第20話 菜の花咲く河原でデート

 日曜日もガーネットとお金のかからないデートをした。

 僕と彼女は、山城川の河原を上流へ向かって散歩した。市街地から郊外へ。駅から離れていく方向。

 建ち並ぶ住宅が少しずつ減り、かわりに田畑や空き地が増えていく。

 空気が少しずつ綺麗になっていくような気がする。

 河原に咲き乱れている菜の花も、心なしか元気になっていくように見えた。


 山城川は川幅10メートル程度。

 その水は汚くはないが、清くもない。

 特にめずらしくもない薄く濁った川だ。

 しかし、ガーネットと並んで歩くと、それが綺麗な川に見えるから不思議だ。

 彼女と一緒にいると、心が癒されるから、世界が美しく見えるのだろう。


 河原には犬と散歩をしている人もいる。

「数多、あの犬、大きいぜ!」

「バーニーズマウンテンドックだ」

「おっきくてカワイイな」

「ガーネットは犬が好きだな」

「好きだ。とにかくカワイイ!」

「いつか犬が飼えるところに引っ越そう」

「本当か? すごく楽しみだ!」

「僕も犬が好きだからね。お金に余裕ができたら、ペット可の賃貸マンションにでも住もう」

「やったーっ。数多とあたしとカワイイ犬との暮らし! 天国だぜ!」


 僕とガーネットはたわいないおしゃべりを楽しみながら、ひたすら河原を歩いていった。

 少し疲れて、自動販売機で缶コーヒーを買い、河原に座った。

 ガーネットはエネルギーが切れない限り歩きつづけられるし、疲れを知らないが、僕の隣にぴとっと腰を下ろした。

 山城川を眺める。

 川へルアーを投げている人物がいた。

 ブラックバス釣りをしているようだ。

 僕も大学時代にやっていた。

 楽しかったが、少しでも早くお金を貯めるために、ロッドやリール、ルアーを中古釣具店に売ってしまった。

 就職してからは、まったく魚を釣っていない。

 僕とガーネットはその釣り人と隣に立っている恋人らしい女性を眺めた。

 釣り人は見事にブラックバスを釣り上げ、恋人に見せていた。


 あれ?

 あの釣り人は三浦大吉みうらだいきちじゃないか?


 三浦は河城市役所の職員で、僕の同期だ。

 仕事ができるやつと評判で、職員課人事係に所属している。

 職員課は秘書課や財政課と並ぶエリートコースだ。

 有能だが、気取らないさっぱりとした性格の男で、僕と三浦は割と仲がよかった。


「あいつは職場の友だちなんだ。声をかけてくる」

「あたしも行く。数多の友だちなら、紹介してくれよ」

「わかった。一緒に行こう」


 僕とガーネットは川岸まで歩いた。

「こんにちは、三浦。ブラックバスを釣ったところ、見ていたぞ」

「波野か、こんにちは」

 三浦は僕を見て、それからガーネットに視線を移し、目を見開いた。

「おい、このすさまじい美少女は誰なんだ? まさかおまえの彼女か?」

「そのまさかだよ。名前は細波ガーネット」

「信じられない。おまえ程度のやつが、こんな絶世の美少女と付き合っているとは」

「失敬なやつだな。おまえこそ、可愛い彼女を連れているじゃないか」

 僕は三浦の隣に立っている女の子を見やった。20歳くらいに見える整った顔立ちの女性で、身長は155センチほど。綺麗なストレートの黒髪を腰のあたりまで伸ばしている。

「こいつはアンドロイドだ。友浦理沙ともうらりさと名付けた。人間と付き合うより楽だから、恋人になってもらっている」

「そうなのか。実はガーネットもアンドロイドで、僕の恋人なんだよ」

 僕と三浦はふたり同時にニヤッと笑った。

「仲間だな」


「ガーネット、こいつは僕の職場の同期で、三浦大吉だ」

「こんにちは、ガーネットさん。三浦です」

「こんにちは、大吉。細波ガーネットだ。数多の友だちなら、あたしの友だちも同然だ。仲よくしてくれよ。タメ口でいいだろ?」

 ガーネットがそう言うと、三浦が驚いた顔をした。

「ああ、それはかまわないが……。おい、波野、このアンドロイド、すごい個性だな。高かったんじゃないか?」

「うん。プリンセスプライド社のハイエンドモデルだ」

「すげえな。表情が豊かだ。それに、造りが精巧で、めちゃくちゃ美しい」

「おいおい、そんなに褒めると、おまえの恋人が拗ねるぞ」 

「理沙は拗ねたりしないさ。アンドロイドにそんな感情はない」

 そうか。感情があるアンドロイドはガーネットだけだったっけ。

「理沙、この男は波野数多。なかなか仕事ができるやつで、おれのライバルだ」

 僕はとてもじゃないが、三浦のライバルにはなれない。そんなに有能ではない、と思ったが、黙っていた。

「コンニチハ、波野サン。オアイデキテ光栄デス」

 友浦理沙の口調は単調で、個性が感じられなかった。

 ふつうのアンドロイドってこんなものなのか、と僕は内心で驚いた。ガーネットとはずいぶんとちがう。

「こんにちは、理沙さん。三浦には職場でお世話になっています」

「コチラコソオ世話ニナッテオリマス」

「理沙、あたしはガーネットだ。よろしくな!」

「ヨロシクオ願イシマス、ガーネットサン」

「固いぞ、理沙。タメ口で行こうぜ」

「タメ口ハムズカシイデス。ワタシハ苦手デス」

「そうなのか? じゃあ好きにやろうか」

「ハイ。コノ話シ方ヲ使ワセテイタダキマス」

 

 三浦は興味深そうにガーネットと理沙の会話を聞いていた。

「理沙もプリンセスプライドのアンドロイドだが、廉価版なんだ。ハイエンドモデルはすごいな」

 ガーネットはハイエンドモデルを超えるスーパーアンドロイドなのだが、そのことは本田浅葱との秘密だ。

「そうだな。ガーネットは個性的だよ。とても気に入っている」

「うらやましいな。おれも金を貯めて、ハイエンドを買おうかな」と三浦が言ったとき、ガーネットの表情が変わった。明らかに怒っていた。

「おい、理沙がかわいそうじゃないか。死ぬまで大事にしてやれよ!」

「えっ? 壊れるまで買い替えちゃだめなのか?」

「大吉、理沙は恋人なんだろ? 大切にしてやれよ。あと、壊れるとか言うな。人間と同じように、死ぬって言えよ」

「わかったよ。もちろん理沙は大切にする」

 三浦はガーネットの迫力に圧倒されていた。

 彼は僕にそっとささやいた。

「波野、ガーネットちゃんと仲よくやれよ。おれはここまでの個性をアンドロイドに求めてはいないが……」

「ははは……。ガーネットは特別製なんだよ。僕はこのくらいの個性派が好きなんだ」

 僕は適当なことを言って誤魔化した。ガーネットは本当の感情を持っている可能性が高いとは言えない。

 

 僕とガーネットは、三浦と理沙と別れて、散歩をつづけた。

 ガーネットは本当に特異なアンドロイドらしい、と僕はようやく実感していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る