第27話 本田浅葱からの電話

 4月9日金曜日。

 今日は管財課親睦会の歓送迎会がある日だ。

 僕は幹事として、会を仕切らなければならない。

「今日は課の飲み会があるから、晩ごはんはいらないよ」とガーネットに伝えた。

「また茜と飲むのか」

 彼女は頬を膨らませた。

「歓送迎会だよ。本田さんも参加するけれど、13人で飲むんだ。僕は幹事だし、本田さんとゆっくり話している時間なんてないよ」

「茜と仲よくするなよ」

「特別仲よくはしないよ。仲悪くはできないけれど」

「ちぇっ、あたしも参加したい」

「無理を言うな。歓送迎会なんて、仕事みたいなもので、別に楽しくはないよ」

「わかったよ。おとなしく留守番してるぜ」

「うん。土日は休めるから、デートしよう」

 ガーネットがにぱっと笑った。

「おう。楽しみにしてるぜ!」


 いつものように出勤し、たまっている仕事に取りかかる。

 急ぎの仕事をかたづけ、今夜の歓送迎会の段取りを考えていたら、本田さんから声をかけられた。

「波野先輩にお電話です。浅葱姉さんから」

「本田浅葱さんから?」

 僕は受話器を受け取った。

「はい、お電話かわりました、波野です」

「おはようごさいます、波野さん。本田浅葱です」

「おはようございます。いつもお世話になっております」と僕は定型句を述べた。

「こちらこそお世話になっています。妹とガーネットのふたりも」

「茜さんは優秀ですよ。ガーネットには僕が世話をしてもらっています。とても素晴らしいアンドロイドで、料理も上手です」

「それはよかった。そのガーネットの件で、波野さんにお願いがあるのですが」

「なんでしょうか」

「ガーネットに会いたいのです。波野さんと暮らして、なにか変化があったか知りたい。明日か明後日、お宅にお邪魔させていただけないでしょうか」

「僕の部屋に浅葱さんが来るんですか? 古くて狭いアパートですよ?」

「私がつくった最高のアンドロイドが、波野さんとどのように共存しているか、興味があるのです。ぜひ、ふだんのようすを拝見させていただきたい」

 本田浅葱さんはVIPで、最高額納税者である。無碍にはできない。

「承知しました。いいですよ」

「できれば明日の土曜日がよいのですが。そして本当に厚かましいお願いですが、お昼にお邪魔して、ガーネットの料理を食べさせてもらいたいのです。もちろん報酬はお支払いします。10万円でいかがですか?」

 僕は小さくため息をついた。

「公務員は副業をすることはできないって、伝えましたよね」

「これは副業ではありません。報酬ではなく、昼食をごちそうになるお礼として受け取っていただけませんか」

「お金はいりません。うちの貧しい料理でよければ、ごちそうしますよ。本当に貧困な昼食ですよ」

「それでいいのです。ふだんのガーネットの料理を食べさせてください」

「わかりました。僕の住まいはご存じですよね」

「契約書に書かれている住所でよろしいのですよね?」

「そうです。白根アパート201号室」

「何時におうかがいすればよろしいですか?」

「昼食を食べたいのですよね。正午に来てください」

「承知しました。突然のお願いを聞き入れてくださって感謝します。では明日、よろしくお願いします」

「お待ちしております」 

 相手が電話を切るのを待ってから、僕は受話器を置いた。 


「姉さん、なんの用件だったんですか?」

「明日、僕の部屋に来ることになったよ」

「えーっ、なんですか、それ。わたしも行きたいです」

「プリンセスプライドの社長として、ガーネットを見たいって用件だよ。本田さんには関係ない」

「わたしは先輩と遊びたいです」

「ガーネットが嫌がるからだめ」

「えーっ、可愛い後輩のお願いでもだめですかあ?」

「可愛いからなおさらだめなんだよ。ガーネットが嫉妬する」

「あ、わたしやっぱり可愛いんですね。うふふっ、嬉しいなあ。姉さんに頼んで、同行させてもらいますから」

「だめだって言ってるだろ」

「絶対に行きます。姉さんのお供で」

 僕は頭を抱えた。


 ガーネットにメールを送った。

『明日の12時、本田浅葱と茜の姉妹が僕たちの住まいに来ることになった。昼食を食べさせてあげてくれ』

 返信は迅速だった。

『やだ。明日はデートでしょ。断って』

『浅葱さんは河城市のVIPなんだよ。断れない』

『じゃあ、茜だけでも断って』

『無理そうだ。強引に押しかけてくるよ』

『ちっ、明日は浅葱、茜と対決だな。わかった、受けて立つぜ』

『対決? 昼食を食べてもらうだけだよ』

『あたしにとってはそれだけでも対決なんだよ。よき恋人であるところを見せつけてやるぜ』

『浅葱さんからのリクエストは、ふだんのごはんを食べさせてほしいってことだ。特別な料理はいらないから』

『そんなお金はないからな。適当につくった料理でいいだろ?』

『それでいい。頼むよ』

『了解。この埋め合わせはしてもらうからな』

『日曜日には絶対にふたりでデートするよ』

『よろしい。エスコートしてくれよ』

 ガーネットの了解を取った。ふう。


「本田さん、浅葱さんと一緒に来ていいよ」

「じゃあ、明日は茜と呼んでくださいね。姉さんも本田だから」

「茜さんと呼ぶよ」

「呼び捨てでいいのに」

「ガーネットが嫉妬する」

「うぷぷっ、させてください」

「嫌だ」

 僕は断固として拒否した。

「そこ、おしゃべりがすぎるぞ。仕事しなさい!」

 矢口補佐に注意されてしまった。

「すみません」

 僕は首をすくめた。

「はい」

 本田さんはすました顔で平然としていた。 

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