第27話 子連れの魔女
「寝てる......どうしたものか」
異形の中から獣人の子どもが出てきた。
歳は五つくらいだろうか。かなり幼い。
長い間ダンジョンに居たせいか、魔力量が尋常ではない。
外に出たら大体の魔物は避けていくだろうけど、強い魔物からすれば格好の餌だ。
こんな可愛い子どもを棄てるのはイヤ。
この子は私が育てよう。
「名前は、そうだな〜。桃色の狐だから
後で眷族を大集合させて名前を付けよう。
さて、これからどうしたものか。 こちら側はもう行き止まりみたいだけど、ドラ公の部屋には続きがあった。
少し調査したらリブラの元に帰ろう。
「って、あれ? コアがある。どゆこと?」
ドラ公の居た部屋の奥、続く扉を開けると、いきなりダンジョンの心臓部に出た。
部屋の中央にある、真っ白な光の球体。
絶えず魔力を吸収し続ける球こそ、このダンジョンの、ドラ公と獣人の居た洞窟の心臓だ。
これを破壊すれば、ダンジョンは死ぬ。
今すぐにでも壊したいけど、あの村長に何を言われるか分からない。
「帰ろっか。お腹空いたし」
ぐ〜っと腹の虫が声を上げた。
保存食でもいいけど、せっかく村に来たんだから食材を買いたいな。
それをリブラに調理してもらおう。
私、ご飯は作れないからね。下手とかいう次元じゃないから。自分でも驚くくらい、食べ物を無駄にする才能がある。
「お〜い、リブラ〜!」
村の近くに転移した私は、ギンくんと戯れるリブラを見付けた。
「ネーシス様......ん? いつ身篭ったので?」
「ダンジョンで拾ったの。私が育てる!」
自信満々に胸を張ると、ジト目のリブラがため息を吐いた。
「行商はどうするんですか?」
「行商もやる」
「ポーション作りは?」
「やる」
「子どもは常に見張ってないと、何をするか分かりませんよ」
「常に見張ってるもん!」
「はぁ......ネーシス様? 人を育てるというのは、簡単なことではありません。親は常に精神をすり減らし、体力も必要です。ただの魔女であるネーシス様は、魔法以外からっきしである自覚をしてください」
「う............でも! 私は......この子に生きてほしい」
お世話をしながら、ポーションも魔法で作る。
知識を与え、お金を稼いで旅をする。
わがままを言っているのは分かってる。でも、それができるだけの魔法を私は持っている。
無ければ造る。
だから、この子が大きくなるまで見守ってほしい。
「知識は私が。運動はキャン姉様に。諸々のお世話はバルゴがやりましょう。お友達はカプリが、兄と姉にはジェミニがなります」
「リブラ......! 君ってやつは!」
「成熟するまでの十年程度、私たちには瞬きをするようなものです。やるからには完璧に。その子を幸せにしてあげましょう」
「うん! 一緒に頑張ろうね!」
『とんでもない方だな、我らの主は』
「今更何を。あなたも慣れますよ、そのうち」
少しの間、子どもをリブラに預けた私は、調査結果を報告しに村長宅に向かった。
非常に小さな村なので、迷わなかった。
他の家より装飾が豪華な家に入ると、村長と狩人の面々が揃って会議をしている。
やれ「あの行商人は異常」だの、「あの方は神」だのと様々な意見が飛び交う中、私の足音で静寂が訪れた。
「ダンジョンコアはあの部屋の奥にありました。念の為に反対側も調査しましたが、大きな部屋があるだけで、他は何も」
「おぉ、そうかい。ところで君は、何者なんだい?」
突拍子もない言葉に、私は笑顔で紋章を見せた。
「ただの行商人です。魔女ですが」
◇ ◇ ◇
名も知れぬ村を出て、二日が経った。
ダンジョンで拾った子どもは『モモ』と名付けられ、昨日から元気に遊んでいる。
「おかあさん、あれなにー?」
「よく見えたね〜! あれは“うさぎさん”って言うの。リブラお姉ちゃんは物知りだから、いっぱい聞いてみよっか」
「うん!」
かわいい。ずっと構いたくなるけど、お仕事が......。
泣く泣くモモのお世話をリブラに任せた私は、作業室でポーションを作ることに。
今朝、作業室を倍の大きさに広げたんだ。
半分はポーション作りの部屋として。もう半分は子ども部屋として使っている。
食料や衣類は眷族のみんなに買ってもらったので、モモの生活は不自由なく出来ている......はず。
少なくとも、私は不便に思っていない。
「ミーちゃんね、嬉しいの」
「ミー? ここに居たのね。嬉しいの?」
せっせと販売用ポーションを作っていると、ジェミニ兄妹の妹『ミー』が横に居た。
「眷族じゃない妹、初めて」
「確かに。どう? 仲良くできそう?」
「......分かんない。モモちゃんが大きくなって、ミーちゃんより大きくなった時......嫌われるかも?」
ミーの言う通りだ。今はまだ幼いから、彼女らが眷族という魔力生命体であることを理解できないが、いずれは気付く。
その時に、相手が人間じゃなかったと知って、ショックを受けるかもしれない。
思春期に入るまで大丈夫だと思うけど、心配だね。
「でもね、ミーちゃんはモモちゃんの味方だよ。どんなに嫌われても、怖がられても、モモちゃんのお姉ちゃんなの!」
「うん。ミーならできる。信じてるよ」
「えへへ! ミーちゃんも遊んでくる!」
「気を付けてね〜。行ってらっしゃい」
「行ってきます!」
ミーは容姿こそ幼いが、心は立派なお姉ちゃんだ。
お兄ちゃんのジェミニをずっとサポートし続けただけあって、周りや人の心をちゃんと見ている。
あの二人とカプリなら、上手くやっていける。
「──で、カプリちゃ〜ん? お外、出ないの?」
「......恥ずかしい。コーンもそう言ってる」
『コーンは恥ずかしくないよ?』
カプリは山羊の星獣『コーン』を連れた眷族だ。
白い髪に隠れた青い瞳が、恥ずかしそうに泳いでいる。ミーと同じく幼い容姿なので、モモと仲良くなれるはずだ。
コーンは、そんなカプリの腕に収まっている。
しかし、戦う時は大人の熊ぐらい大きくなり、オーク程度なら一蹴りで命を奪う。
「だってさ。ほら、行ってきな?」
「............うん。姉様は?」
「これ作り終わったら行くよ」
「じゃあ、待ってる」
恥ずかしがり屋だなぁ。そんな所も可愛い。
次回販売分のポーションを作り終え、私はカプリと一緒に外に出た。
ここは、プレアデス光国の王都から三日ほどの位置にある魔石樹の森。
樹液が魔石になるこの森では、かなり強力な魔物が出るが、眷族の前では蟻に等しい。
沢山の眷族が居る今、モモも安全に遊べる。
「......間引き、しなくていいの?」
「レオとアリエスに頑張ってもらってる。地球の神議りの見学券をあげたら、喜んで受けてくれたよ」
「職権、乱用......あ」
ぼーっとみんなが遊ぶ姿を眺めていると、こちらに気付いたモモ。キャンサーとの鬼ごっこを中断し、カプリの元へやってきた。
「カプリちゃん、いっしょにあそぼ?」
「え、う、あ......うん。何、するの?」
「おにごっこ! モモがおにするの!」
「わかった。い、いこっか」
「うん! いこ!」
おうおう、可愛いなぁこやつら。
意図して女児を創ったわけじゃないけど、こうしてみんなが楽しんでいるなら、私は嬉しいよ。
ふと足元を見てみると、魔石樹の根元に大きなキノコが生えていた。
確かこれは、オークノコシカケだ。
ポーションの材料にもなるし、貰っていこう。
「あ、その前に......ふふ、座れた」
腰を下ろすと、中々に硬い椅子になった。
流石は『オークも座れるほど硬いキノコ』だ。私ぐらいの体重ならビクともしない。
「風よ、我が力となり刃となれ」
指先に風の刃を纏わせ、根元からキノコを採取した。
半分は私の研究に使って、もう半分はメティちゃんに贈ろう。プレアデス産の物と知ったら、どんな顔するかな。
採取も終わり、これからモモ達と遊ぼうとした瞬間、背後から透き通るような鈴の音が鳴った。
「──人形の解析が完了。製造者も判明」
鈴を転がすような声を聞いていると、肩に小さな白蛇が乗った。これが私の秘密眷族の一人、『サージェ』だ。
サージェは特別に、全ての世界に存在を許している。
そして世界のありとあらゆる書物を読み、記憶している。
私の知識は、サージェから供給されたものが殆どだ。
「へぇ、やるね。続けて」
「製造者はヴィーナス・イル。アレは女神の遣い」
「イルって......はぁ。人間に殺されたんだ、あの子。で、腹いせにあの天使を送ってきたと。アホらしい」
どの世界でも割と有名な美の女神、ヴィーナス。
彼女の声を聞いた人間は尽く惚れていくから、恨みを買いやすいんだよね。
そうして恨みを持った人間に殺されると、神は『イル』と呼ばれる、言わば黒い神になる。
イル化した神は、自身より上位の神に神力を与えられなければ治ることはない。そういう病気みたいな状態だ。
で、そんな哀れな女神は私の力を貰おうと、いや、奪おうと人形を差し向けたけど、結果は魔界で見た通りだ。
「ありがとね、サージェ。よくやった」
「楽しかった。また呼んでね──」
そういうことなら、あの人形は好きにしていいよね。
三層の門番にする予定もあるし、モモが巣立ったら手を出そうかな。
「おか〜さ〜ん! あそぼ〜!」
「は〜い! 今日はいっぱい遊ぶぞ〜!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます