第30話 再会する魔女

 プレアデス光国王都郊外にダンジョンがある。

 昼夜を問わず人の出入りが激しく、列に並ばなければ入ることすらできない。

 国一番の人気を誇るこのダンジョンは、ありふれた階層洞窟型ダンジョンとなっている。


 ギルドに残る最高到達階層は十五。

 一層や二層は弱い魔物が出現するが、三層以降は七級以上の狩人パーティでなければ数時間で死ぬと入れている。

 それほどまでに、魔物の強さが跳ね上がる。


 そんなダンジョンの第五層に、五級狩人パーティ『紅月の花』は訪れていた。


「引き返すぞ。これ以上は消耗できん」


「素材は採れた」


「え〜、まだ戦いたいよ!」


「リオン? 一人で勝てるならどうぞ?」


「......はぁい。今日はいっぱい食べよ」


 物資の半分を残して、四人は引き返す。

 武装したオークは勿論、本来は水辺にしか現れないリザードマンが現れたりと、帰り道でも十分危険なのがダンジョンだ。


 もう何年も通ったダンジョンだけに、彼らは油断していた。否、油断せざるを得なかった。


 十数分に数体の魔物しか現れない。

 戦闘にも、心にも余裕が生じ、油断となる。


 四層への階段がある大部屋に、討伐推奨階級二級の『ブラストワイバーン』が現れた。

 炎と風を自在に操る強敵を前に、リーダーのバルガは冷や汗をかく。

 無理はない。ブラストワイバーンと言えば、十四層のボスとして出現した話で有名だからだ。伝説の一級パーティですら苦戦を強いられた相手に、平常心で居る方が難しい。


 四人はすぐに戦闘態勢をとるが、先手を打ったのはワイバーンだった。


 ジェットエンジンの如く甲高い音を響かせ、リオンに向けて大きく開かれた口からは溶岩を吐き出した。

リオンは反応するが、溶岩の飛来する速度は矢を越える。

 肩を掠めたリオンの傷が、痛々しく焼け爛れる。


「根源たる光よ、彼の者を癒したまえ」


「ありがとファルシア! 死ぬかと思った!」


「......次はありません」


 ファルシアの言葉は最もだった。

 何せ、パーティで一番の機動力を誇るリオンが完全に避けられないとなると、他の三人は直撃が必至だ。

 煮え滾る溶岩に当たれば、詠唱はおろか、言葉を遺すことすらできないだろう。


 斥候のジルバードは隙を見て近付くが、ワイバーンの反応速度が尋常ではなく、触れることすら許されない。

 運良く一撃を与えて鱗に傷をつけたものの、大きな翼脚を広げた広範囲を吹き飛ばす風をもろに受けた。


 壁に打ち付けられ、意識朦朧とするジルバードを狙い、ワイバーンは爪を立てて脚を出すが、咄嗟に盾を構えたバルガに阻まれた。


 ファルシアは五級魔法を詠唱するが、ワイバーンの圧倒的な機動力を前に、魔法は明後日の方向へと飛んでいく。


「......リオン、お前だけでもいい、上がれ」


「何言ってんの!? んな事できるわけない!」


「お前ならできる! その足なら......」


「そういう意味じゃない! このバカ!」


 命懸けの時間稼ぎ。バルガは覚悟していた。

 ワイバーンが守る階段を駆け上がり、良ければ増援、悪くてもリオンだけは生き残る最良の結果が待っている。


 しかし、リオンはそれを許さない。

 ずっと共に活動してきた仲間だからこそ、死ぬなら共に死ぬと、固い意思がある。


 合理的なバルガの案を棄て、四人は戦う。


 戦闘開始から十五分。

 段々と四人に疲れが見え始め、防戦一方となっていた。

 精神も体力も擦り減り、バルガの盾も、あと数回攻撃を受けたら破壊される。



 そんな絶望的な状況の中、階段から笑い声が響く。



「あはは! リブラってば親父ギャグを言ったの? ぶふっ......ふひゃははは! おかし〜!」



 四人にはその声に聞き覚えがあった。

 特徴的な銀髪。左右で違う色の瞳。大きな杖。

 隣国の侯爵領へ調査依頼で出会った、恐ろしく強い人物を呼べる人間。


「ダメだネーシスさん! ブラストワイバーンが居る! 引き返せッ!!」


 バルガの叫びに呼応するかのように、ワイバーンは百八十度回転し、ネーシスに向けて溶岩を放つ。


 が、七色の魔力壁に阻まれ、溶岩は消失した。


「嘘......なんて魔力......!」


「おやおや? 誰かと思えばリオンちゃん達ではないですか。お久しぶりですねぇ! あ、ポーションはいかが? 飲めば一発で元気が出るよ!」


 ワイバーンを無視して歩いてくるネーシスの背後に、桃色の髪をした獣人の子どもが付いて来ていた。

 身の丈に合わない大きな杖を持ち、いかにも『魔法使い見習い』な雰囲気を出しているが、この場に似つかわしくない幼さだった。


 あまりの異常な光景に誰も言葉が出せないで居ると、その少女から先に声が出た。


「お母さんお母さん、モモ、あれ倒せない」


 ネーシスを母と呼ぶ子どもは、今にも溶岩を吐き出そうとしているワイバーンを指さし、そう言った。


「あら〜、そんなこと無いと思うけどなぁ」


「無理だよ〜! だって、魔力の風をまとってる」


「......確かに厳しいね。なら、見てて」


 杖を真っ直ぐに持ち、ネーシスは五人に背を向ける。



「魔法使いの、カッコイイ姿をね」



 ◇ ◆ ◇



 プレアデス到着から二週間。モモの成長を日々実感し、今日は近場のダンジョンに行ってみたいとせがまれたので、諸々の予定を崩してやって来た。


 結構ショボイ道中で、無駄に時間がかかるタイプのダンジョンだと言うのが私の感想かな。

 三層から危険と言われたけど、正直に言って魔物の強さはそこまで変わらない。


 順調にモモの訓練も兼ねて進んでいると、四層のボス『フォルティスウルサ』を一人でモモが倒したので、今日は豪勢な晩ご飯が確定した。


 そして五層に降りると、懐かしい人達に出会った。


「バルガさん、ジルバードさん、リオンちゃんにファルシアさん。帝国では急に帰っちゃってごめんなさいね。色々とバタバタしてたもんで......でへへ」


 ブラストワイバーンのブレスを魔力で受け止めた私は、再会の挨拶と共にワイバーンにお返しした。

 自分の吐く物くらい耐性があると思っていたけど、意外にも鱗や甲殻には焼けた痕ができていた。


 まぁ、ワイバーンだもんね。

 モモにはくらいだし、まだまだ弱い魔物だ。


「あそうだ、今夜は豪勢にするので、皆さんも来ませんか? この子の紹介もしたいですし、ね?」


 ポカーンと口を開けてるリオンちゃんが見えた。

 よし、彼らは放心中だな? 似たような経験が前にあるぞい?


 娘の前だし、そろそろカッコイイ姿を見せようか。

 魔女ネーシスによるドキドキパレードに招待しよう。


「さぁ、ドキドキしたまえ? ワイバーンくん」


 杖を構えた私は、高等技術が求められる部分空間魔法の詠唱を開始する。

 右手にはいつもの杖を。左手は手のひらを上にして、横に伸ばす。


「定め、一節──【把握】」


 刹那、私の左手にワイバーンの心臓が現れた。

 一メートルを越える大きな心臓は絶えず脈打ち、ワイバーンの体にエネルギーを送り続けている。


 しかし、これは幻影に過ぎない。

 私の手に、ワイバーンの心臓を映しただけ。


「モモ、これにナイフで刺して」


「うん! 行くよ〜? えいっ!」


 グサッと、幻影の心臓にナイフが刺さる。

 するとワイバーンは急に暴れ出し、心臓が激しく鼓動を始めた。

 二度、モモがナイフを刺して切り裂くと、やがて鼓動は大人しくなり、ワイバーンは赤黒い血を吐いて倒れた。


 どう? 心臓ハツ抜き魔法。カッコイイ?


「お母さん凄い! どうやったの?」


「ひ・み・つ。一級魔法を使えるようになったら教えてあげる」


「そっかぁ......あと一年くらいかかっちゃうよ」


「じゃあ一年後を楽しみにしてる」


 私の見立てだと五年はかかる。

 モモの成長速度は目を見張るものがあるが、一級魔法というのはそこまで簡単ではない。

 一度、大きな壁にぶち当たるには丁度いい機会かもね。



「さて、紅月の花の皆さん、お久しぶりです」


「............ひ、久しぶり」


「改めまして、ネーシスです。こっちは娘の......」


「モモです! よろしくね?」


「あ、あぁ。娘......一級......はあ」


「皆さん疲れてそうなので、こっちの元気が出るポーションと、少しの損傷なら直せる装備用のポーションを差し上げます。あと──レオ」


 指揮棒を振ってレオを呼び出した私は、以前の行動に対する誤解の弁明と、地上までの護衛を指示した。


「またバタバタしてて申し訳ありませんが、また後で。今日は一緒にご飯を食べましょうね!」


「えっと、失礼します! 待って〜お母さ〜ん!」


 ワイバーンの眼球と舌を剥ぎ取り、後はダンジョンに吸収させよう。

 ここのダンジョンは消化が遅いので、素材が沢山取れて美味しいね。国が高く買い取る理由は分からないけど、数が採れるのは狩人にとって非常に嬉しい。


 さ〜て、モモちゃんや? 一体何層になれば、その冒険心は落ち着くのかね〜?

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