第11話 思いがけない訪問者
3月30日の朝食は、こんがりと焼けたトーストと苺ジャム、卵と菜の花の炒め物だった。
「美味しいよ、ガーネット。こんなにヘルシーな朝ごはんは久しぶりだよ」
「いや、ヘルシーとは言えないぜ、数多。昨日は節約のためにタンパク質のあるものを卵しか買わなかったんだけど、まちがっていた。肉、魚、乳製品、大豆などの他の種類のタンパク質も食べないと、健康的とは言えない」
「そうなのか?」
「もちろんだ。今日は安い鶏肉と鯖の缶詰でも買おうかと思っている。あと、健康食の代表、納豆も食べるべきだ。納豆は非常に癖の強い発酵食品で、食べられない人もいるらしいが、数多はだいじょうぶか?」
「食べられるよ。僕は好き嫌いはほとんどない」
「じゃあ、納豆も購入するぜ」
本当にガーネットはすごいアンドロイドだ。
健康管理も任せられそうだ。
ガーネットといつまでも一緒にいたいという想いを振り切って、出勤する。
今日も管財課管財係は忙しい。
僕の担当業務のひとつに、河城市営駅前地下駐車場の管理があるのだが、その新年度用各種委託契約準備を進めなければならなかった。僕は朝からバリバリと働いた。
午前11時頃、開高課長に1本の電話が入った。
「はい、管財課の開高です。……あ、手塚市長、お疲れさまです。……はい、……はい、波野でございますか。在席しております。……承知しました。すぐに向かわせます」
市長からの電話らしい。雲の上の人からの電話に僕の名前が出てきたようなので、驚き、緊張した。
「波野くん、手塚市長からの直々の命令だ。すぐに6階秘書課の応接室へ行ってくれ」
「えっ、僕ひとりで秘書課へ行くんですか? 心当たりがないんですが……?」
「さっさと行け! 理由なんか知らん! 市長の命令だ、急げ!」
課長から怒鳴られてしまった。
僕は手をつけていた業務をいったん中止し、6階の秘書課へ急行した。
秘書課のカウンターで「管財課の波野です」と告げた。
市長室次長兼秘書課長の横山真弓さんが席を立ち、僕の前までやってきた。
「波野さん、わかっていることを伝えておくわ。河城市きってのVIPがいらしていてね、さっきまで市長と会談されていたのだけど、あなたと会いたいらしいの。それで、忙しいところを悪いけれど、来てもらったというわけ」
「VIP? どなたなんですか」
「本田浅葱さんよ」
「プリンセスプライドの社長! 河城市民だったんですか?」
「そうよ。法人税、市民税、固定資産税を合わせると、納税額第1位の市民よ。理由はこちらでも把握していないのだけど、ぜひともあなたと話したいそうよ。くれぐれも失礼のないようにお願いするわ」
「了解しました」
いったいどうして、国際的にも成長率最高クラスの一流企業の社長が、単なる顧客のひとりにすぎない僕と話したいのだろう。
理由は僕にはないことはすぐに想像できた。
ガーネットだ。
彼女が相当に特殊なアンドロイドであるからにちがいない。
僕はひとりで市長専用の応接室に入った。ここに足を踏み入れるのは初めてだ。
高級そうな黒い皮張りの応接セットに年齢、性別不明の人物が座っていた。
身長150センチくらい。小柄だ。とても整った中性的な童顔。黒髪ショートカット。
中学生ぐらいにも見えるが、落ち着いたまなざしで、かなりの大人のようでもある。
イケメンの男性と言われればそう思えるし、ボーイッシュな美少女だとしても驚かない。
とにかく不思議な感じの人だった。
「失礼します。管財課の波野と申します」
「いきなりお呼びしてすみません。こんにちは、本田浅葱です。私のことはご存じですか?」
「国内最大のアンドロイドメーカー、プリンセスプライドの社長さんですよね」
本田浅葱は確か女性のはずだ。
彼女は僕に座るよう右手のゼスチャーでうながした。
対面に腰を下ろした。
「知っているなら話が早い。あなたは先日、我が社のアンドロイドを購入されましたね? 私と特殊な契約を交わして」
「ええ、変わった売買契約ですよね。かなり驚きました。『本製品には欠陥がある。その欠陥による責任は当社では一切負わず、購入者が全責任を負う』という内容でした」
ふふっ、と本田浅葱が笑った。
「あなたはかなりお安くした弊社の製品を、欠陥品と知りつつ買った。いかがですか? あのアンドロイドはきちんと動いていますか?」
「ガーネットが欠陥品だとは思えません。非常に優れたアンドロイドです」
「ほう? ガーネットと名付けたのですか。赤い宝石。あの子にふさわしい名前だ」
「細波ガーネットです」
「細波とはますますもって素晴らしい! 小さな揺れや争い事という意味がありますね。波野さんはいいネーミングセンスをお持ちのようだ。アンドロイドPPA-SAT-HA33-1に合っているかもしれませんね。不吉な名前です」
「細波は美しく可憐な波です。不吉とは考えていません」
「なにも問題が発生しなければよいのですが……」
本田浅葱は思わせぶりな発言をした。
僕は少しイライラした。
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