第34話 薬屋さんの料理の腕

「はい、これで完成。メンテナンスは要らないから、剣と杖の良いとこ取りだと思って、容赦なく斬ってね」


「ありがとうオリオンさん!」


「こちらこそ、来てくれてありがとう、モモちゃん」


 杖作りを経て仲良くなった二人。

 私は馬車の新たな姿に腕を組み、うんうんと頷いている。

 今回の強化で廻銀石の合金がふんだんに使われ、もし仮に、万が一にでも破損が見られるようなら魔力を注ぐだけで復活する仕組みだ。


 普段作らない部品を依頼されて、オリオンも満足そうだ。


「にしても、あのネーシスに親友とはねぇ......それも普通の人間だろう? ほんと、天地がひっくり返っても有り得ないと思っていたよ」


「失礼な! まぁ、私もそう思ってたけどさ......」


 友達は増えても、親友になるとは思わなかった。

 私の中で大切な人の筆頭はノアだけだった。

 人間的な弱さを抱えつつ、果敢に挑む姿は誰もが憧れるヒーローだったよ。


「どこから渡ったか知らないが、巡り巡ってネーシスの近くを回っていたか。感慨深いものだよ」


 それは私も同じ。

 あの日、ノアが持っている時計に注目しなかったら、きっと今日ここに来ていない。もしかしたら馬車の旅もしていないだろうし、メティちゃんとも出会っていない。


 縁に感謝だね。


「それじゃあ、また来るよ。次会う時はモモが大人になってるかもね」


「またね、オリオンさん!」


「ああ、また。いつでも来るといい」


 モモは新たに剣を提げ、一緒に魔法陣に乗った。

 瞬く間にプレアデス光国の国境付近まで飛び、ギンくんにもたれながら本を読むリブラに手を振った。


 珍しくメガネをかけたリブラ、可愛い。

 どこぞの眷族さんと違ってファッション感が無いのがね、良いんだよね。


「出発ですか?」


「いぇす。馬車の心配はもう要らないから、これからは旅に専念できるよ」


「流石はオリオン殿と言ったところですね。用意はもう終わっているので、直ぐに発ちましょう」


 リブラに御者を任せ、私は隣でのんびり景色を堪能する。モモはギンくんの背中に掴まり、疾走感を楽しんでいるようだ。


 落ちたら危ないけど、落ちないし落とさせない。

 常時展開してる風魔法で幾らでも助けられるので、臆することなく楽しんでほしい。


 それに......言っても聞かないと思うし。


「段々と慣れてきましたね、モモとの生活も」


「だね。獣人は成長も早いし、今が一番大切な時期だから、沢山経験を積ませたい」


「剣術、魔法、一般常識に算術、生物学に植物学。戦闘面も同年代ではぶっちぎりの経験数ですし、もう教えることは無いのでは?」


「チッチッチ、甘いよリィィィブラぁ!」


「うわウザっ。久しぶりにウザいですね」


 冷たい! いつになくリブラの目線が冷たい!

 でも、私は屈しないっ! 君がまだ見えていない“やるべきこと”の中に、が入っていなんだ!



「モモはまだ、『花嫁修業』をしていないッ!」



「えぇ......? お嫁に行かせるつもりで?」


「モモが望むならね。でも、基本的な家事能力はあった方が良いでしょ?」


 狩人としてお金を稼ぎ、生活能力があれば不自由無い生活が送れる。モモは嫌がるかもしれないけど、独り立ちした時、苦しんでほしくない。

 苦労はしてほしいけどね。「あの時は大変だったな〜」って、話のネタにして一緒にお酒でも飲みたい。



「あははは〜! はや〜い!! わ〜!!!!」



「......本当にこの子がお嫁に?」


「......多分ね。多分」


 駆ける剣晶狼に跨る少女が、お淑やかに男性の傍に付く未来が見えない。


「なるようになるさ。──潮の匂いがする」


 爆速で進んでいると、海独特の匂いが鼻を刺した。

 グングンと森を北に駆け抜け、いざ緑の景色から開放された瞬間──



「海だ〜!」


「青〜い! なにコレー!?」



 そっか、モモは海自体見たこと無いんだった。

 後でリブラ先生による海の知識を授けられることでしょう。

 そして海となれば、あの子が居る。


 お出かけが始まってから一度も名前が挙げられなかった、海専門の眷族。


「ピスケス、最近の海はどう?」


 馬車を止め、海に向かって聞いてみる。

 水平線から一つ、小さな島が動き始めた。

 海の上を凄まじい速度で動いたソレは、一度沈んだかと思うと、海面を大きくジャンプし、宙に留まった。


『ネー様!? うれし〜! えっとね、海はね、夜は荒れるよ! でもね、朝はね、静かだよぉ?』


「ピスケス、そろそろ戻らないと街の人たちが驚くんじゃない?」


『あっ......ごめんちゃい』


 甲高い声で叫ぶは、全長数百メートルはある、霊鯨獣れいげいじゅうのピスケス。

 私の眷族で唯一海での活動を中心としており、一撃の攻撃力が最も強い。


 たまに魔界で人の姿になっているけど、では頑なに鯨のままだ。


「お母さん、あれも眷族なの?」


「そうだよ。眷族としては末っ子なんだ」


「ほぁぇ〜、すごいね」


 と、ピスケスの話をしていたら街に着いた。

 どうやらテティス海神国は国境が緩く、かなり自由に出入りできるようだ。

 何でも、『我々には海の神が着いております故』だそうな。甘いね。


 馬車を停めてギンくんを魔界に返し、宿を取る前にレストランに来た。


「お魚さんがいっぱい!」


「ウチは海で採れた魚を直接買ってるからね、新鮮で美味いぜ? オススメは、ハズレの無い塩焼きだね」


 ウェイターの若い男性がモモの輝いた目に当てられて、ついついメニューを見せながら教えてくれた。


「じゃあ旬の塩焼きを十人前ください」


「十人前!? わ、わかった。他は?」


「モモこれ食べたい!」


「じゃあお造りとスープを三人前、魚卵の丼を三つ追加で!」


「ヘァァァイ!」


 もはや奇声のような返事をしてお兄さんは注文を取り終えた。

 実は私が大半を食べるんだけど、色々と勘違いされてそう。私は料理が作れないから、食費がどんどん大きくなるんだよね。


 モモに料理を教えたくても、まず私が下手すぎる。

 どれくらい下手かと言うと──


◆ ◆ ◆


「おかぁはん......ほぇ、ひょっふぁい」


「あれぇ? お塩の量、間違えちゃったカナ?」


「ネーシス様ァ! あなたは料理をするなとあれほど申し上げたのに、よりによってモモに食べさせましたね!」


「やべっ。す、すみません......」


「......っ! なんですかこれ! 何をどう間違えたら、ほぼ塩の塊のような料理が作れるんですか!」


「わかんないよぅ」


「語尾がムカつく。モモ、食べるのはやめなさい」


「でもっ」


「でもじゃありません。死にますよ?」


「はい......」


◆ ◆ ◆


 とまぁ、リブラも助走をつけて膝蹴りするレベルに私の料理は不味い。

 塩分過多で何人か命を奪えそうだ。

 どうして? 私は創造することに自信があるのに、どうしてお料理は出来ないの......?


 そんなこんなで、モモの料理は私以外に教わることになった。

 外で美味しいものを食べて、味を覚えてね、モモ!



「ふふ、美味しい?」


「うん!」


「よかった......本当に」



 下手すぎる私の料理の腕に悲しみを込めて、絶品海鮮フルコースを堪能した。

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創星の魔女 〜永遠の命と廻る世界〜 ゆずあめ @YuZu4me

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