第28話 驚く薬屋さん
「こんげんたる水よ、槍になれ!」
モモが詠唱すると、両手の前に水の槍が生成された。
が、数秒経つと形が保てなくなり、大量の水となってこぼれ落ちる。
私は地面に落ちる前に魔力で受け止めると、上空にある水の塊に加えた。
何リットルくらいあるのだろうか。プール一杯分はあるんじゃないかな。
「凄いねモモ! 感覚は掴んだ?」
「わかんない。でもね、おもしろい!」
「だよね! 魔法は面白い。もう一回やってみよ?」
「うん!」
ペースは遅いが、徐々に王都に近づいている。
モモが家族になってから一ヶ月。獣人の特性故か、もう七歳くらいの少女に成長した。
言葉の覚えも良く、キャンサーとの遊びには道具が加わり、もう少し大きくなれば訓練に変わるだろう。
ミーの懸念が私も引っかかるが、それ以上にモモの成長っぷりに驚いた。
「モモ、おかあさんのまほう見てみたい」
「いいよ、よく見ててね。──根源たる水よ、槍となれ」
両手を前に出して詠唱すると、眼前に何十もの魔法陣が出現し、青く透き通った水の槍が姿を現した。
モモは目を輝かせて槍を一本ずつ見て回ると、もう一度詠唱し、崩れる槍を見て考え始めた。
私はモモが考える時、邪魔をしないようにしている。
子どもが自分の意思で前に進もうとしているのに、私が妨げになる権利は無い。
ただじっと待ち、考えを聞く。
「......槍って、なぁに?」
「良いところに気付いたね。そう、モモが使った魔法は水を槍にする魔法。それは知ってる?」
「うん!」
「でも、モモは槍を知らない。だから見よう見まねで作ってみるけど、形、色、槍が何なのかを知らないから、壊れちゃう」
「リブラお姉ちゃ〜ん! 槍ってなぁに〜?」
「はい。槍というのは──」
素晴らしい。よく原因に気が付いたものだ。
魔法......というよりは、物事の根幹にある性質に気付く才能があるのかもしれない。
これは外に出ると輝くが、同時に疎まれる才能だ。
今後は考えた結果を行動に移すかどうか、しっかりと考えることを教えてあげよう。
モモが出した水を弾けさせ、大きな虹を作った。
すると今度は、虹についてリブラに聞いているモモの声が聞こえたので、続きは馬車でするように言い、歩みを進める。
知りたがることは良い事だ。
そして、知っている人がいることも。
「英才教育を受けてるよね、ウチの子」
「ですわね。八つから学園に入れるようになりますが、どうなさいますか?」
「そうだにゃ〜......本人に決めさせたいけどね」
隣で御者台に座るキャンサーも、同意見だった。
聡い子になれば、学校に行かずとも知識を得るので通学するメリットは無い。
だけど、友達と過ごす時間や、集団での生活に慣れないと、社会生活に支障が出る可能性がある。
はぁ......いずれ巣立つのかぁ。やだなぁ。
「一番はお姉様と生きること、ですわ」
「そう?」
「ええ。友情や恋情こそ学べませんが、その他の全てが簡単に手に入ります。力も、知識も、経験も。何に価値を見出すかによっては、お姉様の傍に居ることが最良の選択肢となりますわ」
「......そっか」
「ご不満でも?」
「ううん。モモにそう思われたら、嬉しいな」
モモが幸せになれるなら、なんだっていいさ。
私の傍に居ようと、居なくとも。
◇ ◇ ◇
白塗りのレンガで造られた尖塔と、三段になった城壁。赤と金の太陽を模した旗が立つプレアデス光国の王都に、私たちはやってきた。
行商と旅を兼ねていると狩人と商人ギルドのカードを見せ、馬車の検閲を抜けると、その街の発展具合に驚きの連続だった。
「魔石街灯......魔導具の昇降機......豊富な娯楽」
「これは......危険ですわ」
「仕方ないよ。束の間の幸せを噛み締めたらいい」
発展しすぎだ。もし魔物をエネルギー源として新たな研究がなされれば、蒼い月蝕は直ぐに起きる。
一国の文明程度なら容易く崩壊させるんだ。行き過ぎた技術は自らの首を絞めることに気付かないとね。
ダンジョンで石龍の胆嚢を手に入れたら、早いうちにこの国を出よう。
「キラキラしてる〜!」
「ね〜! でも、まずは宿を取ろっか。モモはリブラお姉ちゃんと一緒に街を冒険する?」
「おかあさんと一緒がいい」
「じゃあ一緒に行こう。キャンサー、リブラ。二人で宿を取ってきて。私たちは商人ギルドで卸してくる」
「かしこまりました。お気を付けて」
ここまでも大量にポーションを卸してきたけど、プレアデス光国は買取価格自体、ヴィクトリアと変わらない。
でも、販売価格は倍高いので、意味が分からない。
ポーション一本分のお金は、一体どこから出て、誰に渡ってるの?
何ともきな臭い。
関わりたくない国ランキング堂々の一位でしょ。
「ポーション三百本、解毒薬百本です」
「三百本!? は、はい、直ぐに!」
私は知っている。この国はダンジョンで回っている。
そんなダンジョン──歯車──を回すのは、いつだって狩人だ。狩人を生きながらえさせるポーションは、需要が高い。
ヴィクトリアで「ポーション三百本」なんて言ったら、「五十本ずつ買い取ります」と言われて終わり。
でも、この国じゃ?
「合計銀貨四百枚です。お納めください」
「はい、確かに。ではまた〜」
「ではまた〜」
モモと手を繋いで商人ギルドを出た。
煌びやかな街の影を見ないように、前を向いて。
リブラが馬車を運んでくれたので、しばらくプレアデスを観光することになった。
ジャンケンで負けたキャンサーが買い物に行き、他の眷族は仕事に出ている。流石にそろそろ間引かないと、魔物が増えすぎちゃうからね。
私も一応仕事なので、ハンターズギルドで依頼を受けた。
「あの......子どもを連れて行かれるのですか?」
「はい。オークの脊髄の納品ですし、万が一もありませんよ。ご心配ありがとうございます」
「モモも戦うー!」
「モモは見学だよ? まだ狩りは教えられないから」
「どうして? モモもオーク倒したい!」
ん〜、もう少し魔法の制御が上達したら倒せなくもないけど......一回やらせてみる?
魔力量によるゴリ押しで何とかなりそうだし、まずはチャレンジさせるのも良いよね。私ならモモの安全が保証できるし。
「じゃあモモがオークを倒してみよっか。お母さんは後ろで見守るから、教えた魔法で倒すの。いい?」
「うん!」
「え、えぇ!? ちょっと!? 流石に私も止めますよ! そんな幼い子に魔物と戦わせるのは危険です!」
受付嬢さんに怒られた。当然だよね。
私だって、彼女の立場なら止めるよ。だけどね、私には自信があるの。誰よりも魔法が使えるってね。
虹色の紋章を見せると、受付嬢さんは目を丸くして引っ込んでしまった。
ごめんね。今の私、モモが一番だから。
「モモ、ごきゅうの魔法つかいたい!」
「五級はまだ制御できないでしょ。一回発動できなかったら七級で確実に仕留めなさい」
「は〜い!」
「──な、七級......なんだこれぇ」
狩場となる森に行く前に、やるべき事がある。
大通りの端にある、魔法使い御用達の杖ショップ。
ここでモモ用の杖を見てから、後日私が手ずから最高の杖を作ってあげよう。
材料集めの手間もあるし、お金を出して良い物が買えるならそれでいいよね。
「いらっしゃい。あら、可愛い姉妹ね」
店に入ると、待ってましたと言わんばかりに二十代前半くらいのお姉さんが出迎えてくれた。
ただ、私たちは姉妹じゃあない。母娘だ。
「おかあさん、“しまい”ってなにー?」
「お姉ちゃんと妹のことだよ。あ、この子の杖を選びに来ました。対応属性は全属性。威力より魔力耐久性を重視してます。予算は無視してください」
「お、親子ぉ!? 若すぎない!? 杖は用意するわ。でも、聞かせて。若すぎない?」
グイグイ来るなぁ。ちょっと苦手なタイプだ。
若いって言われても、私に歳の概念は無いし......。
別にこの人に話すことでも無いので、適当に「そうですね〜」と返した。
杖を持って来てもらうまで、店に飾られている杖を見ることに。
「これ、おかあさんのより短いね」
「そうだね。お母さんのはすんごく強いから、短くするとすぐに壊れちゃうの。だから、モモの杖も長くなると思うよ?」
「そうなの!? おかあさんと一緒!?」
「大きくなったらね。今はまだ、小さいのが一番だから。もっと強くなったら、もっとお母さんみたいになるよ」
「ほんと? じゃあモモ、もっと強くなる!」
うむうむ、精進したまえ。成長する子は愛おしい。
まぁ、店に飾られてる杖も私の身長の半分......八十センチと少しあるから、長い方ではある。
値段も金貨五枚と、初心者は手を出せない。
カウンター近くにある短い杖は、私の指揮棒と同じくらいだ。
ただ、材質も魔石樹が殆どなので耐久性は低い。
あの木材は魔力の通りが良過ぎるが故に、簡単に許容量を超えてしまう。
そうなると、すぐに杖がダメになる。
具体的には、魔力の空撃ちと言う、無駄に消耗する状態になる。
物持ちの心を育てたいので、ここはしっかりとモモに合う杖を選ぼう。
「お待たせしました! こちらはどうでしょう?」
渡された杖の長さは九十センチ。
魔水晶は付いておらず、材質は高齢魔石樹と欅。
確かに耐久性は高い。見た目も木目が美しい。
試しに魔力を通してみると、芯の魔石樹が微妙に曲がっていることと、二ミリ程削りが足りないことに気付いた。
「芯が雑です。次の杖を」
プロなら手を抜くな。意識を高く保ちなさい。
向上心が光を失ったなら、現状維持に全力を注ぎなさいな。こんな物を出すようならプロは名乗れないよ。
「えぇ!? これのどこが雑なんですか!?」
「魔力を通してみてください。削りが足りないので、無駄に魔力が流れる空間があります」
「どれどれ......うわ、ホントだ。超微妙だけど」
「モモもやる〜!」
モモにも渡してみると、違和感があるようだ。
可愛らしく首を傾げ、「おかあさんの杖の方がいい」と、悪魔の言葉を放った。
モモ。お母さんはね、杖作りに千年以上かけてるの。私の杖を越えられるのは、正直に言って『あの人』しか居ないよ。
あぁそうか、久しぶりに会いたいな。
世界最高の職人──オリオン──に。
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