第19話 つよつよな魔女

「念の為に来たが......なんじゃこりゃ」


 プレアデス光国から依頼としてチャンドラ侯爵領に訪れた五級狩人パーティ『紅月あかつきの花』は、あまりの凄惨な光景に足を止めた。

 街の原形は跡形もなく、所々に見える焦げた肉片はオークかどうかも分からない。


 炭化した門を潜り、調査を開始すること数分。



「あの〜! 大丈夫ですか〜?」



 空から一人の魔法使いが、杖に腰をかけたまま飛んできた。まるで御伽噺『ノアと銀魔女』に登場する魔女のようだったと、後に狩人は語る。


「あ、あぁ。今来たところだからな」


「それなら良かったです。もう少し早ければ、皆さんもコレになってましたからね」


 彼女は足元から引っ張り出した黒焦げの肉片を見せると、紅月の花の面々は戦慄するとともに警戒した。


「あ、ネーシスです。依頼を受けてチャンドラに来ました」


「『紅月の花』リーダーのバルガだ。五級だ」


「ジルバード。斥候」


「リオンだよー! よろしくね!」


「ファルシアです。五級魔法使いです」


 軽い自己紹介の後、調査メンバーに加わるネーシス。

 胸に着けた紋章は銀の狩人階級を表している。

 頼れる仲間が増えたと喜んでいるリオンが小躍りをしていると、豊満ボディのファルシアにぶつかった。


 微笑ましい光景と周囲の景色がミスマッチだが、ネーシスはそれもまたアリ、と楽しんでいた。


 しかし楽しいのも束の間、重い生き物が大地を踏みしめる音が聞こえると、直ぐに戦闘態勢がとられた。


「オーク......コイツらがチャンドラを」


「ソ、ソウデスネ。倒しましょう!」


「これぐらいならリオン一人でも余裕だよ!」


 自信満々に言い張る小柄なリオンが先陣を切る。

 短剣を逆手に構え、ネズミの如くすばしっこい動きでオークを翻弄すると、首を深く切り裂いた。


 まだ完全に死んでいないオークを背に、リオンは帰ってきた。



「まだ死んで......おぉ!」



 数秒の後に倒れたオークは、息の根が止まっていた。

 リオンが振り払ったナイフから青い粘液が地面に飛び散り、強力な毒が使われていたことが分かる。


「えっへへ! どうよ!」


「とても鮮やかでした! 毒の注入箇所も完璧です!」


「でしょー? もっと褒めるがよい〜」


「こらリオン。ネーシスさんは三級だぞ?」


「ご、ごめんなさい!」


「階級なんて興味無いので、もっと褒めますよ」


 バルガに咎められたリオンだったが、そんなことをお構い無しにネーシスは撫でた。

 しばらくして調査を終え、プレアデス光国に帰る途中、辺りが異様な雰囲気に包まれた。紅月の花が厳戒態勢の中、ただ一人、ルンルン気分の魔女が居た。


 立っているのもやっとな威圧感の中、魔女の前に一体の巨大なオークキングが現れた。



『オマエ......ツヨイ』


「うぉう! 喋るオークとか久しぶりだな〜」


『コロ、ス......ウマイッ!』



 千里眼で見たオークより更に綺麗な白銀の鎧を着たオークキングは、大木と見紛う鉄塊剣を振り下ろす。

 足が動かない紅月の花の面々は、一撃でネーシスが殺されたと思ったが......額を穿つ直前、爆発的な衝撃波が発生して弾いていた。


 彼女の前で剣を構えるのは、細く見える体に鋼の筋肉を付けた、絵に描かれたように整った顔の男。



「姉ちゃん、呼ぶならもっと早く呼んでくれ」


「ごめんごめん、ありがとね、レオ」



 彼の整えられた金髪が光を放つと、オークキングの威圧を相殺し、穏やかな空気が流れた。

 これはレオの使う魔法、『闘気魔法』だ。

 殺気や瘴気を祓い、戦う者を鼓舞する精神作用系の効果を持ち、集団戦で無類の強さを発揮する。


「俺が殺ってもいいのか?」


「いいよ。帰ったらアリエスによろしくね」


 レオは地面に剣を刺すと、光が溢れた。

 獅子王たる力を放ち、音も無く振られた剣は黄金に輝いていた。一呼吸の後、バラバラに砕けたオークキングを確認したレオはネーシスに跪き、左手の甲にキスをしてから消え去った。


 ネーシスは皆の方を振り向くと、「しーっ」とレオを呼び出せることを秘密にした。


「あ、あれって本物のレオ......だよな?」


「間違いない。あの力は本物」


「カッコよかった......!」


「圧巻の強さでしたね。それより、ネーシスさんのことを『姉ちゃん』と......」


 誤魔化しが効かないと悟ったネーシスは、頭を抱えて悩むのだった。



◆ ◆ ◆



 どうしたものか。楽をしたいがためにレオを呼んだけど、ウチの子が有名人であることを失念していた。

 尊敬を表すキスも見られたし、本当にどうしたものか。


「さて、私は帝都で手続きがあるのでこれで。リオンちゃん、またね!」


「う、うん! またね!」


 私は皆を信じて飛び去った。

 私自身の強さは見せていないし、もし言いふらされても見間違いと言って切り抜けよう。

 先読み能力の無さにため息が出ちゃうね。


 地図で確認した帝都上空に来ると、黒煙が上がっていた。


「なになに〜? また事件が......マズイ」


 親玉のオークキングは討伐したけど、帝都に進んだオークが内部で暴れ回っている。狩人や騎士が応戦するものの、兵の数が少ない。


 これがプレアデス光国の集客力。恐ろしい。

 胸に一級魔法使いの紋章を付け、空から声をかける。



「皆さん離れてください! 私がやります!」



 風に声を乗せて届けると、凄まじい勢いで後退する戦闘員たち。血と煙で咳き込みそうになりながら、私は詠唱する。



「──魔女が命ずる。災禍を司る手は善を払い、悪を撫ぜる。転じ、悪を払い、善を撫ぜよ。差し伸べたるは女神の施し。与えたるは聖なる力」



 私が使ったのは、階級魔法の上位に位置する魔法体系、【神域魔法】というもの。

 一級魔法より少ない魔力で高い威力を誇る詠唱、『厄災ノ謳』により、雲から真っ赤な手が降りてきた。


 手をかざされた帝都は炎が消え、降り注ぐ深紅の槍がオークを貫く。

 本来は逆の効果を持つ最悪の魔法だけど、効果を引っくり返せば最良の魔法となる。


 魔女を相手に厄災など、人々を助ける慈悲に変わる。



「──ふぅ。これでよし」


「本物の一級魔法使いだ! スゲェ!!!」



 民の元に降りると、歓声や尊敬の眼差しを浴びた。

 いつまで経ってもこの感覚は慣れないもので、顔がにやけて恥ずかしい。


 依頼主へ報告に行く途中、着いてきてくれたギルド職員に街の状況とチャンドラ侯爵領の様子を伝えていると、荘厳な馬車が私の前で止まった。


 窓からひょっこり顔を出したのは、ルビーの様な真っ赤な髪が特徴的な、ドレス姿の少女だった。


「あ、あなたがネーシスよね! 今行くわ!」


「わぁお快活ぅ! あれが?」


「はい。依頼主のグリーゼ・アル・シェルタン様でございます」


 馬車から降りてきたグリーゼ皇女は、明朗快活の権化と呼べる明るさだった。

 ピンと伸びた背筋、十七歳にしては大きな胸、上がった口角は可憐であり、優雅だ。

 素晴らしい肉付きなのに色気を感じないのは、やはり全身から溢れる無邪気な元気のせいだろう。


 う〜ん、にしても可愛い。私が男の子なら一目惚れしてたかもしれない。



「初めまして。グリーゼ・アル・シェルタンよ。グリーゼと読んで。チャンドラの依頼だけでなく、この帝都も救ってくれたこと、国を代表して感謝するわ」


「初めまして、ネーシスです。帝都はついでだったので、お気になさらず。それよりチャンドラ侯爵領なのですが、壊滅しました。私が来た時にはもう、瓦礫の山に......」



 嘘は言っていない。

 断じて、嘘は言っていない。

 赤雷の加減を間違えて完全に破壊したのは私だけど、残った住民はオークに殺されてたもん。

 

 い、言い訳じゃないからね!


「今からチャンドラの様子を見てこようと思うのだけれど、ネーシスも来るかしら?」


「有難い申し出ですけど、ちょっと今は」


「何か用事があるのかしら?」


「......働いてる薬屋を無断で抜け出して来たので、早く帰らないと」


 メティちゃんはもう目を覚ましているだろうし、置き手紙を用意しなかった私が悪い。

 今頃心配してるよね。わがままな性格だけど、かなり面倒見の良い人だし、店の外をウロウロしながら私を捜してるはず。


「そこの職員、ちょっといい? 一級魔法使いというのは働く必要があるの?」


「いえ、私の感覚ですと、一度依頼を完了するだけで半年は暮らしていけます。そしてネーシス様の達成量からして、余程のことが無い限り、有り得ないかと」


「そうよね。どうして働いているのかしら?」


「社会勉強です。商人としての生き方を学んだり、街の人々と接することは良い刺激になりますので」


 お金は正直、もういらない。あって困るものじゃないから貯金してるけど、街へ寄付しているのでそこまで多くない。


 いつか商人として新たに旅をしたいけど、今は準備期間だ。



「では、失礼します。またどこかで」



 怒ってるかな〜、メティちゃん。

 お土産でも買って帰ろうか。

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