第25話 雇われた薬屋さん

「え〜、わたくしネーシス、ダンジョン調査を目的として、あの村長に雇われました。それも何故か、行商人として」


「......はぁ?」


 リブラさんや、言いたいことは分かるが「はぁ?」はやめなさい。ギャップでなんかこう、萌えるから。Sっ気な感じがちょっと刺さるから。


 事の顛末は、あのお爺さんが村長であることが分かり、そのタイミングを狙って報酬を出すからと調査を頼まれた。

 無論、法に触れたくはないのでダンジョンの戦利品は取らず、単純に奥に何があるのかを調査する。


「まぁまぁ、同行する狩人にポーションを買ってもらうし、宣伝も頼んだから。ね?」


「はあ......寄り道にしては大きく逸れましたね」


「フッ、これもまた人生さ」


「ですね。受けたものは楽しみましょう」


 なんだかんだ言って同行してくれる辺り、リブラの優しさが出てるよね。

 今回は後方でポーションを渡すだけなので、簡単な支援役として活躍できたらいいかな。もちろん、全滅しそうな相手が出たら私も戦うけど。


 獣人国家オルクスも気になるし、こんな所では死ねないのだよ。


 村長さんに渡された同行書を七人の狩人に見せ、私は自己紹介を始めた。



「ということで本日はよろしくお願いします」


「よろしく。常に危険が付きまとうから、絶対に離れるなよ。俺たちだって完璧じゃねぇ、守り切れるか分からん」


「大丈夫です。この子が居れば死ぬことは無いので!」


 胸の前でリブラを抱きしめながら紹介すると、右手を挙げて「よっ」と軽い挨拶を交わした。そんな彼女の挨拶に顔を顰める者も居たが、リブラの存在を知っている狩人は頭を深く下げていた。


 ウチの子が立派で良かったよ。

 リブラは特に、人命救助に尽力しているので、彼女が良く思われてるなら私も嬉しい。


 ある程度の方針や約束を取り決めた私たちは、例の人集りの中心点、ダンジョンの入口へとやって来た。


「へ〜、穴型の入口とは珍しい」


「知ってるのか?」


「はい。殆どのダンジョンは洞窟の入口みたいになっているんですよ。元々の洞窟内で魔物が死に、魔力が何十年何百年と蓄積することで、洞窟自体が魔物になる。それがダンジョンなんです」


「ど、どういうことだ?」


「......私が説明しましょう」


 ありゃ、ダンジョンの説明じゃなかったか。

 ここはリブラにパスをして、私は入口に手を突っ込むとしよう。


 地面に寝転がり、直径二メート程の真っ暗な穴に右手を入れると、ひんやりとした空気に当てられた。この感覚からして、天井に穴が空いたパターンだと思う。


 稀にあるんだよね。未発見のダンジョンの天井に穴が空いて、一度入ったら出られない構造になってるヤツ。


「──なので、ネーシス様は珍しいと......あ」


「ああぁ! あの子、勝手に入ったぞ!!!」


 何やら上が騒がしい。

 ちょっと内部の調査をするだけじゃないか。


 案の定、中は大きな洞窟型のダンジョンとなっており、奥の方では出現した魔物の呻き声が聞こえる。

 そろそろ皆が入ってくるかもしれないので、風魔法のクッションと光魔法で安全地帯を作っておこう。


「糧を我とし、柔毛たる風の組織を形成せよ。魔素を五素に、求めたるは対魔の力。我が力を糧とし、聖域となれ」


 四級と三級魔法のダブルパンチ!

 穴から落ちてきた場所にはフッカフカの風のクッションがあり、周囲十メートルは魔物が入れない光の空間を構築したぞい!


 天井の穴に向かって光を向けると、上から細い手でOKサインが来た。


「────うあぁぁぁぁ!?......あれ?」


「よ、っと。私が先に見ようと思っていたのに、全く」


 唇を尖らせるリブラちゃんを慰め、次の偵察は任せることを約束した。


「みなさん、この奥にはオークとゴブリン、それから狼系の魔物が跋扈しているので慎重に進んでくださいね」


「あぁ。だが、どちらから行く?」


「俺は右......こっちから行った方が良い気がするぜ」


 どっちから攻略しても結果は変わらないので、若い狩人の言った右から進むことになった。

 念の為にリブラを先頭に、私は最後尾で新しい魔法を作りながら奥へと進む。

 ゴブリンや狼系の魔物は弱いので時間はかからないが、オークに手こずる場面が多く、ポーションの消費量が増えていく。


 私は使った分をメモしながら、リブラにはこっそり治癒魔法を使ってもらった。全員に全額を請求するのは可哀想だからね。


「花咲け火花......う〜ん。業火絢爛! これだ!」


「さっきから何をぶつぶつ言ってんだ?」


「必殺技を考えてるんです。カッコイイやつ!」


「必殺技?」


 魔女たるもの、奥義を持つこともファンのため。

 見た者を虜にするような、脳が痺れるくらいカッコイイ必殺技が欲しい。

 カッコイイ魔法なら火魔法が人気で分かりやすいので、何か良い感じの詠唱を模索してた。


 ──そして今、完成した。

 最っ高に最っ強にカッコイイ魔法をね!


「これから大物なんだから頼むぜぇ?」


「ボスなら任せてください! 私も戦います!」



「「「 いやダメだろ 」」」



「そんなぁ......」


「ドンマイ、ネーシス様」


 リブラぁ! 私も戦いたいよぉ!

 せっかくのダンジョンボスが相手なら、私もカッコイイ姿を見せたい。

 目の前の大きな扉ごと破壊するぐらい強い魔法で、ボスを木っ端微塵にしたいの!


 そんな私の思いは虚空に、皆は準備を整えてから扉を開けた。


 高さ五メートルはありそうな大きな扉の奥は、これまたとんでもない広さの部屋があり、中心にはダンジョンの守護者たる強力な魔物が据えている。


「うわぁお、ヒドラ......じゃない、アレか」


 台座の様な石の上に、大きな翼を広げ、足が竦む威圧感を放ちながらこちらを睨む、漆黒の大蛇が鎮座している。


「ヒドラ・ベネヌドラコ。龍と毒蛇のハーフですね」


「そうそれ! 久しぶりに見たな〜」


 ドラゴンの翼と心臓を持った巨大な毒蛇。

 それがヒドラ・ベネヌドラコ。通称ドラ公。

 この子はキメラの様に造られた見た目をしているけど、実は純粋なドラゴンとヒドラの混血種である。


 強さは両種族の厄介な部分を受け継いでおり、猛毒も炎も吐くし、時には空を飛んでその巨体で押し潰すなど、非常に賢い戦闘を得意とする魔物だ。


 このメンバーだと......まぁ全滅かな。

 半数が死んだら全滅という意味ではなく、私とリブラ以外の全員が死ぬことを指している。


 だってドラ公って、一応ドラゴンだからね?

 かつて人間がドラゴンに勝った例なんて片手で数えられるくらいだよ。


「嘘......だろ?」


「誰か、今すぐ村長に伝えてこい! コイツはヤバい! 国が、世界が滅ぶぞ!」


 そんな指示で一人の若者が部屋を出ようとしたので、私は杖の先端で首根っこを引っ掛けた。


「カハッ! な、何すんだテメェ!!」


「このダンジョン、出口はありませんよ。どこから入ったか覚えていないので? 今あなたが一人で出て行っても、湧き直した魔物にリンチされて終わりです」


「......でも、伝えなきゃダメだろうが!」


「なんでそう弱気なんですか。男だったら『ドラゴンくらい朝飯前だぜ!』くらい言ってくださいよ」



 私は村娘のような少し貧相な洋服から、漆黒のローブと虹色の魔法使いの紋章を胸に付けた。

 全員の注目を集めながら、人を割って前に進む。


 最も強い魔法使いとされ、時には変人奇人と呼ばれる魔法の支配者。その中でも特別異質の存在である、あらゆる魔法の創造者にして、最強で最高に可愛い魔法使い。


 それが私。ネーシスだ。



「魔法とは何たるか。とくとご覧あれ」

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