第42話 バズる寸前

 ファミレスに着いたのは午後3時頃だった。

 本田さんはチョコレートパフェを食べ、夏川さんはプリンアラモードをスプーンですくっていた。

「きみたちは昼間からこんなところでだべっているのか」

「悪いんですか? 先輩はなにをしていたんです?」

「バッティングセンターで遊んでいたよ」

「数多は凡打ばかりだったけどな」

「わざわざそれを言うな」

「さすが波野さんは健康的でいらっしゃいますね。わたくしも見習わなければ」


 僕は本田さんの隣に座り、ガーネットは夏川さんの隣に腰掛けた。

 店員を呼ぶボタンを押して、ドリンクバーだけ注文した。

 いつもコーヒーばかり飲んでいるので、メロンソーダをチョイスした。人工的なイエローグリーンもたまにはいいだろう。


「で、緊急の用件ってのはなんなんだ?」

「懸念していたことが起こりました。これを見てください」 

 夏川さんが僕とガーネットにスマホで動画を見せた。

『河原を歩く超絶美少女』というタイトルで、ガーネットと僕の散歩が映されていた。

 望遠カメラで撮影したらしく、ガーネットの顔のアップもあった。

 昨日投稿されたものだが、再生回数はすでに1万回を超えていた。

「これは盗撮じゃないか」

「了解を得ていないわけですから、そういうことになりますね」

「消してもらおう」

「ひとつやふたつならいいんですが、複数存在しているんです。SNSに写真も多数あがっています」

「なんだって?」


 夏川さんは「#美少女」「#ガーネット」という検索ワードを入力して、SNSのタイムラインを表示した。

『超絶美少女現る』

『誰? 新人アイドル?』

『完璧な容姿。ぺろぺろ』

『この男邪魔』

『拡散希望。この女の子をスターに』

『この河原どこ』

『河城市山城川で確定』

『絶世の美少女。目の保養』

『ガーネットという名前らしい。男の声で判明』

『瞳の赤が神秘的。ガーネット様』

『ガーネットちゃん最高』

『ガーネットちゃんマジ女神』

『完璧すぎ。アンドロイドだろ』

『プリンセスプライドの新作か? カタログにないけど』

『動画の表情を見た。こんなアンドロイドはいない。人間だろ』

 写真とコメントが次々に現れる。確かにこれらをすべて消去するのは不可能だろう。


「バズる寸前と思われます」

「肖像権……はないよな。法的には物だから」

「美術品として著作権を主張することは可能かと考えます」

「あたしが美術品かよ」

「早くも面倒な事態になったってことです。やっぱりアンドロイドに関する法律が必要。でもいますぐは無理です」

「どうすればいいんだ?」

「いっそのことガーネットさんをアイドルとして売り出したらいかがでしょうか? 芸能事務所は飛びついてくると思います」

「そんなの嫌だよ」

「わたしも反対よ。プリンセスプライド社はアンドロイドの権利を確立していく方向で動いているの。ガーネットちゃんは最初の事例として歴史に残るわ。権利を主張して、拡散に反対してほしい」

「数多もそうしてほしいか?」

「もちろんだ。できるだけ平穏に暮らしたい」

「じゃあ、ちょっと主張しておくか」


 ガーネットはSNSにアカウントをつくった。メールアドレスを持っているから、人間と同じように簡単に作成できた。

『あたしはガーネットだ。盗撮を禁止する』と彼女は書き込んだ。

 本田さんは浅葱さんに電話して、相談していた。

 その電話を切った後、「法的措置も講じると言っちゃっていいわ。姉さんが弁護士とすでに話していて、すぐにでも手を打てるようにしているみたい」

「さすがだな。仕事が速い」

『あたしには法的措置を講じる用意がある。盗撮、コメント、その他一切の行為を禁止する。すみやかにあたしの人格を尊重することを要請する』

 ガーネットの書き込みの後、タイムラインは明らかに衰退し、やがて消えた。


「とりあえずは解決したのか?」

「ガーネットちゃんがアンドロイドであることは早晩バレるわ。そうなったら炎上するかもしれないわね」

「炎上って」

「充分に考えられます。アンドロイドに人格はないって言い出す人々が必ず現れますよ」

「姉さんと対策を話し合っておきます。当面、ガーネットちゃんはあまり目立つ行動をしない方がいいわ」

「買い物くらいはするぜ」

「まあ、いいんじゃない。完全に行動自粛するのも、アンドロイドの権利を放棄しているみたいで癪に障るしね。波野先輩、外でラブラブな行為を見せつけるのは、やめておいた方がよいです。刺激が強すぎるし、妙な輩に目をつけられますから」

「わかったよ。気をつける」

「デートできないのかよ?」

「自分はアイドル同然だと自覚しなさい。デートするなら、サングラスとマスクをした方がよいかも」

「大げさなことになってしまったな」

「ガーネットさんが魅力的すぎました。わたくしもいまだに『週刊夏川新聞』で取り上げさせてもらいたいという誘惑にかられています。独占インタビューを掲載したいです」

「カレン、だめだからね」

「はい。わかっていますよ」


 緊急会議を終え、僕とガーネットはスーパーマーケットで食料品を多めに買い、籠城の準備をして帰宅した。

 美しすぎる恋人を持つと苦労するようだ。

 僕は急激に恋愛経験を高めているのかもしれなかった。

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