第4話 英雄になった魔女

「すんっませんっしたぁぁぁ!!!」



 朝というには陽が高すぎる頃。

 目が覚めた私は、すぐに昨晩の記憶が蘇り、おばちゃんに土下座した。



「ふふ、それより体力は回復したかい?」


「もうバッチリ! 何万体でも魔物を倒せます!」


「そりゃあ良かった。気を付けて行ってくるんだよ」


「はい! 行ってきます!」



 温かいおばちゃん──テレサさんのハグを受け取り、ハンターズギルドへ向かう。

 道中、よ〜く街を見ていると、私が最後に外出した時と文明レベルが変わっていないことに気付いた。


 井戸水で洗濯する主婦の集団や、元気に走り回る子供たち。柱のランプの手入れをする店の主人に、山積みの樽を荷車に載せる筋骨隆々の若人。


 少し埃っぽい空気が心地よく、のんびり歩くだけでも楽しい。



「私の狩人階級は十二級。受けられる依頼はドブ掃除」


「あ、ネーシスちゃん! 依頼探してるの?」


「おはようノア。その通りなんだけど、なんだかねぇ」



 狩人の塊から私を見つけ出したノアは、じゃあと言って私の手を引っ張った。連れてこられた先には三人の男性と一人の女性が座っているテーブルで、どうやら臨時パーティを組んでいるようだ。


 ノアは水の魔法を九級まで使えるらしく、今日はこの人たちと組むらしい。



 はは〜ん、これは私も参加する流れだな〜?



「その子は? 見るからに魔法使いっぽいが」


「ネーシスちゃんです! えっと......得意なことは?」


「魔法と睡眠だけなら、誰よりも凄いです!」



 その瞬間、場は凍った。この空間冷却速度は二級魔法に近いものを感じる。さすが私、略して“さすわた”だ。

 うん、ダメな自己紹介をしたと思う。

 幾ら人と関わらなかったからと言っても、場の空気感から分かる。これはアカンやつや。



「ノア、この子はのんびりさせた方が良いんじゃないかしら?」


「そんな! ネーシスちゃん、何か無い?」


「いや、魔法は使えるから! 私から魔法を取り上げたら何も残らないくらい、魔法使えるからね、私!」



 弁明だ。必死に「私は凄いんだぞ」アピールをしないと、ノアにまで迷惑をかけてしまう! 私に出来た数少ない友達を、こんな所で失いたくないっ!



「どの階級まで使えるんだ? 流石に十二級と言われたら御免だぞ?」


「何でも使えます。一級でも二級でも」



 刹那、私に向かって大量の視線が浴びせられた。

 およそ半分は痛い子を見る目であり、残りは軽蔑や侮蔑の感情がこもっていた。


 なんとまぁ酷いこと。魔法使いは生きづらいのかな。



「......ネーシスちゃん、嘘はダメだよ」


「ノアまで!? い、いいもん! 私は一人でやるって決めてたし!」


「あ、ネーシスちゃん!」



 ドブ掃除の仕事を受けた私は、一目散にギルドを出た。大人気ない、情けない気持ちが芽を出したことに目を背け、大通りの真ん中を走るドブの上に立った。



「根源たる水よ、押し流せ」



 指先から滴る雫が汚水に触れると、ドブに蓋をするように水の膜を形成し、上流から一気に清水が押し流していく。

 枝分かれした全てのドブを、周囲を汚さずに洗い流す轟音は井戸端会議の声をかき消すほどだった。



「はぁ。人と関わらないから、いつまでも子供なんだよ、私」



 私は凄い。私は強い。私は可愛い。そう信じて永い時を生きてきたからこそ、思考は凝り固まって周囲にとけ込めない。


 これじゃあ、頭の硬いお婆さんと何も変わらない。


 自己嫌悪に走る私を、呼び止める人が欲しい。

 できれば可愛くて、声が綺麗で、包容力のある人が良いな。


 ──なんて夢を見ていると、本当に呼び止められた。



「そこのお前! さっきの轟音はお前がやったんだな!? 着いてこい!」


「え、えっ! ええええぇぇぇ!!!!」



 私を呼び止めたのは、衛兵さんでした。




◇ ◇ ◇




 街の中に数軒ある、衛兵の待機所に連れて来られた私は、かれこれ十分は尋問のようなやり取りを繰り返している。



「で? 十二級狩人の実力であの魔法を?」


「はい......ごめんなさい」


「身分偽証か不法入国者の可能性があるな」


「ま、魔法が得意だからって不当な扱いはやめてください!」



 心外だ。四百年前の魔女狩りをまたする気なのか?

 私はそんな未来が来ないことを祈って、各地に眷族を送り込んで魔物を狩ってもらっているというのに。


 もし私に言われもない罪を与えようものなら、眷族をニート化させて魔物の量を増やしてやる。



 ふつふつと怒りを沸かしている私の肩に、ゴツイ手が置かれた。

 顔を上げると、脳まで筋肉で詰まっていそうなスキンヘッドのおじさんが、ニカッと屈託のない笑顔で私を見ていた。



「またか、ジグラス。俺はお前みたいな魔法嫌いが衛兵になれたこと、不思議でならない」


「......副団長。私は正当な試験を受けた上で街を守っています」


「では、街中のドブを一瞬にして綺麗にしてくれた英雄に、言われもない罪を着せることが街を守ることだと? 違うだろうが! この子の身分を確認したなら、ギルドに正しく評価をしてもらい、街の清潔を保つために対価を払うことが『街を守る』ってことだろうが! お前のくだらん好き嫌いで、今まで何人陥れた? あぁ?」



 な、なんて気迫なの? 正義と愛のある人間の怒りというものは、下手な魔物より強い。

 もし、こんな人が過去に居たなら、もっと明るい今があったかもしれない。


 ......で、私はどうなるんだろ? 解放されるのかな?



「え、英雄なんて──」


「バカかお前は。毎年何人もの住民が、ドブ由来の病で死んでると思ってやがる。なぜ十二級の依頼にドブ掃除があるのか、お前が少し考えれば分かるだろう? その頭は考えるために使え」


「......すみませんでした」


「もう次は無いからな。悪いな嬢ちゃん、ギルドの方には俺から言っておくから、今日はもう帰りな。本当に、ウチのバカがすまんかった」



 コクコクと頷いた私は、副団長さんから狩人の証明書を返してもらい、帰路についた。

 あの捕まり方では街の人に誤解を与えてしまったのは明白だ。きっと道行く人が私を指さし、嗤うことだ。



「あ、おねーちゃん! さっきのまほー、凄かった!」


「......え?」


「本当に、ありがとうございました。私の家の近くは中々掃除されないので、汚れ一つ無くて感動しました」


「え、えぇ?」



 待機所を出てすぐ、沢山の人に囲まれた。

 子供からお年寄りまで、性別問わずみんなに感謝の言葉を贈られた。


 私のした事は間違いじゃなかった。今はそう、心から思える。だって、みんなの笑顔がその証明になっているから。





「......誰か、たす......け」

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