第32話 薬屋さんは風の如く

「楽しかった。みんな良い人だったにゃ〜」


「リオンちゃん、また会えるかな?」


「会えるよ、きっと。モモと更に仲良くなれる」


 プレアデス光国に巣食っていた悪魔を祓い、『紅月の花』と小さな宴を開いた。

 始めはモモを私とレオの子どもだと思っていた四人だったけど、ダンジョンで拾ったと言うと皆モモに優しくなった。


 実母でなくても、私はモモを娘だと思ってるし、モモも私を母親だと思っている。

 それでいいんだよ。

 必ずしも向き合わなければならない、なんて事は無いからね。


 ひとしきり楽しんだ後、宿に戻った私はポーションを作りながらモモとお喋りしている。


「また遠くにいくの?」


「そうだよ〜。なんと、テティス海神国に行きます! 水の神様がいっぱい居るらしいよ?」


「かみさま? 神様って、なぁに?」


 何だろうね。倫理観のぶっ壊れた人間?

 見た目こそ人間に近い神が多いけど、内側は獣より本能に忠実だし、快楽の為に平気で世界を壊すからなぁ。


「ごめんねモモ、お母さんにも分からないや」


「リブラお姉ちゃんなら知ってるかな?」


「......多分? 明日聞いてみよう。さ、寝よう」


「うん! おやすみ〜!」


「おやすみ、モモ。今日も頑張ったね」


 神様は何か、か......そう聞かれると分からないな。

 魔女として生きる前の私自身、星を創っては壊してを繰り返して遊んでいただけだし。

 たまに星が神になったり、一人じゃ寂しいな〜って思うと生まれたけれど、それが神の説明と言うには足りないよね。


 リブラ、あなたの説明次第でモモが変わるわ。

 大変な役を押し付けたこと、申し訳ない。

 部屋のランプを消し、モモの頭を撫でながら眠る。

 この柔らかい耳は、人によっては気味悪がられるだろう。いつか、そんな人と出会った時に、モモはどんな風に対処するのかな。


 私はずっと心配してるよ。いつまでも。


 翌朝、商人ギルドに再度ポーションを卸した。

 受付のお姉さんが「価格が戻るかも」と明るい顔をしていたので、徐々に回復するといいね。


 最後にチラッとハンターズギルドに寄って行くと、たまたま『紅月の花』の面々が居たので、二人で挨拶をしてきた。

 みんなモモを気にかけてくれており、温かい雰囲気だったな。


 城門を出て、北東に進む私たち。

 次の目的地は『テティス海神国』だけど、真の狙いは『獣人国家オルクス』だ。

 オルクスでモモのご両親や、同じ桃色の狐獣人が居たら......第二の帰る場所を作りたい。


 その為にも、まずはテティス海神国を経由しなければ行けないので、しばらくは馬車生活だね。


「ゆっくり旅をするのも悪くない」


『モモ殿が来るまで、主は焦るように国を駆けていたからな』


「ね。でも、ダラダラしてたらモモを助けられなかったかもしれない。そう考えたら、過去の私はグッジョブですわよ」


『違いない。それに、この国を早く離れる判断は良かったぞ。我には何となく、破滅......絶滅の匂いがした』


 ほう。まぁ、滅ぶにしても何十年か何百年か先だけどね。ギンくんが感じ取れるくらいに発展したのは、意外と今代の王がまともだったからかな?


 悪政下の技術力って、破綻しやすいものが多いからね。


 これからの季節は、段々と暑くなる。

 海に近い方がバカンス気分も味わえる。

 早々にプレアデスを越え、海で遊びたい。実はもう、モモの水着は用意できている。本人には内緒だけどね。


 さてさて、数ヶ月は馬車の旅が続くことだし、私はのんびり行かせてもらおう。

 次の国では、もっと余裕のある生活がしたい。

 正直、家を買おうか悩むほどには落ち着きたい。


 その辺はモモやみんなと相談しつつ決めていこうか。


「お母さん! これ読んで!」


「いいよ〜? おぉ、『ノアと銀魔女』......おほほ」


 後ろからヌルッと出てきたモモの手には、割と世界的に有名な童話が抱えられていた。

 ちょっぴり恥ずかしいな。うん。

 でも、歴史を学ぶにも丁度いい絵本だし、いっか!


 リブラに御者を交代してもらってから、私はモモを膝の上に乗せた。

 懐かしい話を描かれた絵本は、実に写実的だった。


 ノアの特徴は勿論のこと、銀魔女の好物がチーズケーキだったり、一級魔法の使い手であることが描かれていた。


「そしてノアは言いました。『私は強い。強くなった。だから、守らないと』剣を支えに立ち上がったノアは、次々に魔物を倒していきます」


「......お母さん?」


 読み聞かせる声が震える。


「しかし、最後の一匹。大きな大きな魔物と戦い、ノアは死んでしまいました。『ぐわー! このままではー!』暴れる魔物の胸には、ノアの剣が刺さっていました」


「お、お母さん? だいじょうぶ?」


「うん......そして最後には、魔物も死にました。こうして、銀魔女に力を貰ったノアは英雄となりました。村の人から尊敬され、やがて『女王』と呼ばれました」


 ダメだ泣くな。泣くな私。まだ泣いちゃダメだ。


「──銀魔女は、今もどこかでノアを見守っています。おしまい」


 あっ、ダメ......泣く。

 堪えきれなかった涙が、モモの髪に落ちていく。

 大切な我が子の前では泣かないようにしてたけど、ノアの話はダメだ。私の心に響いちゃう。


「ふぅぅぅ。どうかな? 銀魔女は見守ってるかな?」


「絶対見守ってる。だって、お母さんみたいだもん」


「ごふっ! そ、そっかぁ。あはは」


 胸にダメージを受けてしまったぜ!

 実はその銀魔女が君のお母さんなんだけど、いつ気付くのかな?

 もしかしたら気付かないかもしれない。


 いつか話せたら嬉しいけど、暮らしが安定してからかな。それと、時間が経っても私の容姿が変わらないことに気付いた時にでも、知ってもらえたらいいな。



 ◇ ◇ ◇



「ネーシス様、馬車の部品がそろそろ限界です」



 プレアデス王都を出てから一ヶ月。

 そろそろ国境に近付いたと言う時、リブラから悲しいお知らせが入った。


「え〜? 脆すぎない?」


「金属の質がダメです。終わってます」


「語気が強いなぁ......そんなに?」


「はい。そこらの鉄クズと同等かと」


「なわけあるかい! 私が見て......うわぁ」


 車輪の中枢部や牽引部分を支える金属が、ボロボロと言うにも優しいほどに朽ちていた。

 ギンくんの力と速度に耐え切れず、ミスリルを使ってもコレとはね。


 どうしたものか。


「ね? 言った通りですよね?」


「うん......仕方ない、買ってくるよ」


「私が行きますよ」


 あらやだ優しいっ! 惚れちゃうわん!


「ううん、オリオンのところだから。久しぶりに会いたいし、ついでにモモの杖もお願いしよっかな〜って」


「ああ、あのドワーフの。寿命が無いんでしたっけ?」


「無いというか、ループしてる感じかな。ドラゴンの血が入ってるから、脱皮して若返るんだよね」


「えぇ......?」


「ドン引きしてるじゃん。気持ちは分かるけど」


 ちょこちょこと出てくるオリオンの名前。

 それは今でもヴィクトリア王家で継がれている日付記録式時計の製作者でもあり、私の杖を作ったドワーフのこと。


 流動する不壊の地下帝国でひっそりと生きているので、狙って出会えるのは私だけだ。


「お母さ〜ん、どこ行くの〜?」


「ちょっとお出かけ」


「モモも行くー!」


 デスヨネー。そう言うと思いましたよ、ええ。

 だってモモだもん。私が離れようとしたら直ぐに気付きますよ、彼女は。ええ。


 な! の! で!


「もう準備できてるよ。さ、魔法陣に乗って」


「やった〜!」


「え、あそこに連れて行くんですか!?」


「うん。じゃあ行ってくるから、馬車も持ってくね。部屋は自分たちの魔法で入ってね。んじゃ」


 二人分の空間魔法は用意していた。

 杖で地面を突ついた瞬間、景色が変わる。

 暗い洞窟の中、奥から届く小さな光。魔法で照らしながらモモと手を繋いで歩いて行く。


 やがて洞窟を抜けると、そこには地底世界の村があった。


「すご〜い! 地面の中に木がある〜!」


 モモが感動の声を上げると、家の外に居たドワーフの全員がこちらを見た。


「おい、あれ......魔女様じゃねぇか!?」


「魔女様だ! 魔女様がいらしたぞ!!」


「誰か皇帝陛下に伝えてこい!」


 採掘用の洞穴から来たので、足元に気を付けて村に降りた。

 ここは地下帝国。村の形をした、名前の無い国だ。

 土地は掘れば際限なく広がり、牧場も農耕も盛んなこの村は、今生きている人間で知っている者は居ないだろう。


 硬い石から柔らかい草を踏みしめると、モモは走って村を見て回る。


「元気だな〜。私も着いてこ」


 石材中心で造られた家屋の外装に苔が生えており、この苔こそが生命活動に必要な魔力を生み出している。

 自然を上手く利用した生き方も、ドワーフの魅力だ。


「みてみて、お母さん。蝶々みたいに羽があるのに、バッタみたいに跳んでるの!」


「ほんとだ! 凄いねモモ、よく見付けたね!」


「えへへ、たまたまだよぉ? んふふっ」


 可愛ええのぉ。この子の笑顔は万病に効く。

 モモの笑顔はDNAに素早く届く。万能薬だ。


「可愛ええのぉ。魔女様の娘さんかい?」


「そうですよ〜。実子ではないんですけどね。我が子のように愛してます」


「ほっほっほ。そりゃあの子も幸せじゃな」


 ドワーフの高齢者とは珍しい。

 比較的短命なドワーフ種は、老化が見えると直ぐに燃え尽きてしまう。

 だからオリオンは特別なドワーフなんだけど。

 この人と出会えたのはラッキーだね。


 のどかな地下世界で走り回るモモを見守っていると、後ろから数人の足音が聞こえた。



「初めまして、魔女殿。現皇帝のルチルだ」



 挨拶をしてくれたのは、立派な服に身を包み、王冠を被った高い声のドワーフだった。


「じょ、女帝ぃぃぃぃぃ!?!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る