第12話 ガーネットの秘密

「いったい、欠陥とはどういったものなのですか?」

「企業秘密です」

「そうですか。なら訊きません」

 僕は仏頂面になっていたと思う。

 秘書課長から、失礼のないように、と言われていたことを思い出したが、ガーネットのこととなると、僕は冷静ではいられなかった。愛する女性だから。

 本田浅葱は僕を興味深そうに眺めていた。


「冗談ですよ。あなたには我が社の協力者になってもらいたいんです。製品のモニターになってほしい。ガーネットについて、ときどき行動や会話などの報告をしてもらいたいんです。もちろん報酬は支払います」

「僕は公務員です。副業はできません」

「あ、そうか」

「でも、協力してもいいですよ。欠陥とはなにか、情報提供していただけるなら、報酬なしでモニターになります」

「それはありがたい。これから話すことは私とあなただけの秘密です。よろしいですか?」

「公務員には守秘義務があります。業務時間内に行われている会話ですから、もちろん秘密は守ります」

「市長にも報告してはなりません」

「それはむずかしいですね。市長からこの会議内容の報告を求められたら、答えざるを得ません」

「適当に誤魔化しておいてください」

「……。わかりました。御社の秘密を守ることを誓います」

「あなたは素晴らしい人ですね。フルネームをおうかがいしてもよろしいですか?」

「波野数多です」

「いい名前ですね」

 本田浅葱はガーネットと同じようなことを口にした。


「さて、ガーネットの欠陥ですが、正直言って、私にもよくわかっていないんです」

 僕は心底驚いた。

「おっしゃっている意味がわかりません。本田社長はガーネットの開発者ですよね?」

「そのとおりです。私が直接指揮して製造しました。非常に野心的な狙いを持って造りました」

「どのような狙いだったのですか?」

「人間に限りなく近づけようとしたんです。その結果、意外なことが起こりました」

 僕は黙って話を聞いていた。

「ガーネットは初めて真の意味での感情を持ったアンドロイドになったのかもしれないのです。これは極めて異常なことです」

 僕はまだ黙っていた。その方がたくさんの情報を得られると思ったからだ。

 思ったとおり、本田浅葱は前のめりに語り出した。

「アンドロイドには意思も感情もありません。精巧に人間の真似をするようにプログラミングされた機械です。世界のどのメーカーの製品も同じです。1億円を超える製品でも。喜怒哀楽があるように見えますが、それはプログラミングが巧みだからにすぎない。見せかけの行動なのです。しかし、ガーネットはあらゆるチューリングテストにおいて、人間であるという結果を出した。チューリングテストとはなにかご存じですか?」

 僕はうなずいた。

 ある機械が人間的かどうかを判定するためのテストだ。


「考察の詳細は省きますが、ガーネットは人格や感情を持っているというのが、私の結論です。そんなアンドロイドが生まれたのは、史上初のことです。アンドロイドは絶対に意図的には犯罪を起こさないようにできている。しかし、ガーネットに関しては、保証しかねるのです。あの子はマスターを守るためなら、日本の法律を破るかもしれません。そういう感情を持つ可能性がある」

「モニターとしてお答えします。ガーネットは感情を持っていると僕も思います。ものすごく人間的な子です。少なくとも、僕にはそう見える」

「やはりそうですか……」

 今度は本田浅葱が沈黙した。


「正直に言います。僕は恋人にしたくて、美少女アンドロイドを買いました。そしていまでは、ガーネットを本当に愛しています。ガーネットも僕を愛してくれていると感じます」

 社長は沈黙をつづけた。

「ガーネットは非常に表情が豊かです。心から笑い、心から哀しんでいるように見える。僕が出勤するときに、寂しそうな表情をするんです。あれは、嘘だとは思えない」

「そこです。ふつうのアンドロイドには、表情と行動がちぐはぐになる瞬間があるものなんです。しかし、ガーネットにはそれがない。私が、あの子が感情を持っているのではないかと疑っている理由のひとつです。プログラミングしている以上の微妙な表情を持っている」

「どうしてそうなったのですか?」

「それがわからないから、私も悩んでいるのです。彼女はブラックボックスだ。原因不明であのようになったのです。同じ工程で製造しても、同型アンドロイドに感情は生まれなかった。なんらかの見つけられない欠陥が、ガーネットに感情を持たせているのではないか、というのが私の仮説です」

 僕はしばらく言葉を失った。


「もしかしたら、ガーネットはとてつもなく貴重なアンドロイドではないのですか?」

「貴重ですよ。あの子には金額にできないほどの価値があると信じています」

 僕は心の奥で仰天していた。

「どうしてそんな貴重なアンドロイドを廉価で販売したのです?」

「あの子が人間と変わらないと思っているからですよ。ガーネットに人生を与えたかった。幸福になってほしかった。それだけです」

「……。僕もガーネットを幸福にしたいと思っています」

「あなたのような方に購入していただけてよかった」

 本田浅葱はうれしそうに微笑んだ。

 彼女は立ち上がり、応接室から出ようとした。

「また来ます」

 天才科学者にして天才経営家。そして、哲学者でもあるかのような本田浅葱は僕の前から去った。 

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