第5話 ムカついた魔女

「......ダンさんが亡くなった?」


「はい。回収した遺品から、ダンさん、リオさん、ケレスさんの物と判明しました」



 ドブ掃除の件から二週間が経ち、すっかり街に慣れ、や喫茶リヴァロの常連になった頃、訃報が届いた。

 それはこの街へ連れて来てくれた恩人でもあり、階級の高い先輩狩人として信頼していたダンさんらが魔物に食われたというもの。


 まだ髪と一部分しか見つかっておらず、現在も捜索中らしい。



「どんな魔物とか、そういう情報はあるんですか?」


「ありますが......十一級には教えられません」


「お願いします。私ならその魔物を殺せます」


「ダメです。優秀なハンターを無駄死にさせることは出来ません。あなたは今や、この街に必要な人である自覚を持ってください」



 役員さんの言葉に、私は何も言い返せなかった。

 今の私は、街の人に頼られる『凄いドブ掃除の人』だ。これから増える病人を最小限に留め、街の嫌な臭いを消したことから、私の魔法はみんなを笑顔にしている。


 その自覚があるからこそ、言い返せない。



「大まかでいいです。方角だけ教えてください」


「はぁ......折れる気は?」


「無いです。これは仇討ちではなく、弔いです」



 役員さんも、ダンさん達に思うことがあったのだろう。私の譲れない思いを見せると、寂しそうに情報をくれた。



「......東の森です。針葉樹が増える中層より奥に、巨大な熊が居たという報告が入っています」


「巨大な熊? それって、8メートルくらいですか?」


「そのくらいかと。ご存知なのですか?」



 その程度の大きさなら、知ってる魔物だ。

 過去に眷族からお土産で肉を貰ったこともあるし、その毛皮で作ったコートも貰った。



「フォルティスウルサ。馬鹿みたいデカい熊、だろ?」


「ジオさん!」


「誰?」



 私のセリフを奪ったのは、綺麗な鎧に身を包んだ金髪蒼眼の男性だった。キザったらしく歯を見せると、役員さんではなく、私に狩人証明書を出してきた。


 そこに書かれていたのは、四級狩人。


 間違いなくこの街で一番腕が立つ狩人であり、これからフォルティスウルサの討伐に向かうことが分かった。



「お嬢さん、僕が討伐してくるから、ここで待っていたまえ」


「あなたの技量では良くて苦戦でしょう。実際に戦ったことがあるんですか?」


「おやおや、手厳しい。実戦は無いが、知識はあるぞ」


「だったらあなたこそここで待っているべきです。そんな純度の低い鉄の鎧じゃ、ミスリルの爪でワンパンですよ」



 私の左眼──神眼──には、見た者の強さがオーラとして見える。それは命を落としかけた数でより濃く、明るくなるものであり、ジオは三度くらいしか死にかけた経験が無いことが分かる。


 ちなみに役員さんはその倍。死に対して慣れている節がある。



「ミスリル爪とは何だ? 僕の知っているフォルティスウルサとは違うようだが」


「あの熊の爪は、表面の魔法コートを削るとミスリルで出来ているんです。様々な土や肉が混じるため、純度は高いとは言えませんが......その鎧なら」



 実際に爪付きのコートを持っているから知ってる。フォルティスウルサは尋常ではない大きさをしており、一頭で街を半壊出来るパワーとスタミナがあることを。


 アイツのお肉、噛み切れなかった上に歯に挟まって最悪だったからね。よ〜く覚えてるよ。



「やれやれ、できた嘘をつくものだ。僕はもう行くよ」


「ネーシスさん、ジオさんを困らせてはダメですよ」


「......すみませんでした」



 手柄を取られたみたいで、ちょっとムカついた。

 今日のドブ掃除は終わっているので、私は喫茶リヴァロでチーズケーキとフルーツパフェ、ロイヤルミルクティーを注文した。


 テレサさんが少し心配していたが、黙って作ってくれた。



「何か、嫌なことでもあったかい?」


「......ダンさん達が、亡くなりました」


「まぁ! そうかい......つらかったね」



 食べる手を止めた私の頭を、テレサさんは優しく撫でてくれた。大きく、温かい手の感覚は、自然と焦燥感をほぐしてくれる。


 ダンさんもリオさんも、ケレスさんですら口酸っぱく言っていた。『狩人はすぐ死ぬ』と。本当に彼らが体現することはなくてもいいのに。


 でも、お陰でこれからの魔物狩りに気合いが入る。

 先輩狩人の言葉を胸に刻み、常に死と隣り合わせであることを意識できる。



「ご馳走様でした。行ってきます」


「も、もう行くのかい?」


「ノアが来たら、絶対に森に行くなと伝えてください! それでは!」



 最後にそう伝えた私は、ポーチから杖を取り出して街を駆ける。道中、色んな人が話しかけてくれるが、生憎今はそんな余裕が無い。


 喉が切れそうな思いで走り、門に着いた。

 しかし残酷なことに、目の前で落とし格子が閉ざされてしまった。



「あ、開けてください!」


「ダメだ! 討伐隊が帰還するまで、開けることは許されん!」


「そんな......あぁもう!」



 あの金髪野郎、余計なことばっかり!

 私は杖に水平に座ると、心の中で言葉を紡ぐ。しかしそれは詠唱とは何の関係も無い、ただの言葉。


(飛んで)


 宙に浮いた杖は私を乗せ、門を上から通って行く。

 衆人環視の中でこの魔法を使うことは避けたかったけど、人の命には変えられない。



「東ってどっちだぁ......? こっちかな?」



 長年外に出なかった生活のせいで、太陽が昇る方角も忘れてしまった。あまりにアホな私は、太陽が沈む方角へと飛んで行ったのだった。


 私が居た街、リアリスは辺境の街らしく、北以外の三方が大きな森で囲われており、元々あの街は森を切り拓いて出来たらしい。


 故に、層構造になっている森は東に進もうが西に進もうが、同じ景色に辿り着く。情報のあった針葉樹林を進むが、当然フォルティスウルサは見つからない。



 もし方角を間違えても問題ないように南下しながら東へ向かうが、もう既に陽は沈みかけている。



「これじゃ絶対間に合わない! サジタリア、来て!」



 全速力で門の前まで戻った私は、指揮棒で眷族を呼び出した。

 私と同じくらい身長の、茶色いロングヘアーの少女は、身の丈ほどの大弓を持っており、目を閉じて静かに待っている。



「東、距離不明、フォルティスウルサ」



 曖昧すぎる私の指示を聞いたサジタリアは、魔力で出来た水色の矢を番えると、【九】と刻まれた黄金の瞳で森を覗いた。



「──────捉えました」


「よしっ! 討て!」



 引き絞られた弦が離された瞬間、腹を突くような衝撃が周囲に走った。草を薙ぎ、風を起こした矢は弧を描いて森に吸い込まれていく。


 十数秒が経つと、サジタリアは弓を下ろした。



「討伐完了。頭部、腹部、脚部を貫通。緊急とはいえ、素材を損傷してしまったこと、申し訳ありません」


「いいよ、よくやってくれたね。ありがと!」



 ぎゅ〜っとサジタリアを抱きしめた私は、念の為に現場へ向かうことにした。




◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「デカい......なんという大きさだ!」


『グルォォォォォォォ!!!!!!!』


 十五人の討伐隊を前に、両腕を広げ、漆黒の爪を大き開いて威嚇したのはフォルティスウルサの成体である。まるで家が動物と化して襲ってくるような、化け物と言わざるを得ない巨体だ。


 ジオ率いる七級以上で構成された狩人たちも、この大きさの魔物と戦うことはそう多くない。そして、地を這う魔物でフォルティスウルサの成体を超える魔物はいないため、皆一様に腰が引けていた。


 フォルティスウルサの腕が木に当たると、その木は綺麗に斜めに斬れた。



「ははっ......ミスリルの爪は本当か」


「ジオさん! これ本当に勝てるんすか!?」


「やるしかないんだ。後衛はヤツの注意を分散させろ! 僕達は確実な隙を突いて傷をつける!」



 四級狩人というのは伊達じゃなく、的確な指示と俯瞰した視点の戦略を持って戦闘を始める。国から腕を買われた存在のジオも果敢に攻撃を仕掛けるが、矢と魔法をものともしないフォルティスウルサに、攻めあぐねていた。


 そうこうするうちに日は沈みかけ、何も出来ないまま体力が消耗されていく。



「後衛三人、魔力が尽きました! もう無理です!」


「......クソっ! お前達は街に戻って報告しろ! 最悪リアリスは放置されるが、死に物狂いで腕の良い狩人を呼べ!」


『グオオオオオオオオッッッ!!!!!!』


「ははっ、一騎打ちだ。負けたら天国からあのお嬢さんに謝罪する。だけどもし勝ったら......大宴会だ!!」



 そうは言ったものの、リアリスから近い位置に居る四級以上の狩人など片手で数えられる人数しか居ない。彼の命懸けの応援要請は、無為に終わる。


 そう、誰もが思い込んだ時だった。




 ズドンッ!!!!!!!




 一筋の青い光がフォルティスウルサを貫くと、ジオの前でその巨体は横に倒れた。

 硬く、大きな頭骨を貫通し、首、胸、脚の順に貫いたそれは、足元の地面すら抉る威力を誇っていた。


 全員がその飛翔方向に振り返ると、幾本もの木に穴が空いており、出鱈目なパワーで射抜かれたことが分かる。



「お〜い! 誰も死んでないよね〜?」



 声のした方向を見ると、杖に乗って低空飛行するネーシスと、その横を走るサジタリアの姿があった。



「なっ......十二星女ナンバーズだと!?」


「うん、死者数ゼロ。これでダンさんとリオさん、ケレスさんは安らかに眠れたかな。ありがとね、サジタリア。帰っていいよ」


「いつでもお呼びください」



 風の様に去っていくサジタリアを見送ったネーシスに、全員の視線が集まった。その目は畏怖か、怪奇か。はたまた信じられないと言った驚愕の思いがこもっている。



「で? 実際に戦ってみてどうでしたか? まぁ、あの毛皮に傷一つついてないのを見るに、語るに落ちますが」



 うひゃ〜と声を上げながら、魔法を使って血抜きするネーシス。杖でフォルティスウルサの死体を持ち上げる様は、誰もが驚く光景だった。


 四級狩人のジオもまた、彼女を前に言葉を発せなかった。



「それじゃ、私も帰ります。夜は人も魔物も危ないので、お気を付けて」


「ま、待て! 君は十二星女ナンバーズとどんな関係があるんだ!?」


「ナンバーズって何ですか〜?」



 全狩人の憧れ。

 ジオが答える間もなく、ネーシスは杖に乗って飛び去った。

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