第11話 キャンプを楽しむ魔女 in魔界

 踏みしめる草は痛いほど硬く鋭く、天を衝く青は雲すら存在することを許さない。暖かい空気は体を癒し、空気中の魔力は濃度が高いため、耐性の無い者には猛毒になる魔界。


 跋扈する魔物は、人間など蟻以下の下等生物と思わせるほど強靭な筋力を有している。


「ん〜! 気持ちいいね〜!」


 魔力に対する耐性、なんて概念が存在しない私にとっては、ただの温暖な気候でしかない。う〜んと体を伸ばせば、大自然の力が体に流れ込んでくる。



「懐かしいですね。魔界一層など数千年ぶりに訪れましたが、ここまで気分の良いものとは」


「今回は何層まで行こうか。十? 百?」


「百層まで行こうものなら、あっちの世界では五十年が経ちますよ?」


「げ、それはダメにゃあ。四次元周期はどんなもん?」


「調査してきます」



 アリエスは人型から炎の羊に姿を変えると、助走を付けて跳躍し、地面の中に顔を突っ込んだ。

 地面が軽く揺れ、辺りの魔物がこちらに振り返った。



「ネーシス様、今は三泊で一週間です」


「お、珍しくゆっくりな時間軸だ。ラッキー」


「三泊で行ける範囲ですと、十三層が限界かと。じっくり探索するなら、五層でしょうか」


「じっくりやるか〜! 魔法ブッパで気持ちよくなりたい!」


「それでは、密集した魔物の位置へ案内します。頃合いを見て各層の支配者の元に」


「頼むよアリエス! いっちょやるぞ〜!」



 魔物の群れが一気に集まってくると、私とアリエス目掛けて突進してくる。

 牛や馬に角が生えた魔物が多く、他にも大きな熊の魔物が四方八方から集まってきている。



「一節──【止まれ】」



 杖を振った瞬間、魔物の動きが静止する。



「二節──【爆ぜろ】」



 一瞬にして魔物が血の爆発を起こし、赤い海が出来た。魔力を介した爆発は連鎖し、群れる者ほど死の波が大きくなる。



「三節──【穿て】」



 杖の先を地面に向けると、半径十メートルの穴が空いた。底は光が届かない高さであり、世界の干渉を受けている。


 ここは魔界。二層への進み方は、世界に穴を作るしか無いのだ。



「れっつ〜? じゃ〜〜〜んぷッ!!!」



 アリエスと共に穴に飛び込むと、轟々と風を切って落ちていく。しかし直ぐに音は止み、魔界二層の上空から落下していた。


 アリエスが空中で羊の姿になると、モッコモコの体で衝撃を吸収してくれた。



「んふふ、やっぱりアリエスの毛は至高だね」


「褒め言葉として受け取っておきます」


「褒め言葉以外どう受け取れるの?」


「剛毛だね、という気持ちの暗喩かと」


「例え剛毛でも、それはアリエスの個性だよ。私の大切な眷族の、ね」



 魔界二層は、一層と違って空気が重い。

 正確には含有魔力量が多いのだが、そのせいで重力までもが強くなっている。四次元的変化──時間──の流れが生まれるのは、この層が原因だと私は考えている。


 出現する魔物も重力に耐えるため硬化しているし、一撃が半端なく重い。



「ここは支配者ちゃんに挨拶しよっか。先に案内頼める?」


「勿論でございます。先導しますね」



 アリエスは十二いる眷族の中で、唯一、私の手から生み出していない子だ。彼女は魔界二千八百層で私と戦い、手も足も出せずに敗北した魔物。


 最初は恐怖で支配していたんだけど、従魔魔法を作ってから主従.....いや、友人に近い関係性になり、たまに二人で遊んだりする。


 私としてはずっと友人で在りたかったんだけど、どうもアリエスは私の従者として生きたいらしい。



「あの先の丘、頂きのでございます」


「食獣植物か。怖いね〜」


「ネーシス様、思っても無いことを口にするのはどうかと」


「食獣植物か。弱いね〜」


「ネーシス様。相手を侮辱するのは如何なものかと」


「言葉のキャッチボールでチェックメイト決めるのやめてくんない?」


「いいえ、これは王手でございます」



 こんにゃろー! 私は舌戦に弱いんだから、いじめるんじゃないよ! 魔法以外は賢くない私を弄ぶなんて卑怯者だぞ!


 さてさて、魔物をバクバク食べちゃう怖〜いお花を探してみると、分かりやすく一輪の薔薇が咲いていた。



「私はね、わざわざ引っかかってくれるほど優しくないんだ。──我が魔力を糧に蹂躙せよ、炎の根源」



 一級の詠唱で放たれた白炎の塊は、周囲の空間を歪ませながら薔薇に直進する。真っ赤な花弁に触れた炎は、瞬く間に地下に潜んでいる本体を燃やしていく。


 外に出ることすら許されない魔界二層の支配者は、こうして瞬殺されたのだった。



「なんか一本残ってるね。薔薇の......茎?」


「これは珍しい。み薔薇の新芽でございます。杖に加工すると高い魔力変換効率を誇り、剣に加工すると魔法も放てる上に、折れない丈夫さを兼ね備えます」


「レア個体だったか。有難く貰っていこう」


「三層は食み薔薇が張った根から行けますね」


「んじゃあ、今日は三層で一泊して、五層で二泊。この予定でいい?」


「はい。スケジュール管理はおまかせを」



 流石は私の敏腕マネージャー。

 魔界と人間界の四次元的相違を感じられるアリエスは、今回みたいな時間制限付きの旅で絶対に必要な逸材だ。

 昔は時の流れが滅茶苦茶になる“時流嵐”に巻き込まれて、未来に行ったり過去に戻ったりと、痛い目を見てきたからね。


 アリエスが眷族となっている今、私の魔法が消えることは無い! やったぜぇ!



「おわ、三層は虚無空間ヴォイドか」



 本日宿泊予定の魔界三層は、未形成の空間だった。

 魔界というのは頻繁に階層支配者が変わるため、運が悪いと今私が居る場所みたいに、何も存在しない虚無空間ヴォイドが発生する。


 この空間で生まれた魔物が次の支配者となり、三層を形成していくのだが......珍しくまだ生まれていない。



「ねぇ......良いコト考えちゃった」


「まさか、支配者になるおつもりで?」


「うん! 私が星を作っちゃえば、魔界の休憩スポットになるからね! それに、今後増やそうと思ってる眷族の駐屯所ができる」



 そうと決まれば善は急げ。

 深呼吸をしてナイフを腕に立て、一気に刃を入れた。

 流れる血液を使い、宙に大きな魔法陣を描いていく。眷族以外誰も知らない、本当の私の魔法。


 ──創星魔法・魔女の戯れ──


 一滴の赤い光が落ちると、星の核が生まれた。

 ソレは胎児のように丸く眠っており、静かに、ただ静かに胎動している。



「起きなさい、スピカ」



 丸まっていた少女は瞼を開いた。私の声で全身が輝き出すと、虚無空間から一転、どこまでも広がる草原へと景色が移った。


 今私が立っている場所は、スピカという星の上。

 眷族とは、一部を除いて魔法で出来ている。しかしその正体が星.....惑星であることは、身内しか知らない。


 私が最っ高に可愛くて最っ強な魔女たる所以。

 それは──



「おはようございます、創造主様」



 世界の創造主。または、星の守護者。

 手ずから創った世界を守り、時に破壊し、支配する。

 戯れで生まれた星々が、今もあの世界で煌めいているのだ。


「私はネーシスよ。あなたがこの階層の支配者だから、いつ攻め込まれても戦えるように眷族を配備するわ。いい?」


「ありがたき幸せでございます」


「ん。あと家建てといてくれる? 魔界に住める機会なんてそうそうないし」


「かしこまりました。では、上下階層への移動手段も用意させていただきます」



 な、なんて優しい眷族なのかしら! 自分から面倒事に手を出してくれるなんて、優秀すぎやしませんか?



「うひょ〜! この気遣いの塊は一体誰に似たんだろうね〜?」


「私ではないでしょうか?」


「アリエス君さぁ......」



 本当の話をするなら、スピカはバルゴに似せた。

 あのスケベボディこそしていないものの、性格や魂の本質、包容力など、バルゴにそっくりだ。


 金髪に白メッシュという髪色も、かなり可愛い。

 妖艶ではなく可憐。うん、しっくりくる。



「今日はここでキャンプだよ! 風が気持ちいいからのんびり休めるね! それじゃあ、アリエスは薪の用意してくれる?」


「既にこちらで」


「わぁお、ありがとね。じゃあどのテントを使おっかな〜?」



 いつものポーチからぺしゃんこのテントを三個ほど出して悩んでいると、スピカが一緒に考えてくれた。



「こちらのベージュのテントは如何でしょう? 風に強い材質なので、揺れにくいかと」


「......アリね。じゃあ、真ん中の家屋再現テントはどう? 中の空間は拡張してるから、本当に家みたいだよ?」


「数時間の休憩でしたら、やはりこちらが良いかと。変に居心地が良いと、時間を無駄にしてしまいます」


「た・し・か・に! スピカの言う通りだ!」



 そうだよね、ノアたちを待たせているのだから、早めに帰らないと。私、人を待たせるなんて経験が無いものだから、マイペースにやろうとしてた。反省しよう。


 無事にテントを張った私は、太陽と月で朝夜の演出を施し、ぐっすりと眠ったのだった。

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