第18話 親睦会幹事
4月2日金曜日も、ひたすら忙しい日だった。
加賀さんが担当していた業務を引き継いだので、懸命に憶えて、執行しなければならない。ときどき生活保護課に電話して、彼女にわからないことを教えてもらった。
僕が担っていた業務は本田さんに引き継ぐが、今日と月曜日は彼女が研修で不在なので、僕がやるしかない。火曜日以降も新人にいきなりすべてを任せるわけにはいかないから、僕は自分の担当業務をこなしながら、本田さんに仕事を教えていかなければならない。
当分の間、忙しい日々がつづきそうだ。
地方公務員も楽じゃない。
ブラック企業も真っ青になるほど多忙な課もある。
管財課の隣にある財政課。
市役所の財政全般を担当し、予算を編成する課だが、怖ろしく忙しい。
特に各課が予算案を提出する9月から予算が成立する3月議会までは殺人的な忙しさで、平日は毎日終電まで仕事をし、土日祝日出勤は当たり前。正月三が日しか休めないという多忙さだ。
財政課はエリートコースだが、絶対に行きたくない。
午前10時30分頃、村中さんから声をかけられた。
「管財課親睦会のことだけどさ、今年度の幹事、波野くんにやってもらうからな」
「は、はい」
忙しいのに、また面倒な仕事が舞い込んできた。
市役所の各課には、たいてい親睦会があり、歓送迎会、暑気払い、忘年会などの事業を行っている。
親睦会幹事はこれらの事業を企画、進行するとともに、毎月会費を徴収して、きちんと会計をしなければならない。
前年度の幹事は村中さんだった。
こういう仕事は持ち回りでやるものだから、断わるわけにはいかない。
「庁舎公用車管理係の方は佐藤くんが幹事をやることになった。ふたりで協力してやってくれ。企画・進行を担当する幹事長と会費を預かる会計をそれぞれどちらがやるか決めて、進めてくれよ。まずは歓送迎会の日程調整と場所決めを行うのが急務だ」
「はい。日程はいつがいいでしょうか」
「親睦会の会長は開高課長だ。課長にうかがって決めろ。頼んだよ」
「はい」
僕は席を立ち、庁舎公用車管理係の
佐藤くんは市役所に入って4年目になる。僕は6年目で、2年だけ先輩だ。
「佐藤くん、僕らが管財課親睦会の幹事を任された。聞いているよね?」
「はい……」
彼は顔を引きつらせていた。あからさまに面倒くさそうだ。
僕だってやりたくないけれど、順番が回ってきたのだ。やるしかない。
「幹事長か会計か、どちらをやる?」
「波野さんが先輩ですから、幹事長はそちらで……」
「じゃあ、会計を頼んだよ」
「はい……」
明らかに消極的な返事だった。会計もやりたくないということが見え見えだ。一緒に仕事をしにくいタイプだが、誰かに代わってもらうわけにもいかない。1年間協力してやっていくしかない。
僕は開高課長の席へ行った。
「課長、相談したいことがあるのですが、いま少しお時間をいただいてもよろしいでしょうか」
「おう、いいぞ。用件はなんだ?」
「歓送迎会の日時と場所を決めたいのです。課長のご都合のよい日を教えていただけないでしょうか」
「歓送迎会か。翌日が休みの金曜日がいいな。4月9日と16日が空いているから、どちらかで決めてくれ。みんなの都合を訊いて、出席者が多い日がいい。開始時間は18時で」
「はい、承知しました。場所のご希望はございますか」
「日本酒が旨い店がいいな。もし瀬戸寿司の宴会場が空いていたら、予約してくれ」
「第2希望はございますか」
「初音屋かな」
「では、みなさんのご都合を訊き、会場を予約した後、報告いたします」
「よろしく頼む」
僕は課員と管財課から別の課へ異動した2名の都合を訊いて回り、研修に出ている本田さんにはワークチャットで連絡した。
午後5時頃、4月9日なら課員11名と人事異動者2名の全員が出席できることが判明した。
僕はネットで瀬戸寿司の電話番号を調べて、連絡した。
あいにく瀬戸寿司はすでに予約がいっぱいで、取れなかった。
初音屋は空いていて、宴会場を押さえることができた。
僕は早速、課長に報告した。
「歓送迎会の件ですが、4月9日なら全員出席できます。会場は瀬戸寿司は予約できませんでしたが、初音屋は確保しました」
「よし、4月9日にやろう。初音屋でいい」
「では、決定でよろしいですね」
「おう。段取りは任せたぞ」
「はい」
僕はワークチャットで課員と異動者全員に歓送迎会の通知をした。
『歓送迎会のお知らせ
管財課の皆様および異動された方々、お疲れさまです。
4月9日金曜日、午後6時から管財課親睦会歓送迎会を行います。
会場は初音屋の2階宴会場です。
万障お繰り合わせの上、ご出席くださいますようお願い申し上げます。
親睦会幹事 波野・佐藤』
当日は僕が司会を行わなければならない。
親睦会幹事も楽じゃない。
その日の仕事が終わったのは、午後11時だった。
疲れ果てていたが、土日は休める。
11時15分に帰宅した。
「疲れた~っ」と僕は言った。
「お疲れさま、数多。遅くまで大変だったな」
ガーネットは僕をねぎらってくれた。
お風呂から出た後には、マッサージをしてくれた。
天国にいるみたいに気持ちよかった。
肩や腰のコリをほぐしてもらって、身体の疲れが取れていく。
あまりにも心地よくて、僕はそのまま眠ってしまった。
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