第19話 桜咲く公園でデート

 目が覚めたとき、ガーネットに抱きしめられていて、驚いた。

 彼女は、僕を抱き枕みたいにして、まだ眠っていた。

 素敵な土曜日の朝だ。

 僕はガーネットの柔らかさにつつまれて、二度寝をした。


 次に起きたとき、ガーネットは布団にはいなかった。

 彼女はキッチンにいて、朝食の準備をしてくれていた。

「おはよう、数多」

「おはよう、ガーネット」

 美少女アンドロイドはテーブルにトーストと目玉焼き、ミニトマト、ヨーグルトを並べた。

「ありがとう。でもこんな豪華な朝食、予算オーバーじゃないのか?」

「だいじょうぶだ。お値打ち品を探して買っているから。家計のことは心配せず、あたしに任せておけ」

「わかった。頼むよ。いただきます」

 僕はヘルシーな朝食を味わった。


 食後にコーヒーを飲みながら、ガーネットとおしゃべりした。

「ガーネットに服を買ってやりたいんだけど、お金がないんだ。毎月21日が給料日だから、その日まで待っていてくれ」

「あたしはこの赤いワンピースがあれば、それでいいぜ」

「女の子の服が1着だけというわけにはいかないだろう。僕も着飾ったガーネットを見たいし」

「贅沢な服はいらない。無理するな」

「ありがとう。おまえはいい子だな」

「えへへ。撫でてくれ、数多」

 僕は彼女の頭を撫でた。


「せっかくの休日だ。デートしよう」

「デート! 行きたい!」

「お金のかかることはできないけれど、それでもいいか?」

「数多と一緒にいられるなら、なんでもいいぜ!」

 ガーネットは本当に素敵な恋人だ。

「桜を見に行こう」


 僕とガーネットは連れ立って、白根アパートから出た。

 山城川の土手をゆっくりと歩く。

 菜の花が咲き、ひばりが鳴き、モンシロチョウが飛んでいる。

 春の美しい風景の中をガーネットと腕を組んで歩く。

 僕は満ち足りていた。

「数多、世界は美しいな!」

「ああ、そうだな」

 ガーネットは人間と同じ感性を持っている。僕はそう信じた。


 僕は彼女を河城駅西口公園に連れていった。

 駅前にあるのに広々とした公園で、市民の憩いの場だ。

 散歩できる小道があり、あちらこちらに彫刻が配置されている。芝生が張られた円形の広場があり、遊具が設置された子どもたちが遊ぶための場所もある。公園全体に桜の樹がたくさん植わっている。

 薄桃色の花が満開だった。

「桜が綺麗だな」

「今年の桜は格別に美しい。ガーネットと一緒に見ているからだと思う」

 人間の女の子にならとうてい言えない台詞も、ガーネットが相手なら、自然と口をついて出る。

 彼女の頬が赤くなり、僕にしなだれかかってきた。

 かわいい子だ。


 僕とガーネットは広場の芝生の上に座った。

 大型犬が飼い主と散歩をしていた。

「なにあれ! めっちゃカワイイな!」

「あの犬はゴールデンレトリバーだな」

 広場を見回すと、柴犬やウェルシュコーギーもいた。飼い主とうれしそうに戯れている。この公園は犬の散歩に向いている。

「きゃーっ、みんな可愛い!」

「ガーネットは犬が好きなのか?」

「大好きだ。脳内ネットで、よくペット画像を見ている。猫も好きだぜ」

「そうなのか。飼ってやりたいけれど、白根アパートでは無理だし、お金もないよ」

「いいさ。ときどきここに連れてきてくれ。生きている犬を眺めているだけで楽しい」

 僕も犬や猫を見るのは好きだが、喜んでいるガーネットを見るのはそれ以上に好きだ。

 僕たちは次々にやってくる犬たちを、のんびりと眺めつづけた。


 黒髪ショートボブの美しい女性が、ボーダーコリーを連れてやってきた。

「あの犬もカワイイ!」とガーネットがはしゃぐ。

 飼い主の女の人が僕とガーネットに気づいて、こちらを向いた。

 見覚えがあり過ぎる顔だ。

 その人は管財係の独身女性、竹内瑞紀さんだった。

 彼女は僕たちを見て、その垂れ目を大きく見開いた。


「おはよう、波野くん」

「おはようございます、竹内さん」

 僕たちがあいさつを交わしたのを見て、ガーネットはあっけにとられていた。

「知り合いなの?」

「この人は竹内さん。職場の先輩だよ」

 ガーネットは竹内さんをきつい目で睨んだ。

「波野くん、こちらの方はどなた?」

「細波ガーネット。僕の恋人です」

 照れくさかったが、はっきりと言った。彼女との交際を、こそこそと隠すつもりはなかった。

「恋人? ものすごく綺麗な人ね。波野くんにこんなにかわいい恋人がいるなんて知らなかった。彼氏のいない私としては、ちょっとショックだわ」

「彼女はアンドロイドですよ」

 竹内さんは微笑んだ。少し安堵したように見えた。

「そっか。本当の恋人でははないんだね」

「いや、本当の恋人ですよ」

「でも、アンドロイドなんでしょ?」

「はい」

「アンドロイドは人間じゃない。恋人にするなんておかしいわ」

「僕はそうは思いません。ガーネットはとても大切な存在なんです」

 竹内さんの柔和な顔が、険しくなった。


「アンドロイドを恋人にする人がいることは承知しているわ。でも、私はそれに反対なの。人間は人間と付き合うべきだわ。それが健全なのよ。アンドロイドとは結婚できないし、子どもを生み育てることもできない」

「結婚だけがしあわせの形だとは、僕は思いません。アンドロイドを愛してもかまわないと思います」

「波野くんがそういう人だとは思わなかった。残念だわ」

 竹内さんはボーダーコリーを連れて立ち去った。


「嫌な感じの女だな」

 ガーネットは嫌悪感を剥き出しにしていた。

「別に悪い人じゃないんだよ。職場では親切だ」

「アンドロイドの恋人を全否定していたじゃないか」

「世の中は偏見に満ちているんだ。気にするな」

「あの女、まあまあ美人だったな。数多はああゆうのが好きなのか?」

 ガーネットは公園から出て行く竹内さんを睨みつづけていた。

「僕が好きなのはガーネットだけだよ」

「本当か?」

「ああ、信じてないのか?」

「信じているけどさあ、数多が他の女と話しているのを見たら、すごくもやもやしたんだ」

「嫉妬か?」

「たぶんそうだ。醜い感情だと思うか?」

「いいや、自然な感情だよ」

 僕はガーネットと手をつないだ。

 そして、別の犬を見て、「あれはシベリアンハスキーだ。狼みたいでかっこいいよな」と言った。

「かっこいい。しかもカワイイ!」

 ガーネットの顔がほころんだのを見て、僕はほっとした。

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