第17話 本田浅葱の妹
4月1日は猛烈に忙しかった。
午後5時頃まで本田茜さんに仕事を教え、残業タイムに入ってから、僕は自分の仕事に取りかかった。
今年度から担当することになった課の庶務事務を執り行う。
庶務とは、要するに雑用だ。各種の依頼や照会、供覧文書の処理、予算や決算資料の取りまとめなどを行う。雑用ではあるが、課を円滑に運営にしていくためになくてはならない重要な仕事である。
僕は管財課に送られてきたメールを開き、事務分担表や緊急連絡先名簿などを作成した。矢口補佐に相談しなければならないこともあり、質問をし、指示に従う。
完成した書類は文書管理システムを使って電子起案をする。
予算の適正な執行命令や職員課への各種届け出の通知文書、共済だよりなどは課内全員に電子供覧を行う。
事務量はかなり多い。
僕はくたくたになって、午後10時頃に白根アパートに帰還した。
「数多、遅かったな。お疲れさま」
「だだいま、ガーネット。お腹が空いたよ」
「すぐに夕飯をつくってやるよ」
ガーネットは鶏肉と卵が入った鍋焼きうどんを出してくれた。三つ葉とネギが散らしてある。
湯気が立っていて、とても美味しそうだ。食べてみると、本当に旨かった。
「美味しいよ。ガーネットは食事を取らないのに、よくこんなに料理ができるね」
「ネットのレシピどおりにつくっているだけだ。あたしには味覚がないから、味見はできない。ちゃんとした料理になっているか、不安なんだぜ。数多に美味しいものを食べてもらいたいから、がんばってるんだ」
「ありがとう、ガーネット。大好きだよ」
「うふふ。そう言ってもらえると、苦労した甲斐があるぜ」
食後、お茶を飲みながら、おしゃべりをした。
「夏川カレンさんという新人が来る予定だったんだけど、急遽人事が変わって、本田茜さんという女性が管財係に配属されたんだ」
「本田茜だと?」
「うん」
「ちょっと待ってくれ。ネットで調査する」
ガーネットはパソコンやスマホを使わず、脳内でインターネットに接続することができる。
「本田浅葱の妹と同姓同名だ。顔は浅葱に似ていたか?」
「似てた」
「まちがいないな。そいつは浅葱の年の離れた妹だ。浅葱は長女で、いま37歳。母親の
僕はびっくりした。
「そんな個人情報までどうしてわかるんだ?」
「あたしにはハッキング能力がある」
「それを使うのは違法だよ。やめろ!」
「えーっ、便利なのに」
「本田浅葱はとんでもないアンドロイドを造ったんだな。マッドサイエンティストかよ」
「あいつはクレージーだぜ」
僕は頭を抱えた。
「どうして、本田浅葱の妹が僕のいる係に配属されたんだろう? 偶然かな?」
「そんなはずないだろ。浅葱はこの街の実力者だ。市長にねじ込んで、強引に自分の妹を数多のそばに置いたんだ」
「なんのために?」
「決まっている。あたしのマスターである数多を監視するためだ。浅葱はあたしたちを徹底的に見張るつもりらしいな」
それだけガーネットは特異なアンドロイドだってことだな。やれやれ。
「茜さんは秘書課に配属される予定だったらしいよ」
「本田家は河城市の名家だ。政治家とつながっている。妹が秘書課にいれば、市長との連絡が取りやすいから、そういう人事になっていたんだろう。しかし、管財係に波野数多がいると知って、急遽配属先を変更させた。まちがいなく浅葱の意向だ」
「ふう。あの人はガーネットに幸福になってほしかったと言っていたけれど」
「そんな単純なやつじゃない。騙されるな。あいつはあたしが人類社会に適合できるか、なにかやらかしはしないか、観察しているんだ。しかも、あたしの行動の全責任を所有者である数多にかぶせる契約を交わし、自分には害がおよばないようにしている。とんでもない食わせ者だぞ、本田浅葱は。もしかしたら、妹の茜も曲者かもしれない」
「僕は困ったことになるのかな?」
「あたしが問題を起こさなければだいじょうぶだ。安心してくれ、あたしは数多とラブラブな生活を送りたいだけだ。なにも心配することはない」
本当にだいじょうぶかなあ。
僕は不安になった。
お風呂でガーネットとべたべたし、布団の上で思い切りセックスして、不安を吹き飛ばした。
僕の望みは、可愛いガーネットと仲よく暮らしていくことだけだ。
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