第31話 創星神と裁判長

 オークキングに向けて、モモは詠唱する。


「いかづちの素、我が力を贄として......降り注げ!」


 疲弊しきり、魔力不足のせいで白煙が立つ。

 肩で息をするモモに、オークキングは鉄塊の剣を叩きつける。


「十層まで来たら大したものだよ。後はお母さんに任せなさい」


「うん......おか、さん......」


 倒れ込むモモを抱きかかえた私は、適当な二級魔法でオークキングを消し炭にした。

 今回はモモの冒険心を満たす他に、メティちゃんへのプレゼントを取りに来ている。もう少し先に行けば現れると思うので、探索を続けよう。


 一人は寂しいので、キャンサーを呼んだ。


「あらら? モモちゃんは魔力切れですか?」


「うん。魔力回復薬を使ってもいいけど、子どもに使うのは忍びないからね。休ませてる」


 私に抱っこされたモモは、穏やかな寝息をたてている。安心して眠れているなら私も嬉しいけど、ダンジョンは危険地帯だからね。


 ここからはキャンサーの援護として動こう。


「そういうことでしたら、お任せを」


「頼りにしてるよ」


「......! はいっ!」


 歓喜の声を最小限に抑えたキャンサーは、自慢の鋏状の剣を構え、迫り来る魔物をなぎ倒して行く。

 金と銀の両刃に備えられた機能を上手く使い、最早ザコ敵と化したブラストワイバーンを瞬殺するキャンサー。


 彼女、双剣使いとしての技量は眷族イチだろうね。


「手入れを怠らない事こそ、強さの秘訣ですわ」


「ね。ちゃんと太陽光と月光を浴びせてるから、私が創った時と輝きが変わってないもん。凄いよ」


「お姉様から頂いた物、それもわたくしの命を預ける武器となれば、当然のことですわ」


 金の刃と銀の刃には、私の眼と似た能力がある。

 金の方には太陽神の髪の毛を材料に使い、陽光で傷を修復し、霊体にも干渉する力がある。

 銀の刃は月の神の小指を使い、月光で傷を修復し、一度つけた傷に再度ダメージを与えた際、対象の魔力を使用者に流す効果がある。


 一般に神器と呼ばれる物だ。いや、呪物かな。


「あ、石龍だ。この子の胆嚢が欲しいんだよね」


 十三層に降りてくると、遂に目的の石の龍が現れた。

 名前通り全身が石のような鱗で覆われており、ドラゴンと言うよりはゴーレムに近いかもしれない。


「かしこまりました。しばしお待ちを」


 キャンサーは恭しく礼をすると、石龍に向き直った。

 脱力した腕は、さながら剣と手が同化しているようだ。

 石龍はその巨体と重量で叩き潰そうと、棘ののある下顎を彼女に振り下ろすが......


 ──キャンサーの姿が消えた。


「遅いですわ。仮にも龍でございまして?」


「自分が速すぎるだけなんだよなぁ」


「うふふっ! 嬉しい言葉ですわね!」


 事実、石龍の背後を取っていることから、目で追えない速度で動いたことが分かる。

 人間の肉体では移動速度に耐えられないが、魔力で出来た体なら問題ない。そもそもの物質が違うのだから。


 だけど、なぜ眷族と魔物で性能差が出るのか。

 それは至って単純。


「お姉様の魔力とダンジョンの魔力......どちらの方が質が良いか、明白ですわ」


 ピンと伸びた背筋で剣を振るキャンサー。

 背後の石龍は首を縦に斬られ、心臓も穿たれていた。

 やはり、この子は最も剣の上手い眷族だ。

 的確に対象の命を奪い取った。


「胆嚢と言いますと......こちらですわね。内臓類は全部摘出しておきましょうか」


「うん、お願い。ありがとね、キャンサー」


「いいえっ! わたくしの方こそ、こうして活躍を直接見て頂けて感謝してますわ〜っ!」


 全身に魔力を纏い、血を浴びずに内臓を取る姿は、それはもう気品のある女の子には似合わない。

 テキパキと内臓を空間魔法に入れていく彼女を横目に、私はモモを抱え直し、周囲を観察する。


「──隠し部屋だ」


 石龍と戦っていた広い空間は、ちょうど角部屋だ。

 二つの道の外角に違和感があり、注視すると分かる程度に部屋が存在している。

 高度な幻惑魔法を思わせる構造に、流石の私も口角が上がる。


「ほほぉ、面白い。錯覚? いや違う......ん〜?」


「どうされましたか?」


「この隠し部屋の入り方が分からないな〜って」


「隠し部屋ですか? 一体どこに?」


「ここにあるじゃん。ほら、この歪みみたいな......」


 素材を回収し終えたキャンサーが来てくれるが、そもそも隠し部屋を認識していないようだ。

 丁寧に部屋の存在を明かしてみるが、どうしても入れない。なんだろうかこの感覚は。入れない、いや、拒まれてる?


 モモをキャンサーに渡し、杖を握る。

 隠し部屋から少し離れた私は、宙に魔法陣を描く。

 これは階級魔法ではない。


 には使用を禁じられる術だ。


「鬼も蛇も出て来い。私が相手してあげるよ」


 明らかな違和感に向けて、



「──星霜の支配者、世界の調停」



 真っ白な魔法陣を杖先でつつく。

 瞬間、世界がモノクロに映り、歪みが現れた。

 この隠し部屋は、ダンジョンが作ったものではない。外部から......世界の外から入ってきた、幼虫の巣だ。


 時が止まったこの世界で、暴いてやろう。


「害虫め。よくも私の世界に入ってきたな」


『......なぜ気付いたのか。やはり恐ろしい』


 歪みの中から現れたのは、以前に私の前に現れた悪魔が、より人間の姿に近付いた者だった。

 今やコイツは悪魔ではない。ある種の神だ。

 この世界に土足で踏み入る者は許さない。


 私は言ったはずだ。「無断で来るな」と。


「魔神になった気分はどう?」


『最高だよ! どんな世界もオレの物になる』


「そ。じゃあ約束通り......君の種族を滅ぼすね」


 神眼を呼び起こした私は、フッと息を吐いた。

 冷たさすら感じない世界で、私の息は赤黒く世界に溶けていく。

 それはこの星を巡り、空に舞い、次元を越える。


『ッ!? ............やったな?』


「あぁ、可哀想に。たった一粒の悪魔が原因で、畑が全てダメになった」


 悪魔が消滅した。この星からも、魔界からも、全ての世界からも。星によっては人間の代わりに悪魔が生活を営む世界もあるが、それも今消えた。


 次は魔神族を消す。キミが悪魔のままならよかったものを、神の領域に踏み入ったせいで無関係な魔神までもが消されることになる。


 あぁ、可哀想に。またゼロからだね。


 再度息を吹くと、今度は虹色に溶けていった。

 ありとあらゆる世界から魔神の存在が消滅していくと、目の前の悪魔クンは酷く怯えた目で私を見てくる。


 一体、誰が悪いと思っているんだ?

 私はちゃんと忠告したよね?

 この世界は悪魔が支配しやすいから立ち入り禁止だと。次、無断で来ようものなら防衛手段として種族を滅ぼすと。


 嘘だと思ってた、なんて言わせないよ。

 空間魔法を補助した時点で分かっていたはずだ。

 あ〜あ、可哀想。無様だねぇ。愚かだねぇ?


「はい、これで悪魔と魔神は全滅しました。今頃ハクスラ世界は混乱してるよ。『わ〜悪魔が消えた〜、魔王や裏ボスの魔神が消えた〜』ってね」


 ゲーム好きの神は、さぞ困惑しているだろう。

 残念だけど、もう一度神を創るところから始めてね。全部コイツが悪いから。


 恐怖に支配された目の前の悪魔クンが空間魔法を使うが、転移した先は私の足元。何度転移しても、私の足元に出現した。


 当たり前じゃん。逃がすとお思いで?



 ──こら〜! 裏ボス消えたんだけど!

 ──ウチのカミさんどっか行ったんですが......

 ──ネーシス様、世界が二千億ほど機能停止しております。何をなされたので?



「ほら来ちゃった。これからキミは大変な目に遭うよ? 神になった以上、死んでも蘇るからね。数ある世界で最も貴重な世界に泥を塗ったこと、後悔するといい」



 私は杖を振り、次元を神の居る所へ引き上げた。

 真っ白な空間に沢山の神々が集まっており、観光名物の『神議り』よりも規模が大きい。

 魔神は必要悪として使っている神も多いからね。

 ウチだけじゃなく、世界に与えた損失は大きいよ。


「サージェ、場を創りなさい」


「はっ。謹んでお受けします」


 貫禄のある髭を生やした男性の姿で現れたサージェを中心に、悪魔クンを捌く法廷が造られていく。

 傍聴席には数万を超える神々が集まるので、自然とコロシアムの様な円形になった。


 私はただ一人、悪魔クンの前に立っている。


「わ〜い、この前裁判のゲームやったばっかだし、ボク裁判長やっていい?」


「いいけど、過半数の許可を貰ったらね」


 ハクスラ世界の第一人者でもある遊戯神『ルーダー』は、傍聴席に居る神の全員から推薦を受け、一人目の裁判員となった。


 続いて責任感の強い神や、丁度悪魔と人間が和解した世界を治めていた神が立候補し、最終的に五柱の神が裁判長となった。


「な、何をする気だ!」


「ん? 裁判ゲーム。悪いけど、キミは死罪より重い罪が確定してるからね。そこに立ってる方が誰かも分からないのに、よく存在を抹消されなかったね」


「は? どういうことだよ!」


 ルーダー君、もういいよ。

 創造神が最高神だと思っている神が辿った、世にも恐ろしいお話は通じないんだ。

 創星神って、中々知る機会が無いもんね。仕方ないよ。だから私は、無知による無礼は許すスタイルなんだ。


 でもねぇ......二度目は無いからね。


「早速始めよっ! 弁護人......は居ない。検察......も居ない。じゃあまず原告!」


「二度も私の世界に侵入し、人間を唆した。国の物価に異常を齎し、世界を混乱に陥れた」


「これは酷いね〜。じゃあ次、被告人!」


 本当にあのゲームやったの? この裁判長。

 信じられない速度で場を回して行くし、悪魔以外グルだから分かっていたけどさ......にしても雑すぎる。


「お、オレは......!」


「はい、やったんだね」


「何も言ってねェぞ!」


「......ぶふっ! 君、バカでしょ。対象より上位の神は考えてることくらい筒抜けなんだよ? あ、そっか。君より下位の神が居ないんだった! ゴメン!」


 煽りよる。この裁判長、煽りよるぞ。

 暴言も吐いたし、この子も捌く対象になるのでは?

 本来は止める存在の裁判長がコレなので、次から次に出てくる悪魔への恨みつらみが法廷を包み込む。


「ルーダー君、そろそろいい?」


 私が彼の目を見て言うと、一瞬で静寂が訪れた。



「被告は全被害者の奴隷として働き、悪魔族、魔神族の創造に尽力した後に抹消死刑とする」



「......は?」


「軽いねぇ。久しぶりのお祭り騒ぎだから、優しい罰で良かったね。消えられるだけマシだよ? ホントに」


 過去には消えることすら許されず、今もタダ働きしている神もいる。その子も今回のように世界侵害の罪だったけど、ここまで大事にならなかったからね。


 悪魔はともかく、魔神が消えたことが大きい。

 潔く最後に消滅できるだけ、今回の罰は温情に溢れていることを思い知るといい。


「久しぶりの雑裁判、やっぱり面白いね!」


「楽しそうで何より。復興の方は?」


「ぼちぼちって感じです。ウチはプログラム組んでるから直ぐに機能回復したんですけど、他はちょっと......魔神が支配してる所もありましたし」


「その辺は手の空いてる神にやらせるよ」


「助かります。それでは失礼します、ネーシス様」


「またね、ルーダー君。ゲームを楽しんで」



 これが知られざる神々の世界だよ。

 実質的に私に支配された神々は、信仰心や他の神々との交流で力を付け、世界を統治していく。

 遊び半分でゲームみたいな世界を創る者もいれば、数世紀おきに大災害を起こすドミノ世界を創る者もいる。


 そんな遊び場に土足で入ろうものなら、今回みたいに哀れな結果になるだけだ。




「じゃ、帰って修復しますか。モモにも頑張ってもらお〜っと」

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