第21話 お薬作るよ魔女だもん

「ちがーう! どうして毒薬は完璧に作れるくせに、治癒のポーションだけは絶対に失敗するのだ!」


「あはは、魔女っ子アピールってやつ?」


「ガキが......舐めてると潰すぞ」


「私より小さい子に言われても。でも本当に苦手なんですよ、治癒のポーション作製。逆に才能を感じますよね」



 朝からギャーギャー騒がしいのは、現在大注目の薬屋、その作業スペースである。そこで私はメティちゃんに習って治癒のポーションを作っている。

 の、だが......何回やっても失敗する。

 分量と手順を守ってると言うのに、何故か毎回微毒のポーションとなる。


 次第にため息が増える私に、メティちゃんが真剣な表情で口を開いた。


「治癒は汎用性が高く、安価で売れやすい。その反面、限定された効果の薬品は高価で売れにくい」


「うぐぅ、その通りですけども」


「では、ニッチなポーションがある店と、治癒のポーションしか売っていない店。どちらが利益を出せる?」


「それは前者でしょう。バラエティに富むことで、買わなくても『この店はこんな効果の薬がある』と話題のタネになるので」


「そう。宣伝にも、果ては集客力にもなる」


 まさかメティちゃん、私の作る微毒薬を?

 舌がピリピリする程度だから、致死量に届くのは多量のはず。香辛料のような使い方ができる可能性もあるし、未知の領域だね。

 でも、些か危ない綱渡りだと思う。

 曲がりなりにも毒を売るということは、死を運ぶも同義。

 ウチの薬品で事件が起きたら、私たちも裁かれる。


「売るんですか? これ」


「なわけあるかー!! この毒は解毒薬に対する試薬になる。無毒化できれば、その解毒薬を売る。分かったな?」


「はぁい」


 やる気のない返事をした私は、せっせと微毒薬を作った。先に毒を用意しなければ、その薬に解毒効果があるのか分からないのもまた事実。

 作用を見る試験体が手に入ったと考えたメティちゃんは、本当に錬金術師としての才がある。


 いつか、身長を伸ばす薬とか開発しそうだけど。


「毒、麻痺、昏睡、火傷、凍傷、鎮痛......どれも並の錬金術師が作れぬというのに、どうしてお前は......」


「でも見てください! 治癒は毒なんです!」


「だからおかしいんだ。一体なぜ──あ!」


 私が作り上げた毒薬の数々を前に、エメラルドグリーンの微毒薬に水を注ぎ始めたメティちゃん。

 火にかけずに薄めることで、薬液は次第に薄い水色へと変化した。


 そして小さなコップに注ぎ、グビっと一口。


「......治癒のポーションだ」


「どういうことですか? 毒は?」


「薄めたら消えた。というよりは、このポーションは濃度が高すぎたのが毒化した原因だろう。ネーシス、手順を洗え」


 机の上に広げていた治癒のポーションのレシピを手に、もう一度不手際が無いかチェックする。


 一、ヒポテス草を薬研で砕き、水に浸ける。

 二、出涸らしを取り除き、抽出した成分を煮詰める。

 三、ほんのり薄い水色になったら、魔力を注ぐ。

 四、瓶に適量注ぎ、コルクで蓋をして完成。

 出涸らしは乾燥させてすり潰すことで、滋養強壮効果のある茶葉になる。また、魔力を注ぐ際は魔力量に注意すること。


 どこを見ても、私の手順に問題は無い。

 だけどメティちゃんが指をさしたのは、“三の下”にある文章だった。



「ここ。ネーシスは魔力が強いから、治癒の効果が過剰になり、毒となった。何事もやり過ぎはダメということだな」


「とほほ......でも、一度に作れる量が増えるので、大量生産ができますね!」


「うむ。しかし四級魔法使いというのは、それほどまでに魔力が強いのか? 以前何度か会ったことがあるが、お前ほど素っ頓狂でもなければ、強くもなかった」


「一言、いや二言余計じゃない?」


 魔力が強い原因なんて魔眼しかないだろう。

 試しに右目を閉じて製薬してみるが、結果は変わらなかった。

 多分、私の魔力自体が強すぎるのかな?

 その後も色々と試してみるが、濃度に変化は無かった。


「薄めるしかないみたいですね」


「だな。よし、次は瓶の作り方を教えてやる」


 メティちゃんの中で一区切りがついたのか、次はポーションを入れるための薬瓶講座が始まった。

 私が頷いてもいないのにテキパキと準備をするので、完全に断るタイミングを見失った。


「作り方と言っても、土魔法で型と石英を作るだけだ」


「え、たったそれだけですか?」


「それだけだ。だが考えてみろ。握りやすい形に整え、軽量化のために薄くし、ぶつかっても壊れない耐久性を追求する。商売という面において、薬瓶作りは奥が深いぞ?」


 買う相手を考えてこその売り方だもんね。

 入れ物だからと適当に作れば、例えどんなに効果が良くても使いやすさを重視するため、売れなくなる。

 ポーションを使うということは、血を流しているということ。

 一分一秒を争うときに、手から落ちる瓶は要らない。


「得心しました。初めてメティちゃんを心の底から尊敬します」


「一言余計だぞっ! もう!」


 う〜ん、瓶にこだわるなら、男性用と女性用の二つの型が欲しいよね。ただサイズの大小で見るのではなく、骨格から考えて作らないと。

 そう考えると本当に奥が深い。

 しっかり研究するなら専用の場所が欲しい。



「──決めた、私、独立します!」


「......は?」


「メティちゃんのお店を宣伝しつつ、使いやすいポーションを研究しながら販売します!」


「......本気、なのか?」


「本気です。マジです。マ、です!」



 長く働くことも良いけど、宿暮らしの私には少々負担が大きい。

 ならば行商人として世界を旅しながら研究した方が、お財布にも精神的にもよろしい。せっかくのお出かけなんだから、色んな景色を見ないと。


 それと......しばらくは大切な人を作りたくない。


「そうか......ネーシスも行ってしまうのか」


「寂しいですか?」


「なっ! さ、寂しくなどない! むしろ早く出て行けとも思っていたわ!」


「そうですか。では明日にでも出る準備をするので、今日付けで退職させてください」


「え? いや、その、今のは......その」


 分かってる。勢いで言っちゃったんだよね。

 でもそれでいいんだ。軽く言ってくれた方が、私は助かる。


「退職はしても、準備が出来るまではタダ働きします。なので、そこでキッチリ今後を決めましょう」


 メティちゃんに後悔させたくない。

 辞めるにしても色々と話し合いをしてからにしよう。

 『思い立ったが即行動』を意識してる私は、今日のうちに馬車を見に行くことにした。


 木工職人を経由して様々な馬車が売られている店に来ると、面白い機能の馬車があった。



「バネで衝撃を吸収する......面白い」


「お嬢さん、よく知ってるね。これはサスペンションという懸架装置だ。値段は張るが、購入者は口を揃えてこう言ったよ。“お値段以上”とね」


「それ、ダメなヤツでは?」


「さぁな。ただ、買うなら勧めるぞ。だが重量も少しあるから、馬によってはすぐにバテる」


「そっか、馬も必要か」


 普通の馬だと飼料でお金が嵩むし、休憩させる時間も必要だよね。

 .....そうだ! 剣晶狼に引いてもらおうかな?

 体力も段違いだし、他の魔物も寄ってこない。

 牽引するには持ってこいじゃない?



「よし、この馬車買います!」


「おいおい、即決かい? 金貨五十枚もするが......」



 困惑する店長さんに、金貨が入った皮袋を渡した。

 一級魔法使いにもなれば、数度指名依頼を達成するとこの金額が稼げる。

 お金に困らないから、失敗を恐れる必要が無い。

 思い切って買っちゃおう!


 買った馬車のチェックをしながら、乗り心地を確かめる。

 御者台は私が寝転がれるほど幅が広く、後ろは屋根のある箱馬車。床材は綺麗に削られていて、ささくれ一つ無い。

 良い買い物をした。これからの相棒だね!


「一節──【開け】」


 メンテナンスのやり方を書き留めた私は、馬車をポーチに入れ......たら違和感があるので、直接空間魔法に収納した。


「こりゃ驚いた......馬車が消えちまった」


「今日はありがとうございました。では!」


「......行っちまった」



 馬車選びに時間をかけたせいで、すっかり日が暮れていた。

 温暖なヴィクトリアの夜は少し蒸し暑い。

 宿に帰る前に、何か冷たい飲み物でも飲もうかな。


「いらっしゃいませ。カウンターへどうぞ」


 久しぶりにバーに入ると、マスターと目が合った。

 軽く会釈をして席に座り、オススメを頼む。

 綺麗なグラスに注がれた真っ赤なお酒を口に含むと、甘酸っぱいフルーツの味の奥に、仄かなアルコールを感じた。


「珍しいな、ネーシス」


「ん〜? あ、ランドさん。久しぶりですね」


 声を掛けてきたのは、七級狩人のランドさん。

 十級以下の新米狩人の指南役として慕われているこの人がバーに居るなんて、何かあったのかな。


「実は今日、十二級が二人行かれちまってな」


「あらら、残念で......十二級が?」


「そうなんだよ。薬草採取の依頼中、オークが出てな。報告を受けて俺が行った時にはもう......」


 そりゃあ酒にも走りたくなる。

 これから巣立つ雛を狩られたとなれば、怒りや悲しみより先に、先輩として守れなかった自責の心に潰される。

 ランドさんは優しいから、その思いが強い。


「本当に中級以上の狩人が居ませんよね」


「あぁ。み〜んなプレアデス光国に行ったからな。故郷や国を捨てて、金稼ぎに走りやがった。知ってっか? あの国の素材買取価格、ウチの倍だぞ」


「えぇ......よく回るなぁ」


「ダンジョンで出た物を高く売ってるからな。商人ギルドも困惑してるし、色んな地域で魔物の被害が増えてる。俺はただ、悔しいよ」


 同じハンターズギルドでもそこまでの差を出したら顰蹙を買わないのだろうか?

 きな臭いけど、突っ込まない方が良さそう。

 私はあくまでも魔女であって、人々を助ける救済者ではない。

 始まる文明があれば、終わる文明がある。


「ところで、ネーシスは何かあったのか?」


「メティちゃんのお店、辞めました」


「そりゃまたなんで?」


「行商人になりたいな〜って。ずっとヴィクトリアに居たら、また私は大切な人を失う。だったらいっその事、この国から出ちゃおうと思いまして」


 百年もすれば人は死ぬ。

 私の中の百年は短いものだけど、他の人は違う。

 人生七十年も無い時の中で、百年は膨大な時間だ。

 私という永遠の存在にとっては時間に対する重みが違う。それこそ、天秤に載せた鉄と綿のように。


 故に私は、鉄を軽くしないように出て行く。

 願わくば、大切な人にとって私と過ごした時間が、良いものだったと思われるように。


「そうか。まぁなんだ、頑張れよ」


「ありがとうございます。マスター、お会計お願いします」


 お酒を飲んだせいか、温まった気がする。

 もうノアはこの世にいない。だから私は、いつまでも彼女の温もりを奪うように、ヴィクトリアに居ない方が良い。


 これは別れだ。

 旅立つ時はあの日のように、ノアの前で笑顔で去るよ。

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