第24話 悪魔も欲しがる魔女のお薬
「は〜い、これで終わりです。ありがとね」
「結局これは何に?」
「秘密かな。商売のタネを話すわけには......ね?」
プレアデス光国まで運転をギンくんに任せ、五人でお喋りしている。合金瓶に指をさして聞いてきたのは、七級狩人パーティ【凱旋夢】のリーダー、レジールだ。
斥候のネアちゃんに、後衛のレイラ、そして力こそパワーと叫びそうなファディの四人で構成されている。
狩人パーティというのは四人で組むことが推奨されており、誰の能力も無駄になりにくいそうな。
思えば、チャンドラ侯爵領で出会った【紅月の花】も四人パーティだった。
「......魔女さま、アレは毒?」
私の膝の上でクッキーを齧りながら指をさしたネアちゃん。視線の先には原液ポーションとは別に、魔物に効く毒を研究するために作った、人間にも猛毒のポーションがある。
風魔法で手を作り、机の上に運んでくると、毒々しいという言葉では表せない、神秘的な色のポーションに視線が集まった。
「飲みたい?」
「......飲めるの?」
「二秒以内に全身が溶けなかったら」
「......やめとく」
ネアちゃんの前にあるのは、魔力を溶かす溶魔剤。
ザクロのジュースみたいに赤いけど、これは材料に使った私の血が原因だ。
空気中の魔力を猛烈な勢いで溶解させるので、このポーションだけは蓋も石英で出来ている。
そんな劇薬の横にあるのは、魔力を爆発的に回復させるポーションだ。こっちも私の血を入れているけど、ミスリル粉末とヤグルマギクの花弁の色が混ざり、青紫色になっている。
魔力回復薬と言えば聞こえは良いけど、常人には過剰な魔力量を与えるので、一口含んだだけで人の形を保てなくなるだろう。
故に、これも毒薬。私か魔物しか使えないからね。
「なんと言いますか、並の錬金術師より恐ろしいですね......薬から感じる力が違います」
「一本で三十人は死ぬからね。怖いよ〜?」
ネアちゃん以外の三人は一斉に距離を取ったが、ここはそんな劇薬が作られる場所であることは、かなり早いうちに伝えていた。
ネアちゃんを見てみなさい。
ずっと膝の上でクッキーを齧ってるんだから。癒されるじゃろ?
「──ギンくん、止まって。何か来る」
『ん? 何が来るのだ?』
馬車を停めた私は、完全装備の状態で外に出た。
万が一のためにアリエスに四人の護衛を頼み、研究室から出ないよう指示を出す。
杖の根元で地面に魔法陣を書いていると、私が構えた原因──空間の歪みが眼前に現れた。
ぐにゃりと世界が歪むと、空間の裂け目からドス黒い角と漆黒の翼を生やした男性が出てきた。
が、地面に足を付けた瞬間、バキバキと音を立てながら地面に倒れた。
『xxxxxxxxxxxx』
「へぇ、珍しい。立つことを許可しよう」
『xxxxx』
悪魔の言葉は人間には理解できない。
それは『知らない』から理解できないのではなく、『知ることすらできない』からである。悪魔の方が、生物としての格が上だからね。
魔物より格下である人間には、音として認識することもできないんじゃないかな?
「悪魔よ、次に南極老人の承諾無しにこちらに来るならば、その時は種族の滅亡と捉えよ」
『x、xxxx』
跪く悪魔に魔力回復薬を渡してあげると、再度空間を歪ませ、あちらへと帰って行った。
『主よ......今の者は?』
「最下級の悪魔だね。まだ世界の仕組みを理解してないのか、私の魔力を辿って訪れたみたい」
「あの悪魔、空間魔法を使ってましたね」
「ね〜! あまりにも雑だったから手助けしたけど、穴を広げたらちゃんと出てくれたね!」
私が杖で描いた魔法陣は、あの悪魔が作った空間の歪みに穴を空けるものだ。そうしなければ、多分死ぬまで世界の狭間を漂ってたんじゃないかな?
お近づきの印に薬をあげたけど、爆散してないといいなぁ。多分、体が悲鳴をあげるくらいで済むと思うけど。
「四人は......気絶してる。魔力に当てられたか」
「雑でしたからね、あの悪魔」
「まぁね。ギンくん、街まで頼むよ」
『うむ。日が暮れる前に街に着かせよう』
宣言通り、ギンくんは日没前に次の街まで走ってくれた。流石は高級馬車なだけあって、お尻が八個に割れそうな悪路もスムーズに踏破した。
宿を取って四人を寝かせた私は、軽い夕食を済ませてから馬車のメンテナンスを始めた。
「──やっぱり。溶接されてる部分が外れそう」
『どうするのだ?』
「こんなこともあろうかと、馬車を買った後に補修用ミスリルも調達済みなのだ〜!」
『準備が良いな。てっきり困るものかと』
「チミィ......舐めてもらっちゃ困るよ。ワンコめ」
『我は狼だ!』
馬車の修理を終えた私は、そのまま作業室でポーションの研究をする。
私が試したいのは、薬草と毒草を混ぜた時の反応だ。
予想では、成分を抽出した段階で二つの相反する効果を混ぜると、『薬草によっては無毒化できる』と思っている。
理由は毒草の成分は種類ごとに全て違うから。例えば、パララス草は麻痺の効果を持つ毒草だけど、
同じ麻痺効果だからと成分も同一視する狩人や錬金術師が多いけど、実はこの二つは似て非なるもの。
どこかのちっこい錬金術師が、雷山茸には内臓機能の回復効果があることを発見し、世界に激震が走ったとか。
「ふんふんふふ〜ん......久しぶりに歌いたいな」
「おや、神々を魅了する歌を歌われるので?」
び、びっくりしたぁ。
よく手に持ってた毒薬を落とさなかったね私。偉い。
いつの間にか私の作業を見ていたのはリブラだった。私が薬を作っている姿が嬉しいのか、口角が上がっている。
「あれは悲惨な事故だよ。まさか全ての神が魅了されるなんて、誰も思わないじゃん」
「ネーシス様の歌声は美しいという次元を超えてますからね。文字通り、歌で世界を動かせますよ」
「目的のための歌じゃない。心が歌うの」
毒薬に少しずつ治癒のポーションを注ぎ、変化を観察する。もう一つ同じように瓶に少量毒薬を注ぎ、こちらは原液ポーションで変化を見る。
通常のポーションでは変化がないが、原液の方はボコボコと泡ができはじめた。どうやら内包する魔力量の差が大きく、混ざるときは空気中に溢れるようだ。
なるほどね......混ざる時の魔力量の差、か。
上手く使えば、煙幕みたいに使えるかも。
魔物から逃げる手段として使えるなら、狩人業界に革命が起きる......かも。
何にせよ、当面は煙幕の方向性で研究しよう。
翌日になると、丁寧に四人が挨拶に来てくれた。
流石に悪魔との邂逅は予期できないので、私も大変だったと、あたかも命の危険にさらされたような演技をして別れた。
それから三日が経ち、私は遂に国境を越えた。
「プレアデス光国に〜? 来たぞ〜い!」
「来たぞ〜い」
『全力で走れば一日で着いてたな』
御者台にはリブラも相席し、一緒に景色を楽しんでいる。
道中、狩人に安くポーションを売る代わりにメティちゃんのお店を宣伝してもらった。これからも、少しずつ恩を返さないとね。
ヴィクトリアの国境を越えてすぐ、道の硬さが違うことに気付いた。人の出入りが激しいために土が踏みしめられ、舗装されてると勘違いするほどだ。
「舗装、されてないんですね」
「プレアデスから出ようとしないからね。それに、舗装しちゃうともっと警戒される。中立を維持するために仕方なく、だよ」
「なるほど。納得しました」
「ごめん適当に言った」
「ぶん殴りたいこの笑顔っ♪」
でもさでもさ! 私の言ったことも正しいと思うの!
だから拳を振り上げるのはヤメテ! 可愛い顔してるけど行動は怖いよ!
とまぁ、最近はよく懐いてくれるリブラと楽しみながら進んでいると、何やら草原の中に人だかりが出来ていた。
ギンくんに道から逸れて進んでもらうと、人だかりの奥に小さな村があった。
ぼーっと眺めているお爺さんが居たので、情報を頂こう。
「こんにちは。あれは何かあったのですか?」
「旅......行商人かい。ありゃあダンジョンが出来ちまったんだ。国に取られる前に、財宝を取りに行っとるんじゃよ」
「えぇ......ダメでしょこの村。ネーシス様、危険です」
確かに、やってる事は国への裏切りだ。
でもダンジョンに行く大人は皆顔が険しいし、何か理由があると思う。
例えば、そう。税収が馬鹿みたいに多いとか。
「困窮しているんですか?」
「......あぁ。顔に出てたかい?」
「いえ。言われてみれば、痩せてる人が多いですね」
「農作物も多いこの村じゃが、それも殆ど国に取られる。自分たちで食う分も無ければ、得られる金も少ない。時期に滅ぶ」
可哀想に。馬車で数日走ればヴィクトリアに着くのに。
そうか、ヴィクトリアはプレアデス光国に警戒してるから、貧困を装ってスパイが入らないようにしてるんだっけ。
前にロイ君が教えてくれたんだ。『ウチを出たら帰ってこれない』って。
「それよりお嬢さん、馬じゃなくて狼に引かせてるのかい。体力的に長旅はできないだろう」
「いや〜、そう思いますよね? でもご安心。この子はそんじょそこらの狼じゃない、特別なワンコなので長旅も行けるんです!」
『我は狼だと何度言えば分かるのだ!』
「なんと、喋りおった!」
だってその子、剣晶狼だもん。人語ぐらい話すもん。
さてさて、貧困の村に少しばかり手助けするとしますか。恩を売っておきたいし、お店の宣伝になるからね。
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