荒波凪ぐもの魔女の足

第18話 アルバイター魔女

「材料買ってきました〜!」


「おっそ〜〜い!!! 何やってたの!」


「すみません、ナンパされちゃって......えへっ」


 ヴィクトリア王国の王都中心部に店を構える薬屋にて、小さな女の子の怒号が飛び交った。

 理由は単純、薬草の買い出しに二時間かかったことだ。

 ナンパされたからと言い訳をしたものの、実際は王子に挨拶をしていた。


 店の奥からプンスカと怒っている少女──否、ロリババアのメティは、私の持ってきた薬草を受け取ると直ぐに薬研ですり潰し始めた。

 ここは魔物の出る世界だ。

 傷が絶えない狩人のために、薬屋はポーションを作ることで生計を立てている。


「ねぇ、ネーシス。ねぇってば!」


 薬液を瓶に注いでいたところ、背中をつつかれた。


「は〜い何ですか〜?」


「この文字読めない。古代文字嫌い」


「それ、紙が逆です。プッ」


「さ、最後に笑うなんて一番酷いんだぞ! メティ怒った! 減給してやるぅ!」


 まぁ大変。お給料が減ったら生きていけないわっ!

 ......なんてことはないので、幾ら減らされても構わない。

 正直、一級魔法使いだと寝ててもお金が入ってくる。

 このアルバイトだって、社会経験の一つだもん。


 なんてことを思っていると、ドアベルが鳴った。


「いらっしゃいませ。何をお探しですか?」


「......マリモ、オオサン、ショウウオ」


 うわ、厄介な客が来た! フードを深く被っているのでただの魔法使いかと思ったけど、ただの面倒な人だった。


 こういうときはマニュアル通りの対応を、ね?


「謎の暗号を言われても分かりません。解毒薬ならこちらですよ〜」


「助かる、パステル」


「銀貨三枚です。はい、確かに。お大事に〜」


「また来る、カクテル」


 ふぅ、何とか巻き込まれずに済んで良かった。

 たまに変なお客さんがくるけど、これもまた接客のスパイスだよね。


 本心としては、変な客は来ないことが一番だけど。


「ネーシスぅ! 手伝ってくれぇ!」


「はいは〜い。メティちゃんは忙しいね〜」


「メティちゃん言うな! お前より歳上だぞっ!」


「そうだね〜。あ、あの道具ですか」


 メティちゃんは二十五歳だ。歳の概念が無い私には歳上の意味とかが分かんないけど、メティちゃんがマウントを取りたいことは分かる。

 指をさされた高い位置にある道具を取ってあげると、満面の笑みで作業に戻るメティちゃん。

 ゴリゴリと潰しては水に入れて抽出し、出涸らしを乾燥棚に置いたら火の加減を調整したりするので、彼女の作業台は道具でいっぱいだ。


 沸かし器の周りを掃除してあげていると、ピタッとメティちゃんの手が止まった。


「そうだ、ポーションの作り方を教えてやろう」


「え〜」


「つべこべ言うな! 自分の怪我が治せなくて何が狩人だ!」


「いや、治せるから『え〜』って言ったんですけど」


「ムキー! これだから四級魔法使いはぁぁ!!」


 そういえば、私の胸には銅の紋章が二つある。

 片方は魔法使いの階級で、もう片方は狩人の階級だ。

 一級魔法使いの紋章もあるんだけど、そっちは依頼で呼ばれた時しか付けていない。

 市井でバレると面倒なことになるからね。



「はぁ......どうしたものか」


「どうしたんですか?」



 珍しい。落ち着いたかと思ったら、ため息を吐いていた。

 普段は快活な少女だけあって、何か溜め込んでいるのだろうか。


「二級錬金術師になる為に『龍の丸薬』という薬を作るのだが、素材が足りん。石龍の胆嚢がな」


「せきりゅう? 変なドラゴンが居たものですね」


 聞いた事のない魔物だ。私が魔界に篭っている間に生まれたのかな?

 魔導具の素材になるかもしれないし、倒してみたいな。

 休みの日にでも行ってこよ〜っと。


「石龍はプレアデス光国の迷宮主。ネーシスでも良くて苦戦、悪くて即死する。三級以上の狩人に頼むしかないわ......はぁ」


 三級ですと!?

 私のポーチに入ってる狩人の紋章は銀色。つまり三級。これは......!

 いや、やめておこう。メティちゃんに狩人階級まで知られると、面倒な素材集めも任されそうだし。

 後でこっそり依頼の貼り紙を貰おう。くへへっ!


「気持ち悪い笑みを浮かべるな!」


「あはは、ごめんなさい。それよりプレアデス光国って何ですか?」


「知らないのか? ヴィクトリアからずっと北にある国だ。百年前に召喚された勇者が作った王政の、な。ココより魔物の襲来が多いせいで、四級以上の狩人はみ〜〜んなプレアデスに行きよった」


「そっか、稼ぎ放題ですもんね......」


「うむ。ネーシスは......行かないよな?」


 うぐっ!? こんな時だけ幼女の上目遣いを使うなんて卑怯だぞ! 危うくそのまま「行きません」って言うところだった。

 でも、メティちゃんの言いたいことは分かる。狩人が一国に集中すれば、他国は魔物による被害が増え、そのタイミングを狙って戦争が始まる可能性がある。


 眷族に間引きを頼んでも、環境を考慮した力加減では間に合わないし......う〜ん。


 返事をせずに唸っていると、店の前に止まった馬車から大勢の騎士が入口前で隊列を組み始めた。

 何事かと焦るメティちゃんが外に出る直前、ドアが勢いよく開かれた。


「ぴぎゃっ!」


「ネーシス様! 他国より貴女に指名依頼が......て、店主殿! 失礼しました!」


 ドアで思いっきり鼻をぶつけられたメティちゃんが、鼻血を出しながら目を回している。


「根源たる光よ、彼の者を癒し、安らぎを与えよ」


 止血と治癒、そして睡眠の複合魔法を掛けると、店の奥にあるベッドに寝かせた。

 ポーチからローブを取り出して一級魔法使いの紋章を付けてから、再度騎士たちの話を聞く。


「依頼内容と、依頼主はどちらでしょう?」


「はっ。依頼者様はグリーゼ・アル・シェルタン皇女様です。内容は......馬車でお願いします」


「やんごとなき事情ですか。分かりました」


 ドアに掛けられた『オープン』の看板を引っくり返し、外から施錠の魔法を掛けてから馬車に乗り込んだ。

 近隣住民や旅人が注目する中、カラカラと進み出す。

 同乗者の魔法使いが防音の風魔法をかけると、騎士は依頼内容について語り出した。


「シェルタン帝国のチャンドラ侯爵領がオークの襲撃で陥落しました。内容はお察しの通りかと」


「オークに? オークって、あのオーク?」


「あのオークです。単体で七級相当の」


 あの豚巨人に街が落とされるって、一体全体何があったんだか。

 お察しの通りということは殲滅依頼であり、三人居る一級魔法使いの私に頼むってことは......どういうこと?


 私って一応、一級魔法使いでは最弱扱いされてるんだけどね。


「他の二人には出したのかな?」


「......あの方々は気まぐれですので」


「あ〜はいはい、分かりました。ところでシェルタン帝国はどこですか? 地図があれば今すぐ向かいます」


「こちらに」


 広げられた地図はかなり荒い物だったけど、空間座標の特定には十分だった。位置としては例のプレアデス光国の東にあり、シェルタン帝国が落ちたらこの国も危ないだろう。


 あんまりやりたくないけど......千里眼、使っちゃお。


 私は馬車の天井を見つめると、ポーチから取り出した指揮棒を左手の平に刺した。

 驚く二人に一瞥もくれず、眷族の権能を使う。



「サジタリア、眼を貸して」



 私の左眼が真っ赤に染まると、見える世界が一変する。

 空から見下ろすような視点......これは渡り鳥の目。

 鳥から鳥へ、視点を高速で移動させると、ものの数秒で黒煙の上がる街が見えた。

 街の外壁は門が破壊され、中は数百体のオークが占領している。

 本来、罪人に使う処刑台に住民の首が並べられており、生存者は見当たらない。

 どうやら手遅れらしい。


 処刑台の近くに居たオークは金属の鎧を身に纏い、地面に刺している剣は遠目で見ても分かるほど、業物だ。

 恐らくこれは......突然変異。

 魔物の進化の過程で高い知能を有し、他のオークを纏めあげたのだろう。



「確かにこれは大変ですね。国が滅んでもおかしくないかも」


「わ、分かるのですか!?」


「ここから間引くので、急がなくて結構です。というか止まってください」


 瞼を閉じると、いつもの視界に戻ってきた。

 杖を持って馬車を降りると、いつの間にか王都郊外の林道に出ていた。

 早馬を用意するなんて、本当に緊急事態なんだね。


 私は天に向かって杖を掲げ、詠唱する。


「其は円環の滞在者。魔素を五素に、五素を魔素に。渇望するは炎の根源。我が魔力を糧に、いかづちとなって踏み荒らせ!」


 二級魔法の詠唱を終えると、

 掲げた杖の先端に赤雷が落ち、チャンドラ侯爵領へ向けて振る。


 そして数秒後、私は滝のような冷や汗をかいた。


「............やっちゃった」


「どういうことですか?」



「えっとですね、その......チャンドラ侯爵領のですね、街が......消えちゃった」



 手応えで分かる。私、力を込めすぎた。

 再度千里眼で見てみると、全く同じ座標からの視点なのに、景色が全く違うものになっていた。



 地獄のような街は、瓦礫の山と化していた。

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