第3話 就職する魔女

◇喫茶リヴァロにて◇



 月明かりが差す寝室で、寝酒をたしなむ男にリヴァロの女将が今日の出来事を話していた。


 売上の話や客の話をしていると、自然とネーシスの話題になり、チーズケーキを絶賛されたことを自慢気に語る。



「美味しい美味しいって食べてくれてねぇ……でも、ハンターになるんだってさ。若いのに心が強くて、立派なもんだよ」


「へっ、どうかな。女子供はすぐに辞める……ノアもな」


「ったく、アンタは娘のやりたいことくらい応援したらどうだい? あの子だって才能はあるんだ。絶対に花を咲かすよ」


「だといいがな。俺ぁただ、空き部屋が増えて欲しくねぇだけだ」


「......うん。あたしもそう思うよ」




◇ ◇ ◇ ◇ ◇




「四番の方〜、こちらの受付にどうぞ」


「あ、私の番だ」



 ダンさん達に言われて狩人協会ハンターズギルドに来た。そのダンさん達は『手続きがあるからな……』と、お別れすることになった。


 次に会う時は喫茶リヴァロでと言っていたので、近いうちに会えると思う。



「──でして、パーティを組むことを推奨してます」


「あ、一人で十分です。こう見えても私、つよつよなので! えへん!」


「......そう言って毎年、何人も亡くなられているんです」


「失礼、言い方を変えましょう。勝てる戦いしか挑みません。これでも相手の力量は見極められる自信があります」



 魔物を狩り、その肉や皮などを売る狩人は命懸けの仕事である。これまで数えられないほど狩人の死を経験した受付のお姉さんは、目を伏せてそう言った。


 まぁ、私には魔法があるからね。ちょろっとこの目で見ちゃえば、その相手が私に敵うかどうか、一瞬で分かるもんね!


 そのために沢山魔物と戦ったし、死にかけたこともある。故に私は、誰よりもビビることが出来る。


 尻尾を巻いて逃げることも、時に重要なのだよ。



「登録は以上です。最低限の知識を共有するための補講会があるので、あちらの扉からお進み下さい」


「は〜い。これからよろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします」



 お姉さんに挨拶をしてから指示されたドアを開けると、長い廊下に繋がっていた。

 補講会のあると言われた部屋の前で、ショートヘアーの青い髪の女の子が緊張して固まっている。


 ちょっぴり気になったので、声をかけてみよう。



「あの〜、大丈夫ですか?」


「ひゃい! 大丈夫です! いらっしゃいませ!」


「ありゃりゃ? ギルドの人でしたか」


「いやあの、違くて! 緊張していつもの癖が出ちゃったというか......えへへっ」



 何この子、可愛い......!

 髪は透き通るように綺麗だし、顔立ちも整っていて目も大きい。モチモチの肌は触ったら吸い付きそうだし、声も音楽みたいに聞いてて心地いい。


 ただちょっと気になるのは、お胸がぺったんこなことか。私より無い。



「あ、あの......何か失礼なこと考えてませんか?」


「まっさか〜。それより君、名前は?」


「私はノアです。さっき登録したところです」


「じゃあ私と一緒だ〜。私はネーシス! 気軽に呼び捨てでいいからね、ノア!」



 握手をすると、やっぱり肌がモチモチだった。

 でも、指に出来た傷の跡やタコの感覚からして、普段から使っている人だなぁ。

 腰の剣も歴史を感じるし、魔法が使えなかったら私でも負けそう。


 まぁ、多分負けないけど。私、凄いから。


 それから2時間ほど、新米狩人に向けた命を守る補講会を受けた。



「ネーシスちゃん、この草とこっちの草、どっちが薬草だと思う?」



 休憩時間になると、ノアが簡単なクイズを出してきた。左手に持っているのは低級薬草のヒポテス草。右手に持ってるのは、軽い麻痺効果のあるパララス草かな。


 う〜ん、薬草って言われると、実はパララス草も薬草に入る。



「ノアが言いたいのは、こっちかな?」


「正解! じゃあこれは何の毒草か分かる?」


「パララス草だね。でもこれは、使い方によっては薬草になるんだよ。一度煮詰めてから布で濾して、溜まった成分を乾燥させると鎮痛薬になるんだ」


「そうなの!?」


「うん。でも、そこら辺の人が真似をすると、幻覚成分ごと抽出しちゃって危険なオクスリが出来るから、オススメはしないけどね」


「そ、そうなの!?!?」


「だから、戦争では鎮痛薬としての効果以外に、一時的にハイにさせる目的で使われることもあるのさ」


「そっか......怖いね、パララス草」


「怖いのは悪用する人間だよ。ノアみたいに、ちゃんと“怖い”って思える人なら大丈夫」


「ほ、ホント? えへへ」



 本当さ。それは長い長い歴史が物語っている。

 いつだってどんな世界も、戦争というものは起きる。その度に眷族から報せが入り、どんな物が使われているか知ることができる。


 私は長く生き、沢山知って今に至る。

 積み上げた知識に限っては、誰にも負けない。



「ネーシスちゃん、今日はありがとう!」


「私の方こそ。帰る時は気を付けてね」


「うん! またね!」



 手を振ってギルドを去るノアを見送ったら、ここからから私の時間。魔物を狩って狩って狩りまくって、お金をジャンジャン稼ぐのだ〜!


 ──なんて思ってた時期が私にもありました。



「依頼......ゼロッ!!!」


「もう夕方だからな、仕方ないさ。冒険者になってすぐなら、薬草採取でもポイント稼げるぞ」



 ありがとう、名も知れぬ狩人よ!

 


「じゃあ採取に──」


「もう日が暮れる。夜は魔物だけじゃなく人も怖い。今日はもうやめときな」


「うぅ......って、人?」


「夜の森は特に、魔物と間違えられて矢が飛んでくる。運悪く首にでも当たれば......な?」



 うっ、想像しただけで怖い。誤射で死ぬなんてヤダ!

 運良く脚に当たったり掠ったとしても、傷口からの病気が怖い。


 よし、夜の探索はしばらく控えよう。



「納得しました。では、今夜は大人しくします。ありがとうございました!」



 と言ってギルドを出たものの、行く宛てが無い。

 宿も取ってなければお金も無く、野宿という選択肢が輝いている。


 マズイ、マズイぞ大天才魔法使いネーシス!

 せっかく外に出たと言うのに、お布団で寝られないなんてハードモードは今後に響く!


 考えろ......最良の選択肢ってやつをッ!




◇ ◇ ◇




「すみません......ボロ雑巾の様に扱ってもらっていいので、一部屋だけお貸しいただけないでしょうか」


「何言ってんだい! こんな可愛い女の子、外で寝かせたらどうなるか、考えたらたまったんもんじゃないよ! それにね......毎日ウチに来てくれるんだろう? なら家族も同然さ」


「おば様......!」



 数分悩んで選んだのは、喫茶リヴァロだった。

 店に入って即土下座。厚かましいお願いだと承知の上で部屋を貸してくれと言うと、快諾してくれた。



「様付けはおよし。空いてる部屋があるから、案内するよ。荷物は......大丈夫なのかい?」


「あ、このポーチに全部入ってます」


「……時空間魔法が掛けられたポーチかい? アンタ、実は王族だったりしないか?」



 流石にこのポーチは怪しまれるよね。私のお手製だから、買ったとも貰ったとも言えないし、隠してた方が良さそう。



「実は王族の名前、誰一人として知りません。貴族や商人も。そういうことに興味が無くて」



 本当は眷族から情報を貰ってたんだけど、研究に夢中な私は全部聞き流していた。

 特に関わることのない存在なんて、興味無いもん。でも、今は知っておいた方が良いかな?


 くぅ......リブラは手厳しいから、バルゴに頼もうかな。



「本当のようだね。それじゃあ行くよ」


「え、分かるんですか? 嘘ついてる可能性とか......」


「あたしの目と耳は商人のモノさ。その程度も見抜けないようじゃ、物を売ることはできやしないよ」



 自信満々に語るおば様に着いて行き、空き部屋に案内してもらった。


 商人って凄い。三級魔法程度の効果を魔法なしで使えるなんて、もしかしたら魔法使いより怖いんじゃない?

 そう思いながら借りた部屋のベッドに座ると、一日の疲れがどっと出てきた。


 綺麗な木造の部屋。窓から差し込む暗い空の光が、引きこもりの私を闇へと誘う。瞼はどんな魔法より重く、穏やかな眠りに落とされた。



「──ゃん! ネーシスちゃん!」


「ぶぇ?」



 体を揺さぶられてると思ったら、顔が熱い。



「ネーシスちゃん! スープに顔突っ込んでるよ!」


「あぇ......寝てた。あれ? なんでノアがここに?」



 布で顎を拭かれていると、昼間に出会ったノアが居た。最初は寝ぼけているから幻かと思ったけど、この青い髪はやっぱりノアだ。



「私のお家だもん。さっきまでの話、忘れたの?」


「さっきまでの......?」


「あっはっは! やけにフラフラしていると思ったら、やっぱり半分寝てたみたいだね。食べたらゆっくりお休み」


「そう、します......」



 久しぶりの外出というのは、予想以上に私の体力を使ったみたい。もう何も考えられないくらい眠いし、このテーブルに誰が居るかも朧気だ。


 半分意識を飛ばしながら夕食を食べた私は、泥のように眠った。



「本当に大丈夫なのか? あの二人」



 心配そうな男の人の声が、聞こえた気がする。


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