です。私より間抜けな人間はこの世に居ないでしょう。


 完全に意気消沈した私は、とぼとぼと魔法学校を出るのだった。

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