第23話 戦う薬屋さん

「いざ〜? しゅっぱ〜つ!」


 カリロエ侯爵領で大金を稼いでしまった私は、謝罪の意を込めて全額メティちゃんに送った。そして原液ポーションの恐ろしさも手紙に書き、慎重に商売する旨を綴った。

 原液は私だけが所持した方が、安全面的にも保証できるからね。


 ダリオさんにも原液自体は毒であることは説明したけど、私の手元を離れた以上、不安が残る。



『主、人間の血の匂いがするぞ』



 森の中を進んでいると、ギンくんが右に鼻を向けた。

 耳をすますと、微かに人の声が聞こえる。どうやら狩人が魔物と戦っているようだ。

 介入すれば問題になるので、このまま進むことにした。


『良かったのか? 怪我人が居たぞ』


「狩人なんだから怪我は当たり前でしょ? 助けを求められたわけでもないのに、獲物を横取りした方が悪者になっちゃう」


『......面倒だな、人間は』


「それに関しては同感だよ」


 助けられておいて獲物の所有権を巡るなんて、強欲にも程があると思う。でも、そうやってルールを決めることで社会としての質が上がるから、人間は強いんだ。

 論理として納得しても、感情の面では気に食わない。


 なんて話をしていると、ガサガサと足音が近づいてきた。



「た、助けてくれ! イグニスボアが出た!」


『だそうだ、主』


「この場合、行商人に魔物を押し付ける行為って犯罪にならないの?」


 商人ギルドに入会する時、規約書に書いてあった。

『狩人に魔物や盗賊等の標的を移された際、商品や馬車に損害が出た場合、全責任は該当狩人にあるものとする』

 これはハンターズギルドでも言われているので、もし私の馬車が傷つくようなら、彼らは多額の賠償金を背負うことになる。


 悪手と言わざるを得ないが、相手が私で良かったね。


「ギンくん、ここで待ってて。私行ってくる」


『承知した。今晩は肉だな』


「だね。どうやって倒そっかな〜」


 イグニスボアって、確か燃えてる猪の魔物なんだよね。火魔法には耐性があるし、無難に水魔法で仕留めようか。

 念の為に一級魔法使いの紋章を胸に付け、杖を持って馬車を降りた。

 逃げる狩人さんたちを馬車の後ろに避難させ、私は追いかけてくるイグニスボアと対面した。


「うわ〜、ほっといたら森が無くなりそう」


 こちらに向けて大地を蹴るイグニスボアの周りが、徐々にだが燃え移っている。逃げようが、長期戦になった時点で敗北のようなものだ。

 さ、ここは魔女の腕を見せてやりますか!


「魔素を五素に、求めたるは嵐の力。我が力を糧とし、水刃は舞う」


 エメラルドグリーンの魔法陣から生成された無数の水ナイフ。鉄の数倍は硬く鋭い刃は、詠唱通り舞うようにイグニスボアを襲う。

 肉へのダメージを抑えるために足を貫いた刃と、耳から一気に脳を破壊するナイフに分かれ、ものの数秒で討伐が完了した。

 しかし、これだけで終わらないのが私の魔法。


 討伐が終わったナイフが燃え移った火に飛び込むと、内包する魔力を水に変換して消火した。


「フゥ! 無駄のない美しい魔法。私みたい」


『自己肯定感が月まで届いているのか?』


「当たり前でしょ。私は眷族以外に褒めて貰えないから、自分で自分を褒めてたの。だから月なんてあっちゅう間よ」


 ローブを翻して馬車に戻ると、ギンくんが喋ったことに驚いて狩人たちが腰を抜かしてしまった。

 気を利かせてか否か、ギンくんはモフモフの尻尾で優しく撫で回って行くと、次第に皆の緊張がほぐれてきた。

 さて、落ち着いたことだし話し合いを始めよう。


「初めまして、狩人さん。何から話そうか」


「その......すみませんでした!」


 真っ先に頭を下げた狩人四人組。判断が甘かったこと、圧倒的な実力不足など至らぬ点は沢山あるけど、まずは謝ったことを評価しよう。


「うん、謝罪は受け取りました。ではどうしてイグニスボアと戦い、標的を私に擦り付けたのですか?」


「戦った経緯は、ゴブリン討伐の依頼です。指定数の討伐を終えたので帰ろうとしたんですけど......」


「急に現れたイグニスボアに襲われ、パニックになったと」


「はい。本当にすみませんでした」


「もう謝らなくていいから、顔を上げて」


 私から叱ることは無い。だって被害が無いからね。

 むしろ感謝したいくらいだよ。美味しいお肉と大きな毛皮が手に入るのだし、売ればかなりのお金になる。

 注意で済ませて、彼らの街で然るべき人に叱られて欲しい。


 うわ、今私上手いこと言った。



「い、一級魔法使い!?」


「ふふん、凄いでしょ? 凄いよね〜!」


 音速を超えた自問自答。私は凄いのだ!

 しかし、全くと言っていいほど目を輝かせない四人を前に、私も少しずつ意気消沈する。

 一級魔法使いって凄くないのかな。なんて思っていると、違ったようだ。


「なぁ、流石にこんな所に一級は居ないだろ」


「ですよね。偽物なんじゃ?」


「俺も同感だ。助けてもらって何だが、疑わしい」


「......どうでもいい」


 う〜ん、ショック! 特に最後に発した女の子、せめて興味を示そうよ! 暗殺者みたいにフードを深く被ってるし、ちょっと怖いよ!?

 彼らの言い分も分かる。分かるよ。でもね、一級魔法使いの紋章はオリハルコンという希少金属で造られているから、この輝きを見れば気付くでしょ?


 もしや私......無名魔法使い?


「ちくしょう、ガッデム! こんにゃろー!」


『荒れておるな。主、そろそろ行かないか? 有象無象に時間を取られては我が不満だ』


「はぁ......そうだね。行こうか......」



 ボアをポーチに入れてギンくんを走らせると、慌てて四人が追いかけてきた。

 なんだよ、疑わしいなら放置しなよ。

 どうせ私は無名の魔法使いですよ〜だ! ふん!



「待ってください! お礼がまだです!」


「要らないよ? お金に困ってないし、美味しいものは自分で見つける主義だから」


「では、何か俺たちに出来ることは無いですか?」



 私は手綱を引き、ギンくんを止めた。



「......じゃあ、実験台になってよ」


「実験台?」


「うん。どうしても人間の手がほしいから、手を貸してくれたら嬉しい」



 アヤシクナイヨ。

 ゼンゼン、キケンジャナイヨ。

 本当にただを貸してほしいだけなんだ。

 腕は無くてもいい。手さえあれば、それで。


 四人は渋々私の要求をのんでくれたので、早速作業室の中に入れてあげると、中の広さに驚愕していた。


「ど、どうなってるんだ!?」


「......不思議」


「ふっふっふ〜、面白いでしょ? 四人も居たら窮屈そうな見た目なのに、中に入ると広い研究室だもんね。中々大変だったよ」


 空間拡張魔法より、実験道具を揃える方が大変だった。お金はかかるし粗悪品は多いし、良い物は信じられない値段だから心が寂しい。

 メティちゃんの助けもあって、私に合うものを揃えられたけど、一人だと泣き目を見ていたね。


「はい、じゃあリーダーくん、この砂に手を突っ込んで。中に細い瓶があると思うから、握ったまま維持してね」


「わ、分かりました」


 蓋の無い、青い砂で満たされた箱を用意すると、埋蔵された柔らかい瓶を握ってもらった。この瓶は銅とミスリルの合金で出来ており、含有魔力量で硬度が変わる特性がある。


 今回はポーションの瓶型が欲しいので、男性が全力で握っても少し凹む程度の硬さにしている。


「なんか、形が......」


「もう離していいよ。次はフードの子ね」


「......ボク?」


「ボクっ娘なの!? っとと、そうだよ。お願いね」


 衝撃の事実が発覚した。素晴らしい属性娘だね!

 男の人から回収した合金瓶を別の砂型に入れ、男性用の瓶型が出来た。次はボクっ娘の型を回収しようと思っていると、何やらプルプル震えている。


「大丈夫? 私が抱っこしよっか」


「......へ、平気。背伸びすればこんなの──」


 当然というか約束された未来というか。

 箱をひっくり返したボクっ娘の頭に、青い砂がばらまかれた。他のみんなは部屋を見ていて気付かなかったし、これは私が悪いな。


「風雷の灯火よ、我が願いに応えよ」


 風魔法で服に着いた砂を除去し、雷魔法で砂を集めて箱に戻していると、じーっとボクっ娘ちゃんが私を見つめていた。

 綺麗な赤い瞳が、ザクロの様に輝いている。


「......知らない魔法」


「今創ったの。綺麗になったでしょ?」


「......どういうこと? 魔法、つくれるの?」


「うん! これが出来るの、私だけだよ?」


 魔法、というより呪文の作成って、流派によっては禁忌とされるらしいからね。時代は変わるものだけど、これだけは何百年も変わらない。

 どうせ作れても既存の魔法の下位互換になるだけなのに、研究の芽を、種を撒くことすら許さないなんて愚かだよね。


「......ほんとに一級?」


「本当だよ。私は特別に凄いけどね」


 自慢してプライドポイントを高めよう。

 そうして得たポイントで自己肯定感と慢心ゲージを溜め、どこかで自信満々で間違えよう。

 これが私のルーティーン。プロフェッショナルによる一連の流れなのさ。


 改めて考えると、青い砂は必要無いのではと思い始めた。だって、合金瓶だけで型が取れるからね。


「無駄なことしちゃった」


「ううん、無駄じゃない。魔法、見れた」


「え〜! 何この子可愛いんですけど〜!? ウチ来ない? 三食おやつとふかふかのベッドがあるんだけど」


「行く」


 や〜ん! 可愛い子が仲間に増えた〜!

 と思っていると、魔法使いの子がボクっ娘ちゃんを回収してしまった。


「い、いくら一級魔法使いでもネアちゃんはあげませんからねっ!」


「へぇ、ネアちゃんって言うんだ〜! 可愛い〜!」


 ひょっこり顔を出したネアちゃんの頬っぺをムニムニしたら、次は大人の女性の瓶型が欲しい。

 せっかくの出会いなんだから、良い形で終わりたいよね。


 ね?

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