第7話 酔った魔女
「それでは狩人の皆さん、護衛をよろしく」
御者の挨拶が終わると、先頭の馬車が動き出した。
連結した荷台を挟み、私たちは幌馬車に乗り込んだ。今日は王都への旅、初日。魔物の素材を売って調達したお金で、幌馬車に乗れる権利を勝ち取った。
「私まで乗せてもらっちゃって、本当にいいの?」
「いいのいいの! 普段お世話になってるし、旅行みたいなものだよ」
「えへへ、ネーシスちゃん大好き!」
今回はお礼も兼ねてノアと共に行く。
緊張しやすい彼女だけど、剣の腕は相当なようで、ギルドで待ち合わせをした時は色んな人に褒められていた。
かく言う私も、ドブ掃除のプロとして褒められていたけどね!
......ドブ掃除のプロとして。
「今回は三週間の旅か。大変だな」
「でも行ってみたかったんだろ? 王都」
「あぁ。リアリス以外の景色が見てみたい」
今話しているのは、馬車の護衛さん達。
御者さんから依頼として旅の警護にあたる。重装備では目的地まで体力が持たないので、みんな軽装だ。これだと魔物に遭遇した時、重傷を負うリスクが大きい。
仕方ないと言えば仕方ないのだけど、このポーチは貸せないしなぁ。
「そう言えば魔法学校って誰でも階級認定してくれるの?」
「うん! 少しでも魔法が使える人が対象で、素質が無くても十二級は付けてくれるよ」
「それ、付けちゃダメな十二級だと思うな〜」
認定不可の方が適切だと思う。
口には出さなかったけど、私の気持ちを汲んだノアは、そうだねと同意してくれた。
雑談を楽しみ、おしりの痛みに耐えていると、街道に魔物が現れた。
「ゴブリンの群れです! 迎撃を!」
「任せろ!」
護衛の方が良い返事をするので、私は覗くことなくノアの手を繋いでいた。こうでもしないと、ノアは討伐に参戦するからね。
強い正義感を持つ彼女は立派だけど、少し危うい。
「あれ? 金属音がしてる。何かあったのかな」
「普通に聞こえてくるものじゃ......あ、ゴブリンって基本素手だから......」
「うん、かなり強い群れが来たかもね。金属装備なんて稀だよ」
ダンさんとの出会いも、武装ゴブリンの群れだった。
ゴブリンは素手が基本の魔物で、生まれ持った鋭利な爪や尖った牙で攻撃するので、武装の強さは一個体、そして群れの強さを表している。
まともな剣を持つなんて、かなり恐ろしい。
「まずいっ! 一度撤退する!」
「仕事を放棄するのですか!?」
「違う! 馬車の影で手あ──」
嫌な予感がする。
濃い血の匂いは死の匂い。
ノアも同じ気配を感じ取ったのか、私の手を振り払って馬車を降りた。
流石に私だけ残っていることもできないので外に出てみると──惨状が広がっていた。
「たす......け、て」
「痛ええぇよぉぉぉぉ!!!」
生きたまま食われる狩人や、手足だけを切られた狩人。一帯は血の海と化し、ノアは棒立ちで眺めていた。
私は知っている。これが魔物だと。
人や動物を喰らい、血肉と魔力を摂取して強くなる。
強い魔物ほど知能が発達し、命で遊ぶ者もいる。
「やら、なきゃ」
「勝てないよ。今のノアじゃ」
「そんなことない。私なら、私なら......」
ハイになったのか、脚が勝手に動いたのか。
雄叫びをあげて切りかかるノアの剣筋は酷く、容易く弾かれてしまった。ゴブリンの筋力に負けて吹き飛んだ剣を取る前に、脚を掴まれていた。
ここに来てダメだと思ったのか、私を見て助けを求める。
「ネーシスちゃん! ネーシスちゃん!!」
「もう......次からは気を付けてね?」
私はポーチから杖を取り出すと、魔力を放出しながら近付いた。一歩、また一歩と踏み出すと、ゴブリンの注目を集める。
どうだ、私の魔力は。美味しそうという気持ちすら湧かないだろう。むしろ、彼らはこう思うはずだ。
「────怖い。でしょ」
目の前のゴブリンがノアから手を話すと、群れが散り散りになって生存を優先した。
「逃がさないよ。根源たる炎よ、奴らを貫け」
十数個の魔法陣が杖の先に現れると、赤白い矢がゴブリンに向かって飛翔する。音よりも速くゴブリンの胸を貫くと、一気に肉体を燃焼させた。
十二級魔法の中でも、かなり魔力を込めてしまった。
討伐した証拠が燃えカスの装備しかないけど、許されるかな?
「ネーシスちゃん......ごめんなさい」
「大丈夫だよ。ノアは馬車に戻って休もう。私は怪我人の手当をするから」
杖を戻して指揮棒を取り出した私は、リブラを呼び出した。
ショックで気を失ってしまったノアを抱きかかえ、数年ぶりに強めの命令を出す。
「生きてる人を治療して。今すぐに」
「仰せのままに」
もう助からない人が多いけど、生きてる人は助けられるからね。
天秤を地面に置いたリブラは、片方に自身の左手を置くと、的確に生存者の容態を確認する。彼女の眼は私の特別製で、治療に必要な技術と魔力を瞬時に脳に送る。
確認が終わり、ぐっと天秤を押した次の瞬間、怪我人の足元に光の魔法陣が現れ、数秒で治療が終わった。
「五名生存、七人死亡。消費魔力は微量です」
「ありがと。王都でスイーツ奢ってあげる」
「......や、約束ですよ?」
「うん。それまでゆっくり休んでていいよ」
「またいつでもお呼びください」
も〜、リブラは素直じゃないなぁ。眷族のみんなって、何だかんだ言って私のことが大好きだ。敬愛や友愛、親愛の気持ちが溢れてること、ちゃんと知ってるんだからね?
布の上にノアを寝かせた私は、御者台で蹲っている御者を起こした。
「亡くなった方の対応は任せます。私は魔物が来ないように血溜まりを流すので、あっちで狩人の方たちと話し合ってください」
「ひ、ひぃ!」
「返事は?」
「......わ、分かりました!」
今回の襲撃はゴブリンの罠にかかった感じがするな〜。戦闘終了から数分経ち、大量の血を残したのに一匹も魔物が来ていない。
人間用の狩場として縄張りを強くしたか、周辺の魔物を殺戮したかのどちらか。多分後者だと思うけど、危険なことに違いは無い。
「アクエリアス、今いい?」
「はぁい、我が主。どうされましたかぁ?」
次に呼び出した眷族は、普段は砂漠でオアシスの管理をしているアクエリアスだ。彼女は水の扱いが得意なので、血を洗い流してもらう算段をたてた。
「これ、流せる?」
「んも〜、こうやって......ピンッ、で終わりますわぁ」
踊り子の様な衣装で舞を見せた後、指を弾いた。
血の付いた草木を風呂に入れるように血を洗い流し、匂いを飛ばした。
大きな胸が強調され、くびれたお腹は完全に露出。下半身は大事な部分以外見えており、女の私でも目を奪われる。
エッチな衣装だなぁ。
誰がこの衣装を着せたのか、不思議だなぁ。
ちょっと心配になる色気だけど、人間だと誰も眷族には勝てないから大丈夫なんだよね。
「ありがとう、アクエリアス。最近は変わりない?」
「少々魔物の活性化が見られます。主には到底及びませぬが、並の人では命を落とすでしょう」
「やっぱりね。前回は何年前だっけ?」
「百三年前でございます故、そろそろかと」
「気を付けないとね。それじゃあ、またね」
「お好きな時にお呼びくださ〜い」
活性化シーズンに入っちゃったか。ノアには死んで欲しくないし、頑張って強くなってもらおう。
それにしても、眷族をここまで頻繁に呼び出したのはいつぶりだろう? 空間を繋げるのが忙しくて、少し酔ってきた。
「私も寝よっかな。初めての馬車泊だ〜!」
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