第12話 ペットを手に入れる魔女 in魔界
「行ってくるね。何かあったら連絡して」
「行ってらっしゃいませ、ネーシス様!」
寝てる間に用意してくれた魔界四層への穴に飛び込むと、着地して数秒でピンチが訪れた。
なんと私が降り立った場所は、剣晶狼という魔物の群れの中だったのだ。金、銀、赤に青と、色とりどりな剣状の結晶を額に生やす狼たちは、直ぐに私を取り囲んだ。
これにはアリエスも「運が悪かった」と、ため息をついている。
『下等生物がどうやってここに来た?』
「上から降りてきただけ。そんなことも分かんないの? この犬っころ」
犬っころ。そう言った瞬間、眼前の結晶が輝き、私の左腕を吹き飛ばした。これが剣晶狼の魔法、不可視の斬撃だ。
弾いてもよかったけど、そうすると誰も話を聞かないからね。
即座に腕を復活させた私は、狼の鼻先に指を立てた。
「君たち、私のペットになりなさい。一番強い子は私の世界に来る権利をあげるわ」
『......やれ』
「プライド高い狼は大変だねぇ? いいよ、気に入った。──我が創りたるは怪重の領域」
空間魔法で重力を何倍も強くしてやると、包囲していた狼たちが瞬く間に倒れていく。命を奪う真似はしたくないので、死なないギリギリで治癒魔法をかける。
何度も何度も解除と発動、治癒を繰り返し、剣晶狼に力の差を味わってもらう。
「どう? 私のペットになるなら解放してあげるけど。例え無理と言うなら、死なない程度に殺すし、死にかけても生かし続けるから」
『小癪な......魔女めぇ!』
「ほら〜、なるなら早く返事しな〜?」
「......相変わらず恐ろしい方」
そう言えばアリエスの時もこんな感じだったっけ。
二千八百層で見付けたモコモコの燃える羊に一目惚れした私が、既に燃えている羊毛を全焼させては回復して、手足を縛って丸焼きにしようとしたり、あの手この手で痛めつけた記憶がある。
最後には泣きながら配下になりたいと懇願したから、最初の眷族になったんだよね。
「剣晶狼、早めに腹を見せた方が良い。ネーシス様が飽きたら、貴様らは土のシミとなる。今はまだ、一割ほどの力だぞ」
『......は?』
あ、角折れた。めちゃくちゃ綺麗だったのに勿体ない! うわ〜、力加減ミスったかな? ショックぅ。
『魔女......様よ。我、は......我らは、そなたの下僕となろう......だから』
「はいは〜い! じゃあ全員に従魔魔法かけてくからね〜」
意識朦朧とする剣晶狼たちの額に、従魔契約の魔法陣をかざす。
契約魔法と同じ系統の従魔魔法だけど、私のモノは中身が違う。
両者の信頼で成り立つ契約魔法。だけど私の魔法は完全支配と絶対服従。
それが私の従魔魔法。
私の眷族になれば、「死ね」と命じると即座に命が砕け散る。圧倒的な力を持つ私の魔法は、下手な等価交換が難しい。
「名前、どうしよっか。リーダーの銀色君は私が付けるとして、もう一匹。そこの青いの!」
『は、はい!』
「君は私の親友のペットね。名前はその子に貰いなさい」
『はいぃ......』
ものの数分で剣晶狼の群れを眷族にすると、魔界三層のスピカの元へ送り出した。今はまだ力で支配しているけど、じきに従魔魔法の根底にある、信頼性を知るはず。
これで魔界に来た目的は達成。だけど、せっかくだからもう少し楽しみたい。
「ネーシス様、強力な魔物が上昇して来ています。キャンサー《第四位》程度の力はあるかと。準備を」
「キャンサー程度って、かなり強いじゃん。人間界なら一匹で国を滅ぼせるよね?」
「それはあの子の話です。今回の魔物ですと、主要都市以外壊滅かと」
ほぼ一緒じゃ〜ん。
ま、ウチの子の方が強いってことね。
それなら襲撃されても大丈夫。
魔物と呼べる相手なら、研究材料になってもらおう。
杖を持って待機していると、突如として空間にヒビが入った。薄いガラス膜で覆われたような四層に上がってきたのは、頭全体が鋭いナイフとなった魔物だ。
天使の如く滑らかな体は美しく、背から生える翼は純白の羽根で出来ている。
しかし、残念なことに......真っ黒なんだ。信じられないくらい漆黒の体だ。翼以外、絵の具で塗られたかのようだ。
オニキスの瞳は殺意が宿っており、わざわざ私を殺すためにここまで来たんだと教えてくれた。
「私がお相手しましょうか?」
「そだね。見た感じ魔力量は剣晶狼の三倍、筋力はアリエスの半分も無いし」
「では、ごゆるりと。迅速に片付けます」
アリエスが前に出た瞬間、空気が爆発した。
元々が羊の魔物と言えど、魔界二千八百層に居た子だからね。眷族体で私と繋がった以上、無限の魔力が使える『空気の支配者』となっている。
彼女が懐から取り出した柄の先が無い短剣は、刃が空気で出来ている。耐久性や鋭利さ、長さの概念が無いあの武器は、ハッキリ言って強すぎる。
やろうと思えば2キロ先の相手を一振りで殺せる。そんな武器。
空中を縦横無尽に飛行する黒天使に向かって、アリエスは空気を薙いだ。
「あ、翼が。ギンくん取ってきて」
『御意』
剣晶狼のリーダーことギンくんは、額の剣晶を大きく伸ばすと、音に迫る速さで黒天使の落ちた翼を拾ってきた。
流石はアリエス。切り口が美しい。
「うわ、これ廻銀石の羽根じゃん。凄いなぁ」
『かいぎんせき? とは何ですか?』
「超貴重金属。砕けても魔力で接着する上に、形状記憶能力が半端ないヤツ。簡単に言うと、折れても直る剣の素材」
『ほう、面白いですな。なぜあの天使が?』
「さぁ? 考えられるのは、アレは魔物じゃなくて人形ってことかな。魔力的な干渉が無いから、誰が黒幕か分かんないけど」
アリエスが柄を振る度に、天使の部品が落ちてくる。
勝手に復活しないよう私の魔力でコーティングして集めていくと、最後には綺麗に分解された黒天使が完成した。
メイド服の中に柄を仕舞うと、華麗にお辞儀をしてから、誇らしそうな顔で私の前に立つアリエス。
ご褒美のなでなでをプレゼントしようか。
「よくやったね、アリエス。カッコよかったよ」
「ネーシス様の眷族たるもの、当然です」
「うんうん、アリエスは凄いよ。誰よりも強くて、綺麗だもんね。私は知ってるよ〜」
褒めまくるとどんどん笑顔になるアリエスちゃん。
実にチョロい。頼めば大抵のことはやってくれそう。
『主、これはどうする?』
「こらこら、ギンくんのおもちゃじゃないよ。この天使は再利用できそうだから、三層の警備員になってもらうよ」
「そう簡単に出来るのでしょうか?」
「出来るよ。中身だけ私が作るから」
器があるなら、魂を注ぐだけで完成する。
星すらも創れる私にかかれば、眷族の十人や百人、チョチョイのチョイよ。
今は急いで作る必要が無いし、素体だけポーチに入れて保存しておこう。
どっかの誰かが作ってキャンサー相当なら、私が作ればもっと強くなるはず。
そう考えるとワクワクしてくるね!
「さ、次のペットを探しに行こう。五層から本格的に魔境になるから、ギンくんは注意してね」
『なぜ我だけ!?』
「そりゃあギンくんがこの中で一番弱いからね」
残念だけど本当のことだ。私との繋がりが出来たとはいえ、力の使い方もまだ分かっていないギンくんは超弱い。
どうやって教育したものかと考えていると、アリエスは懐から取り出したメガネをかけた。
「ネーシス様の魔法を五分も耐えられないようでは、ハッキリ言って盾にすらなりません。まずは逃げる練習から始めましょうね、ギンくん?」
始まった。アリエス大先生による眷族訓練だ。
こうなると眷族一力の強いレオでさえ、私に泣きついてくる。肉体改造と呼ぶことすら烏滸がましいソレは、終わった時には顔付きが変わっている。
ドンマイ、ギンくん。
「気を引き締めてね。一節──【穿て】」
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