創星の魔女 〜永遠の命と廻る世界〜

ゆずあめ

大海を知る魔女の謳

第1話 始まりの魔女

 石造りの部屋の中、蝋燭が照らす少女の影。

 書物にペンを走らせ、数分おきに頭を抱えてはペンを握り、次第に蝋燭が切れてしまった。


 はっと顔を上げた少女は、ペンを置いて言葉を紡ぐ。



「我が魔力を糧に発光せよ、光の根源」



 発した言葉を合図に太陽の如く眩い光の玉が顕現し、少女は座っていた椅子ごと背中から転び、目を覆った。



「ぎゃぁぁぁぁ!!! ボーっとして一級で使ってしまったぁ! ──あぁ、私の目はこれで終わりだ。もう死ぬぅぅぅ!!!!」



 一時的に視力を失い、大袈裟に暴れる少女の名はネーシス。魔女である。


 長い銀髪を振ったネーシスはチカチカする視界の中、懐から取り出した指揮棒の先を床に向けた。



「リブラ、私の目を治して」


「──はっ」



 先程まで何も無かった石の床に、突如として現れた亜麻色の髪の少女。細く長い左手の甲には【七】と刻まれており、右手に持っていた天秤を机に置くと、片方に自らの左手を。もう片方にはネーシスの髪を一本置いた。


 リブラと呼ばれた少女は目を細めると、そっとネーシスの肩を抱き、満面の笑みで囁いた。



「自爆おつ」



「え、今なんて?」


「ネーシス様の目に異常はありません。数分もすれば元に戻ります」


「だ、だよね〜。まさかリブラがね。うん、ありがと」


「またいつでもお呼びください」



 次の瞬間にはリブラは消え、ネーシス一人になった。

 言われた通りに数分が経つと目の具合が良くなり、紫色の瞳をした右目と、黄金の瞳の左目がパチパチと瞬きをした。


 そして、書きかけの書物を閉じ、ネーシスは呟く。



「明日から本気出すと言ってから、はや200年。そろそろドアを開ける勇気がチャージされたかな」



 う〜んと伸びをして支度を始める。

 綺麗な白いシャツの上にボロボロのローブを羽織り、特殊な羊毛で作られた黒いスカートを履くと、お気に入りの革靴でドアの前に立った。


 肩から下げたポーチには魔法が刻まれており、中には指揮棒と保存食、身の丈と同等の杖にナイフなど、生きていく上での必需品が入っている。



「よし、開けるぞ〜。よし......よし!」



 ドアノブに手が乗せられるが、捻る気配がしない。

 表情はいかにも『これからお出かけしますよ』感を出しているが、足は鉄のように硬く重く、手は凍ったように動かない。


 外に出るのは何百年ぶりか。

 自らの足で外の情報を得ることを辞めてから、ネーシスは極度の引きこもりになった。


 明日こそは外に出よう。外の世界を見てみよう。


 そう何度も自己暗示をかけるが、染み付いたニートライフが足首を掴む。


 有能な眷族の力を使い、生み出した魔法で生きる最高の生活から自ら距離を置く……甘い生活に戻りたい。温かい家に居続けたい。


 欲と理性の仁義なき戦いが、今、始まる。



「ふふ、ふふふふふ......甘い物、食べたい。外に出よう」



 死んだ魚の目でドアを開けると、真っ白な肌を焼き焦がさんばかりの太陽光がネーシスの体を照らした。艶のある髪を振り、なんとか背中のドアを閉めて一歩を踏み出す。


 久しぶりに見る世界は、とても緑色で、緑色で......緑色で──



「私、こんな深い森に住んでたんだ......」



 背後以外は緑一色。草木に覆われた緑の地獄から始まったお出かけは、世界の歴史を大きく変えることになる。

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