第22話 旅する薬屋さん

「ノア、私、また旅に出るね。ロイ君はノアにそっくりだった。瞳の奥に宿る、強い正義の心は特に。.....ありがとう。行ってきます」


 墓前に青い花を供えた私は、始まりの女王ノアの墓を去った。敷地一面に咲く空色の花は王族の象徴花と言われており、私が持ってきた花とは違うものだ。

 喫茶リヴァロのカウンター席の端。小さく飾られていた勿忘草を、私は持ってきた。


 献花には似合わないかもしれない。

 だけど私にとって、そしてノアにとって、この花が思い出ある花なんだ。


「ネーシスさん! おはようございます!」


 墓地を出ると、日付記録付きの懐中時計を内ポケットに仕舞いながら、ロイ君が挨拶に来てくれた。


「おはようロイ君。護衛の皆さんもごきげんよう」


「今日でお別れなんですね......寂しいです」


「そうだね。私もここを離れるのは寂しいよ」


 心から寂しいと思う。だけど、私は行く。

 文明を破壊する厄災からリアリスを守ったノアが眠るなら、この場所には枯れない平和があるはず。

 私はノアを信じてる。

 ずっとずっと、昔から。


 商人ギルドの身分証と従魔の登録証を発行してもらったロイ君に、お礼としてスクロールを渡した。


「これは......何の魔法陣が描かれているんですか?」


「秘密。ヴィクトリアが滅ぶと思った時に使うこと。あの子がこの場所を守ったなら、私も守りたいから」


 ロイ君というよりは、リアリスへのお礼。

 私が見れなかったノアの勇姿を呼び起こすような、そんな魔法陣が刻まれている。


「じゃあね、ロイ君。君は立派になれる」


「はい! 命をかけて、この国を守ります!」


「うん。頼んだよ」


 最後に頭を撫で、私はメティちゃんの店に戻った。

 カウンターで寂しそうに俯いている彼女の前に、私は商人ギルドで作った提携商人証を出した。


「な、なんだこれは?」


「私が商人として出した売上の半分をメティちゃんのものにする証明書です。いつもの月イチ統計の時に見せるだけなので、無くさないようにしてください」


「ちょ、ちょっと待て! どうしてそんなことを?」


 詰め寄ってくるメティちゃんに一言。


「私の先生だから。ね、メティ先生」


「......うん」


 メティちゃんは最後まで私の独立には反対していた。

 この二週間、ほぼ毎日話し合ったにも関わらず、今も私の手を離そうとしない。

 一人でも回るお店にやってきた変な魔法使い。そんな一人に変えられた環境というのは、自慢じゃないけど良いものだったはず。

 でも、ごめんね。私は行くよ。


「今までありがとうございました。そして、よろしくお願いします。メティちゃんの活躍を祈って、これを見せます」


 一級魔法使いの紋章を付け、ボロボロのローブを身に纏った。

 これが世間で語られる、一級魔法使いネーシスの姿。


「い......一級」


「行ってきます。どうか、お元気で」


 紋章を隠すようにローブを締めた私は、外に待機させていた馬車......もとい、剣晶狼車に乗り込んだ。

 あまりに異質な光景に世間から浮いていたけど、私を見た瞬間に皆納得したようで、むしろ寂しく感じてしまう。


 ゆっくりとメインストリートを進み出すと、後ろから大きな声がきこえた。


「行ってらっしゃい! 絶対、絶対死ぬなよ!」


 可愛い見た目で恐ろしい言葉を口にする。

 確かに受け取ったメティ先生の思いを胸に、私は王都ヴィクトリアを出て、プレアデス光国へ向う。

 道中で三つの街を経由するので、ポーションを作りつつ行こう。



『それで、主よ。なぜ我が馬車を引いているので?』


「そりゃあギンくんが適任かなって。可愛いし」


『可愛いではなく、カッコイイと言ってくだされ』


「や〜だねっ。でもすれ違った人はみんなカッコイイって言うでしょ?」


『それは主や眷族の方々だけだ。街ゆく者は皆、我に恐れる』


「うん......なんていうか、ドンマイ」


 尻尾を優しく撫でると、凄まじい勢いで振り始めたギンくん。魔界ハウスを作る時にずっと傍に居たせいか、好感度がマックスになってる。

 しばらく雑談しながら街道を進んでいると、商人の馬車とすれ違った。

 相手の馬を警戒させないよう、極限まで魔力を弱める技術を身に付けたギンくんに、アリエス大先生の躾の上手さが窺える。


 草原を超えて森を割る街道に入り、日が沈みかけているのでキャンプをすることに。

 ササッと火を炊いてお肉を焼いていると、森の中から魔物が出てきた。


「ゴブリンだ。ギンくん食べる〜?」


『もう食べてるぞ』


「早いなぁ。他人の獲物を盗らないよう、気を付けてよ?」


『無論だ。アリエス殿に叩き込まれた』


 地面がゴブリンの血で汚れると、ギンくんの剣晶が青く輝き、水魔法で洗い流された。

 しっかりと後始末までやっていたので、警戒だけ命じて一緒にご飯を食べることに。


「ん〜! やっぱオークのステーキは良いね! 旬を少し過ぎたくらいが、脂がサッパリしてて最高!」


 ちょっと値が張る香辛料をふんだんに使い、オーク肉の中でも脂身の少ない背筋は噛み切りやすく、ステーキにした時は至高の部位だ。

 ちゃんと野菜も食べて栄養バランスを考えつつ、健康的な食事をとった。


「ふぅ、ご馳走様でした。明日は保存食かな」


『主はいつでも馳走を食えるのではないか?』


「出来るけど、そんなことしたらつまんないじゃん」


 私はポーションを売る行商人であって、楽をしたい旅じゃあないんだな。ギンくんの気持ちも分かるけど、やりたい事に準ずる環境を作らないと、一度甘えたら抜け出せなくなる。


 お出かけは遊びでも、行商は仕事なの。


「眠くなるまでポーション作るから、見張りよろしくね。狩人が来たら、その時は呼んでね」


『承知した』


 内装が空間拡張された作業室になっている馬車の中で、私はポーチに入れていたヒポテス草をすり潰し、煮出す。

 成分の抽出が終わるまで、どうしてこの草の名前がヒポテス草と呼ばれているのか、以前メティちゃんに教えられたことを思い出した。


 この草はその昔、勇者と呼ばれた地球からの転移者が名前を付けたそうな。由来は『High Potion』であり、そのまんまアルファベットで書かれたのを次の代の勇者が訳し、当時の言語訛りが起因でヒポテスに変わったらしい。

 ハイポーションが読めず、「ひぐふぽちおん」と発音したんだそうな。

 嘘か本当か分からないけど、有り得る話だなと、メティちゃんの知識に感心したよ。


「よし、瓶に......作ってなかったでござる」


 煮出した薬液を詰める容器が無いので、数秒で作った大瓶に注いだ。大瓶に移してから魔力を注いでかき混ぜ、大量のポーションの原液が完成した。

 同じ動作を何回も行い、数リットル分の原液を作り上げると、一日の疲れが降りてきた。


「ギンく〜ん、私寝るね〜!」


『お休み。周辺は我が見ておる故、安心せよ』


「ほいほい。おやすみ〜」


 馬車の横にテントを広げ、ギンくんをモフってから寝袋に包まった。

 アリエスの羊毛が使われた寝袋は温かく、極寒の雪山でも適温を維持する効果がある。最高だぁ......!



 鳥のさえずりで目を覚ますと、軽く身支度を整えてから洗身魔法で汚れを落とした。

 作業室の原液ポーションが割れてないことを確認してから、ギンくんに引っ張って貰う。

 徒歩の倍程度の速度で進みながら、使いやすい瓶の形の試行錯誤を繰り返す。


 ただ波打つ形状では内容量に差が生まれ、一部だけ波打たせても取り出す時に滑りやすい。


「下を壺みたいに大きくしたら、腰に付けられないもんね......いっその事、割って使う?」


『なれば、飲まなくてもよいポーションが必要になるな。消毒液では存在するらしいが、治癒はできん』


「もうあるネタなんだ。でも薬が間に合わないか〜」


 ああでもないこうでもないと唸っていると、ヴィクトリアの北にある街、カリロエ公爵領に到着した。

 街の入り口では国を象徴する伝説の魔物が現れ、兵士のほとんどが集まる事態になったが、従魔であることを示すと通してくれた。

 街を進む途中、色んな人が崇めるようにギンくんに頭を下げていた。

 残念ながら、ヴィクトリアの象徴はセムくんだけど。


 これにはギンくんも素直に喜べず、微妙な顔で馬小屋まで来た。


「お薬卸してくるから、ちょっと待っててね」


『早く戻るのだぞ。心が削れる』


「情けないこと言わないの。ワンコなんだからさ」


『我は狼だ!』


 怒るギンくんを尻目に、私は馬車の中の原液をポーチに入れて街に飛び出た。

 ヴィクトリア程ではないにしろ、発展した街並みはとても美しい。土魔法で作られたレンガの滑らかな表面がそう思わせるが、逆に壁一つがのっぺりして見える。

 扱っている食品は野菜と果物、肉しかない。

 海から遠いこの街では、魚を売ることが出来ないみたいだ。


 そんなカリロエ公爵領を歩いていると、ハンターズギルドに並ぶ大きな組合である、商人ギルドに着いた。



「こんにちは。本日はどのようなご要件で?」


「ポーションを持ってきたので、錬金術師か他の商人に売りたいです」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 木版の番号札を受け取り、ギルド内を探索する。

 受付以外は、壁に巨大な地図があったり、椅子とテーブルがあるので商人の会合スペースになっているので、そこかしこから売買に関する情報が聞こえる。


 申し訳ないが、聞き耳を立てさせてもらおう。


「プレアデス光国はもうダメだ。仕入先としてゴミだよゴミ。質は悪い、数は少ない、無駄に高いの三拍子だ。君らも気を付けろよ」


「本当ですか!? これから魔晶石を仕入れようと思ってたのに......くぅ!」


「ダンジョンのお陰で数は採れるだろうけど、売る気が無いような値段だからな。買うならシェルタン帝国かテティス海神国だな」


「テティス海神国ですか......アリですね」


「もっと魔晶石を仕入れたいなら、時間はかかるが安く仕入れる国がある。知りたいか?」


「知りたいです!」


 私も知りたい。魔晶石よりも国が気になる!

 文明が一新してから世界情勢とかあんまり知らないし、興味を持った段階で頭に入れておきたい!



「獣人国家オルクス。質と数は最高峰だぞ」


「オルクス? あの国ってそんなに魔晶石採れましたっけ? 僕の記憶だと、貴金属に秀でてる印象なのですが......」


「まぁな。この半年で新しくダ──」



「十五番の方、準備が出来ました」


「あぁもう、タイミング悪いなぁ」



 これから面白くなるというのに、番号を呼ばれてしまった。オルクスなんて名前、聞いたことが無いから気になってたのに。


 受付で番号をを渡し、案内された部屋に入ると恰幅のいい中年男性がソファに座っていた。



「ダリオだ」


「初めまして、ネーシスです。本日はどうも」



 感じ悪いな、この人。 ニヤついた顔も、妙に脂ぎった皮膚も、言葉にしにくい気持ち悪さがある。

 私もソファに座り、ポーチから取り出した大瓶を机に置いた瞬間、ダリオの目は私とポーションを何度も往復した。


「これは......何なのだ?」


「こちらはポーションの原液です。三倍量の水で薄めることで、市販の治癒ポーションと同じ効果になります」


「げ、原液だと!? それに三倍ぃ!?」


「商人ならこの価値が分かりますよねぇ? 幾ら出します?」


 メティちゃんの所で売ってるポーションは、基本的に銀貨三枚。私の物は三倍濃縮だから三倍から四倍の値段になるのが妥当だが、大量に持ち運べるという点において、商人に対する価値は爆発的に上がる。


 さぁ、幾ら出す? 私は高いよ?



「金貨二十枚だ!」


「......え?」



 ちょっと待ってほしい。金貨二十枚って......金貨二十枚って、馬車の半分くらいの価値だぞぉい!?


「足りないか?」


「ううん、売った!  おまけに小瓶詰めの原液も付けとくね!」


「なんと! 感謝致します!」


 商談成立してギンくんの所に帰り、ふと思った。

 原液売りのポーションは儲かるけど、市場を破壊しかねないのでは? と。



「よし、原液売りはや〜めよ。メティちゃんに悪いし」

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