第14話 魔を祓う魔女

「試験会場はこちらです。係員の指示で順に階級を指定しますので、全力で的に撃ってください」


 王都に来てから一ヶ月。

 ノアはキャンサーの指導で六級狩人になり、剣晶狼のセムを連れた有名人に。私はひと足早く五級狩人になった。

 今では私たちも立派な狩人。

 どんな魔物もコテンパンに出来る。


 不慮の事故で一ヶ月も滞在することになったけど、今ではその経験が良いものになったと確信している。



「ネーシスさん、十二級からお願いします」


「は〜い。根源たる炎よ、破壊せよ」



 杖を使うと的が木端微塵になるので、素手で詠唱する。それでも魔導金属の的に大きなススが付いているので、この先が怪しい。


 順に階級が上がり、遂に六級。

 この魔法が使えると分かると、一気に魔法使いとしての位が高くなる......らしい。


「六級をお願いします」


「ほいほ〜い、水の素、我が力を贄として貫け」


 細く鋭い水の針が手の平から生まれると、音速を超えて的に突き刺さった。激しい金属音を立てた針は、なんと的を貫通してしまった。


 まさかの威力に、私も係員も口をぽかんと開けている。


「す、凄まじい威力ですね......」


「ですね......やっぱり私、最強かもしれない」


「つ、次は五級をお願いします」


「はい。風の素よ、我を贄として破壊せよ」


 詠唱完了と同時に的の三割が消し飛んだ。

 私の五級魔法は魔界の魔物でも即死する威力だ。十分に強化された魔導金属と言えど、掠っただけで消滅した。

 もうこれ以上は結果が変わらないので、四級で終わろう。


「これが最後です。糧を我とし、塵芥となれ」


「......四級ということでよろしいですか?」


「はい! それに、的が耐えられないので」


 かつて的だった物を指さし、私は係員の指示で別室に入った。様々な書類に目を通してサインし、二十分ほど経って外に出られた。


 魔法学校の外で、ノアが子供に絵本の読み聞かせをしている姿が見えた。微笑ましい。


「ネーシスちゃん! 結果、どうだった?」


「四級にしたよ。お腹空いたでござる」


「うん! ん?......四級に“した”?」


 勘のいい子だ、よくその言葉に疑問を抱いた。

 私は国のお抱えになったら困るのと、的を破壊したことを理由に階級を抑えたと説明すると、ノアはあっさり納得した。


 自慢じゃないけど私、相当怪しいよね?


「私はね、キャンサーちゃんを付けた上にセムくんをくれたネーシスちゃんを信頼してるの。あの日からどれだけ私が強くなったか、知ってる?」


「六級になるぐらいは強いね」


「そう。そこまで出来る友達を信じないなんて、私は無理だよ」



 ──はっ! 気付いたらノアの頬っぺをムニムニしていた。ここまで嬉しいことを言われたら、私も嘘をつけない。


 これから王都からリアリスに帰るけど、私はもう必要ないかな。

 最後にテレサさんのチーズケーキを食べたら、私はこの国を出よう。


 そう告白しようとした時、王都の各地にある時計塔から激しい鐘の音が鳴った。


「なになに!? とりあえずギルド行こ!」


「あ、ちょっと〜!」


 ノアに手を引っ張られてハンターズギルドに来ると、狩人だけでなく職員の人までザワザワしている。

 理由は分かる。さっきの鐘のこと............についてだろう。


「何があったのかな?」


「緊急事態だろうね。セムくんの力が欲しいかも」


「そんなに? それって一体──」


 ノアが言い切る前に、ギルド長が前に出た。

 白い髪を束ね、和装に近い美しい衣を纏った刀を持つ女性。この人がこの国のハンターズギルド代表であり、王都で最も強い狩人。


 胸に付けた虹色の弓紋章、一級の証だ。



「ギルド長のセレスだ。先程より、王都城壁を包囲するように大量の魔物が出現した。今から狩人諸君に討伐を命令する」



 紋章、それは四級以上の者に渡される強者の証。

 ハンターズギルドでは弓の紋章があり、魔法学校では杖の紋章が、騎士団は剣の紋章が存在している。

 それぞれ四級から銅、銀、金、虹とあり、セレスさんは実力としてギルドトップの人間だ。


「大量の魔物......私たちだけで大丈夫かな?」


「何かあってもセレスさんがやるから大丈夫」


「でも、人は簡単に死んじゃうから......」


 そうだね。私もダンさんたちを亡くしてる。

 ノアの気持ちは痛いほど分かるけど、残念ながらその心配は杞憂に終わるよ。


 だって、私が居るから。


 私の前で死ぬことは、一瞬で魂まで消えないと出来ない行為だからね。



「強くなったんだから、胸を張りな。ノア」


「ネーシスちゃん」


「この程度に負けたら、キャンサーがどんな顔するか」


「......お、怒られる!」


「うん。キャンサーの為にも、頑張りなさい」



 キャンサーの教えを思い出したのか、ノアは寂しい胸を張った。あ、睨まれた。ワタシ、ナニモイッテナイヨ。


 セレスさんから隊列指示が出るとのことで静かにすると、六級以上は五人小隊を組んでそれぞれの方角を守ることになった。

 ......が、私だけ受けた指示が違った。



「ネーシス、君は一人で南を片付けろ」


「......はい?」


「私の目は良い。君は一人で問題無いだろう」



 一切の心配無く言い切るセレスさんに、誰もが私に注目する。

 あまりに無茶なことを言うもんだと困惑していると、他の冒険者からも苦言が出た。


「おいおい、あの子にどんな力があるってんだよ」


「さぁな、私も知らん。ただ分かることは、私たちなど出なくても、彼女一人で殲滅が可能ということだ。私の目は魔力が視える。信じろ」


 や、やっべー! まさか魔力視が出来る人間が居るなんて思わなかったー! 完全に油断してた、そりゃ私一人で問題無いって言うわ!


 それよりあの人、私を見て平気なのかな。

 昔、同じように魔力が視える人が私を見て、無限の魔力に恐怖して気絶したことがある。


 よく見てみると、セレスさんは汗をかいていた。



「ネーシスちゃん、本当に一人でやるの?」


「......うん。怪我しないよう気を付けるね」


「絶対だよ!」


「うん、絶対。ノアの怪我は私が治すから安心してね」


「私もしないよ〜!!」



 軽く小突き合っていると、早くも位置に着くことに。

 緊急時なので城壁に登って外を眺めると、美しい草原が一転、真っ黒な海が広がっていた。


 普通の人が落ちたら死ぬような高さでこれなので、目の前で見たら恐ろしいことこの上ない。


「うわぁ、誰が呼んだんだろ」


「そこで『誰』という言葉が出る時点で、君は異常だ」


「あ、セレスさん」


 ぬるっと私の後ろから現れたセレスさんは、一緒になって魔物の海を眺めている。


「この魔物たち、誰かに支配されているんですよ」


「ほう、これだけの数を」


「正確にはリーダーとなる魔物だけが使役されていて、他の魔物は自然発生したものなんです」


 私の魔眼で見れば、誰がリーダーか簡単に分かる。

 パッと見で八十体。それぞれが数十の魔物を引き連れることで、視界を埋め尽くすほどの数となっている。

 私の魔法で一掃してもいいけど、そうするとセレスさんの思うツボ。

 ここは上手く切り抜けよう。


 ポーチから指揮棒を出し、思案する。


「......珍しい杖だな」



「キャンサー、サジタリア、ジェミニ、リブラ」



 ぐっと指揮棒に魔力を込めると、五人が現れた。

 ハンターズギルドでも有名な十二星女が私の前で跪く姿を見て、セレスさんは大きく目を見開いた。



「リブラは北側で治療を。キャンサーは東、ジェミニは西を殲滅してきて」


「仰せのままに、お姉様」


「ボクも頑張る〜」


「ミーちゃんも〜!」



 リブラは発言するタイミングを見失い、悲しそうに頷いて消えた。

 相変わらずジェミニ兄妹はのんびり屋だけど、二人の使う音撃魔法は殲滅戦に有効だからね。数百年ぶりに頑張ってもらおう。


 指揮棒を仕舞い、私はサジタリアの手を取り、魔眼を貸した。



「リーダーだけ残してね。被害を抑えたい」


「では、どれを射抜きましょう」


「待機で!」


「......承知しました」



 あぁ、なんて寂しそうな顔をしているの、サジタリア。そこまで露骨に表情を変えたら、もっと意地悪したくなっちゃう。


 そんな気持ちを抑え、最後の仕上げを始める。



「私のペットたち〜、おいで〜」



 ぱん、ぱんと手を叩くと、城壁の外に十匹の剣晶狼が出てきた。ついでにリーダーとしてギンくんも呼び出し、合計十一匹。


 隣でセレスさんがため息をついているけど無視しよう。ごめんね。



「目の前の魔物を全部食べちゃって。ただ、ボスと繋がっている個体は残してね。それすら手を出しそうなら、サジタリアお姉さんが矢を飛ばすから、くれぐれも気をつけて」


『『『はっ!』』』


「......何者なんだ、この女は」



 再度手を叩くと、一斉に全眷族が行動を始めた。

 ここまでの時間は眷族による殺戮ショーの説明タイム。東では静かな命の収穫が行われ、西では爆音の美声が命を奪う。


 そして目の前、南側では、剣晶狼の食事シーンが広がっている。



「セレスさんは北をどうぞ。まぁ、北はセムくんを連れたノアが居るので、役不足だと思いますが」


「......行ってくる」


「お気を付けて」



 さ、しばらくはサジタリアを愛でてよう。

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