第20話 おはようござい魔女
軽く帝都でお買い物をしてからヴィクトリアに帰ってきた。上空から見下ろす街並みは美しく、かつてのリアリスの面影はないが、親友が遺した愛が人々を活気に満ち溢れさせている。
薬屋の近くで降りようと思ってると、案の定と言うべきか、メティちゃんが外をウロウロしていた。
「ネーシス......どこなのだ......」
「ここですよ、メティちゃん」
「うぴっ!」
後ろから声をかけたら固まっちゃった。
こちらに振り向く前、プルプルと震えたメティちゃんはゆっくりと、それはもう亀のようにゆっくりと振り返り、真っ赤なお顔を見せてくれた。
そして彼女の姿に違和感を抱く。
あぁ......今ので漏らしたな、この女。
杖をかざして魔法で綺麗にしてあげると、無言で抱きついてくるメティちゃん。
この人を見てると、年齢という概念を忘れそうになる。
「ただいま戻りました。心配、かけちゃいましたね」
「うん......もう帰ってこないと思ってた」
「我慢して捜してたくらいですもんね〜」
「ひ、引っぱたくぞ? いいよな?」
よくないので頭を撫でて鎮めた。
店に戻る頃にはメティちゃんの調子も戻り、営業再開した。いつも通り私がカウンターで来店を待ち、裏でメティちゃんが調合する。
あんなことがあった後だけど、のどかな空気だ。
ビーカーでカフェオレを作って飲んでいると、ドアが勢いよく開けられた。
入ってきた男性は、息を切らしながら私に懇願した、
「頼む! 助けてくれ!」
「衛兵さんなら西の役所に居ますよ」
「そうじゃねぇんだ! 外の森に、ヘルゼブルが現れたんだ! アンタ、狩人だろ!? 倒してくれ!」
「ヘルゼブルですか......あ」
街の狩人が減ると大変だな、なんて思っていると、男性の後ろ、店のすぐ外に巨大な蝿の魔物がこちらを睨んでいた。
男性は振り返ると、腰を抜かして私の方へ這って来た。
「おじさん目当てみたいですね。となると......緑色の魔晶石を拾いませんでしたか?」
「え、えぁ? これか!?」
「それです。ヘルゼビュートって魔晶石の中でも風の魔晶石を好んで食べるので、好物を盗られた恨みで追いかけてきたんでしょうね」
私はおじさんから魔晶石を受け取ると、店の外に出た。
私から奪うでもなく、ただじっとこちらを見るヘルゼビュート。彼の気持ちは分からないが、きっと恐怖していることだろう。
私の左目。魔眼から溢れる魔力を見て、生物としての格の差を実感しているはずだ。
「はい、どうぞ。次は盗まれないよう、森の奥に縄張りを張りなさい。ほら行った行った」
ノコギリ状の口に魔晶石を突っ込んでやった。
人を襲うことなく森へ飛び去って行くヘルゼビュートの姿を見て、物陰から様子を見ていた住民たちが歓声を上げて称えてくれた。
でもね、おじさんが魔晶石を盗んだのが悪いからね。
「いいですか? 森に落ちてる魔晶石は基本触れないこと。本来洞窟にしかない物なんですから、警戒してくださいね」
「は、はい......ありがとう。助かった」
「分かればよろしい。さ、ポーションが欲しい方はこちらへ! 色んな効能を持つポーションを安く売ってますよ〜!」
続々と集まってきた兵士や騎士を他所に、ウチの宣伝をする。これだけ沢山の人が見ているのだから、その集客力は尋常ではなかった。
私が店に戻って数分、久しぶりにお客さんの足が絶えない状態になり、業務が終わる頃にはメティちゃんも疲れていた。
看板を裏返して鍵を閉め、今は裏の部屋で休憩している。
「朝は鼻をぶつけるし、昼は魔物が来るし、今日は何だったんだ?」
「魔物が活性化しているみたいですよ」
「へ〜、原因はあるのか?」
「あります。『蒼い月蝕』はご存知ですか?」
「知らん。おしぇ〜て」
お菓子をポリポリ食べながら聞くメティちゃんのために、私はポーチから自立型の黒板とチョークを取り出した。
太陽と月を描いた私は、二つを矢印で繋げる。
「月蝕とはそもそも、半年に一回の感覚で起きます」
「そうなのか。知らなかった」
「で、蒼い月蝕と言うのは──」
青のチョークで月を塗り、ピンクのチョークと混ぜて青紫色の月光を描く。下に居る魔物に降り注ぐように線を伸ばし、解説する。
「太陽の持つ生命エネルギーを月が完全に吸収し、反転させ、魔力として降り注ぎます。夜に魔物が活性化することは常識ですが、あれは月光に含まれる魔力によるもの」
「つまり、その蒼い月蝕とやらは、夜の中の夜ということか」
「その通り。しかし、蒼い月蝕の周期は五十年に一度あるか無いかです。前回は三百年前ですので、久しぶりですね」
「三百年......魔物による被害はどんな感じなのだ?」
「街一つ滅ぶくらいですかね。十級のゴブリンでさえ七級相当に跳ね上がるので」
「大変じゃないか! ど、どうすれば......!」
まぁまぁ、そう焦らないの、メティちゃん。
この国は五百年以上の歴史を持つんだから、蒼い月蝕は経験しているはずだよ。それでも滅んでいないってことは、ヴィクトリアが魔物に強いことを証明してるじゃないか。
私は黒板に狼の絵を描き、額に剣をぶっ刺した。
「この国にはセムくんが居るので安心です。ね?」
『はい。前回同様、殲滅する次第です』
「け、剣晶狼セム......初めて見た」
突然現れたセムくんに目を丸くするメティちゃん。
ノアに渡したときに眷族としての主を譲渡したんだけど、あの子が眠ってからは私に帰属した。
そう言えばと思って呼び出したけど、特に問題なく呼べるみたい。
『ネーシス様。この絵は私......なんですよね?』
「剣の向きが逆なこと以外は、セムくんだね」
『これだと脳天を貫かれる狼です。早く訂正を』
「んも〜、細かいなぁ。ノアの手紙でもこう描いてあったのに」
『ノア様もネーシス様も、おっちょこちょいなところが似ていますので、仕方ありません』
「今『仕方ない』って言ったね!? はい直しませ〜ん! べろべろば〜」
いてっ。いてて! 痛い痛い! 剣先で胸をチクチクしないで! 萎んじゃう、萎んじゃうからぁ!
私の美ボディが微ボディに変わらないうちに、撫でて鎮める。なんだかメティちゃんに通ずる何かを感じるけど、気のせいかな。
「気になってたんだが、二人は知り合いなのか?」
『うむ。私はノアの従魔だったが、その前と後はネーシス様の従魔である。出会いは五百年以上前に遡るぞ』
「ん。群れで居たところを力でねじ伏せたよね」
『あの時は死ぬかと思いました』
そうか、もう五百年も前なのか。
魔界と人間界の間にある時間軸が乱れているせいで、私はたった数週間で五百年も飛ばしてしまった。
殆どの期間をヴィクトリアで過ごしたセムくんにとって、文明の崩壊と構築はどんな風に感じたのだろう。
蒼い月蝕の予兆もあるし、今期は荒れそうだ。
「ネーシスは五百歳なのか?」
「さぁ? 歳なんて数えたこと無いです。ただ、ヴィクトリアが出来る前も、その前も、更に前。この土地で何があったかは知ってます」
「どういうことだ? エルフなのか?」
「エルフは三千年ぐらい前に絶滅しましたよ。あ、三千五百年前か。ちなみに私は人間です。魔女だけど」
ローブと帽子を被って見せれば、正真正銘魔女である。あとは「イーヒッヒ」と笑いながら大鍋をかき混ぜたら、全世界共通認識の魔女になるかな?
人間だけど人間の枠には当てはまらない。
それが魔女であり、私。
「つまり、う〜ん。どういうことだ?」
「可愛くてかっこいいネーシスお姉ちゃんってこと」
「そうなのか! ん?」
「お疲れ様でした〜、また明日!」
反論される前に店を出た私は、セムくんを王城へ送り、お世話になっている宿の一室で横になった。
こうしていると、あの時を思い出す。
楽しかった親友との生活を。
どこか寂しい気持ちを抱えた私は、洗身魔法を使うのも忘れ、眠ってしまった。
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