第13話 ただい魔女

 魔界第五層は、息が苦しくなるほど鬱蒼とした森が広がっている。そこかしこに生えている食獣植物にギンくんが引っかかり、その度にアリエスがメガネをかけて叱る。


 どうしてメガネをかけるのか聞いても、『雰囲気作りです』としか答えない。

 私から見たら、女教師のコスプレだ。


 数時間ほど探索していると、たまたま支配者と遭遇した。それはもう、奇跡的な出会いだった。


「どうして私たちのご飯に釣られてくるかねぇ?」


『どう、して、私たちのご飯にちゅられてくぅかか?』


「見た目も中身もオウムか。にしては大きすぎるけど」


 ド派手な真紅の冠羽根が特徴的な、オウムの魔物。

 魔界独自の進化を遂げた魔物は、基本的に私の知識に無い。剣晶狼は昔から四層に住み着いているので知っているが、五層以降は頻繁に生態系が変わる。


 さて、オウムと言えば音を真似る習性があるけど......多分、魔法を反射すると思うんだよねぇ。



「炎よ、我が力となり破壊せよ」


『炎よ、我が力となり破壊せよ』


「思ってたんとちが〜う!」



 まさか同一詠唱で相殺するとは。予想外デェス。

 手加減したとは言え、完璧に打ち消されるとムカつくね。私が階級魔法を使う限り、相手の魔力が切れたら勝てる。

 でも私はそんな勝利を眷族の前で見せたくない。


 ここは一つ、オウム君の能力を試そうじゃないか。


「我が魔力を糧に消滅せよ。光の根源」


『我が魔力を糧に消滅せよ。光の根源』


「一節──【貫け】」


『一節』



 だよねぇ? 使えないよねぇ? 常に変化する魔法式は真似できないよねぇ!! どうだ見たか! 真似するだけじゃ本家は越えられないんだよ!


 オウムの胸に穴が空くと、爆発するように血が飛んだ。しかし数秒もすると傷が塞がり、何も無かったように飛んでいる。



『あの魔法は何なのだ?』


「分かりません。我々眷族では知ることすら許されない、ネーシス様の魔法です。分かることは......アレが私たちに向けば、為す術なく死ぬことです」



 ふっふっふ。魔女の必殺技その一、空間魔法だよ。

 流動性の空間を絶えず操作することで、攻撃にも防御にも、果ては鞄にも使える最高の魔法だ。


 使えるのは......私ぐらいだけどねっ!



「この子は捕まえてもしょうがないし、食べようか。アリエス、調理をお願い」


「かしこまりました」


『ま、まだ殺しておらぬぞ!?』



 ギンくんは細かいなぁ。気持ちは分かるけどさ。

 私は杖に魔力を込めると、杖全体が震えるほどのパワーを使って空間魔法を使う。今から見せるのは肉を取るための魔法。


 全神経を脳に集め、流動する空間を支配する。



「一節──【支配】二節──【破壊】」



 音も無くオウムの心臓部分のみが消滅した。

 完全に動かなくなったことを確認してから、二人に向かってピースサイン。



「......常々私は思うのです。この方に出来ないことはあるのかと」


『......無いだろう。もはや何でもありだ』


「いやいや、家庭的なことは全般出来ないからね? 私は魔法で手助けしているのであって、本来の私はすっぽんぽんのお人形さんよ」


「そもそもの人形の材質がおかしいのですけどね」



 お黙り! 確かに私は普通の人とは違うけど、ほとんど同じ機能だからね? お腹は減るし眠くもなるし、トイレだって行くもん。


 悲しみに暮れながら羽根を毟っていると、手の平に無数の針が刺さっていた。



「わぁ、これ毒針だ。毒針の羽根が生えるとは、魔界の魔物は面白い進化をするね」


「今すぐ解毒を──」



 信じられない速さでリブラの天秤を持ってきたアリエスだけど、私は手で制した。

 あまりにも早い借りパク、私でも見逃しちゃうね。



「魔素破壊毒素じゃないから大丈夫。毛虫に刺されたようなモンよ」



 針を燃やしてから解毒、治癒魔法をかけたら元通り。

 チクチクと小さな痛みすら与えないから恐ろしい。抜けた羽根を踏んでも危ないし、魔界の危険性がよく分かる良い例だ。


 オウムの表面の羽根を全て焼き切り、肉全体に毒素分解魔法をかけてからアリエスに渡した。彼女の料理の腕は一級だからね!



『主、本当に平気なのか?』



 倒木に腰をかけて待っていると、ギンくんが心配そうにすり寄ってきた。ゴワゴワの剛毛にちょっと顔を顰めたけど、ギンくんの優しさが嬉しい。



「心配してくれてありがとね。でも大丈夫。この階層の魔物が即死する程度だから、私には効かない。あと一万倍は強かったら、ちょっと冷や汗かくけど」


『そ、そうか......主は何者なのだ?』



 純粋な疑問に、私はあっけらかんと答える。



「凄い魔女だよ? みんな分かってくれないけど」


『凄い魔女』


「そ、凄い魔女。あはは!」



 本当の力は誰にも見せない。本気で守ると決めた時だけ、私は真の魔女となる。それまでは『凄い魔女』でいい。そこら辺に居る女の子で、甘い物が好きな人間。

 親友と眷族とのんびり過ごせたら満足だ。


 アリエスはそのうち気付くだろうけど、実は私って──



「出来ました、唐揚げとチキン南蛮です」


「待ってましたぁ!!」



 うひょ〜! あの世界には無い料理、最っ高〜!

 油は値が張るし小麦粉は質が悪い。ソースも売られてないのだから、アリエスの異界料理は実に新鮮だ。


 ん〜! サクサクの衣と溢れる旨み! こんなのがお店で売られてたら世界変わっちゃうね!



「ネーシス様が教えて下さった料理は、簡単なものでも美味しいから不思議です」


「あの世界はちょっとね〜、こと食べ物に関しては勝てないんだ。昔に迷い込んだ時は焦ったよ。『コスプレ? クオリティ高っ!』とか言われたし」



 懐かしいなぁ、もう何年前よアノ出来事。

 確か、地球とか言う星だったことは覚えてる。恒星と惑星、そして衛星の距離が上手いんだよね。


 あの星をベースにみんな『月』を用意してたし、面白いね。



「どのような世界なのですか?」


「文明の発展が止まらない世界だよ。魔物が居ないから人間の好き放題。そのせいで星が滅びかけたけど、あっち側で何とかしてる」


「あっち側......」


「眷族とそんな変わらないよ。眷族の仕事にあるでしょ? 星の管理人のこと」



 どんな星にも管理者が居る。それは絶対だ。

 あんなに明るい太陽も、朝は消えている月だって管理者は居る。当然、人間が暮らす星も。


 地球の管理者とは極力会いたくない。

 あの子は敵対心こそないものの、何を考えているか分かりづらい。もし敵対したら面倒だからね。触らぬ神に祟りなしってやつよ。



『我は無いぞ』


「ギンくんはペットだから。眷族の中でも最下位」


『んなっ!? 酷くないか!?』


「だったらアリエスほどとは言わないけど、強くなることだね。生物の居る星なら尚更。せめてアクエリアスと張り合えないと無理かな」


『アクエリアス......では』


「犬っころ、私の訓練も終えてないのに随分な心持ちだな。アクエリアスは力としては最下位だが、今のお前の千倍は強い。自惚れるな」



 アリエス先生、アクエリアスには手を焼いていたもんね。どうやっても水魔法以外の属性が混じるあの子に、水という概念から教えていた。


 根気強く七百年は教えると、一人前って認められていた。



「さて、ご飯も食べたし寝る......と言いたいところだけど、支配者倒しちゃったからね。私は帰るよ」


「虚無空間に巻き込まれると面倒です。英断かと」


「んじゃ! ギンくんをよろしく、アリエス。またね〜! 一節──【開門】」



 仰々しくお辞儀をするアリエスに見送られ、私はいつもの世界に帰ってきた。

 来た時と同じ路地裏から顔を出すと、何故か八百屋の売り子をしているノアを見つけ、改めてこの世界の良さを実感する。

 病気や魔物による怪我が絶えないけれど、その分街の人々が手を取り合って助ける。理想だよね。



「さてと、試験までゆっくりしますか!」

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