第30話 ガーネットのもてなし料理
「つくしははかまを取り、灰汁抜きをして、出汁と醤油で味付けをした。けっこう手間がかかったぜ」
ガーネットは胸を張っていた。
僕はつくしの煮びたしを食べた。適度な苦みがあって美味しい。春の味だ。
「これは珍味だな。ガーネットにこんな料理ができるとは驚きだよ」
「むむむ。悔しいですが、認めざるを得ません。美味しい。つくしを食べたのは初めてです。ちょっと驚きました」
「えへへ。次の料理は揚げ物だ。揚げたてを食べてもらうから、少し待っていてくれ」
しばらく待っていると、ガーネットが大皿にフライを山盛りにして持ってきた。
「塩胡椒で味付けした魚のフライだ。なんの魚が当ててみてくれ」
食べてみると、淡泊な白身魚の味がした。魚種は見当もつかない。
「あっさりして、美味しい魚だ。これは高くはないのか?」
「材料費は無料だ。山城川で学生たちが釣りをしていた。頼み込んで、釣れた魚をもらったんだよ」
「まさかブラックバスか?」
「さすが数多。当たりだぜ。これはブラックバスのフライだ」
「うう……。これで材料費無料ですか。なかなかやりますね、ガーネットちゃん」
僕たちは大皿のフライを残らず食べた。
「現地で血抜きをした。これも手間をかけているんだぜ」
「愛情を感じるね。成長したな、ガーネット」
「血も涙もないテストを繰り返した浅葱があたしを褒める日が来るとはな。そこそこ嬉しいぜ」
ガーネットは不敵な笑みを浮かべていた。人間的な表情だ。
「きみには本当に感情がある。そうだな?」
「あるね。あたしはほんとに喜んでいるんだ」
浅葱さんも満足そうに微笑んでいた。
ブラックバスのフライの次に、ガーネットはお茶碗を3つ運んできた。
「締めの料理は筍ごはんだ。筍は竹やぶの前にあった無人販売所で買った。でかいやつ1個で100円。無料じゃないけど、材料費は安いぜ」
筍ごはんも旨かった。コリッとした食感が楽しい。
「これも美味しいよ。私のアンドロイドが独創でこんなメニューをつくったとは誇らしい。ありがとう、ガーネット」
「ふふっ。どれもレシピどおりにつくっただけなんだがな。つくしの煮びたし、ブラックバスのフライ、筍ごはんを食べてもらおうとしたのは、確かにあたしの独創だ。河城市の食材を堪能してもらいたかった」
「ガーネットちゃんが料理上手だと認めます。おかわりはできますか?」
「おう、筍ごはんはたくさんあるぜ」
ガーネットは茜からお茶碗を受け取り、おかわりを運んだ。
僕は筍ごはんを3杯も食べてしまった。
食後にガーネットがコーヒーを出した。
「安いインスタントコーヒーで、数多は泥水コーヒーと呼んでいるが、飲めるかな?」
浅葱さんが口をつける。彼女は苦笑した。
「面白い味だ」
「わたしは意外と美味しいと思います」
僕は黙って泥水コーヒーを飲んだ。旨くはないとわかっているが、慣れ親しんだ味だ。
「ところで、ガーネットは嫉妬という感情を覚えたらしいが、事実か?」
「まあ、数多に女が近づくと、嫉妬するな。しかし、あまりに嫉妬深い女は男に嫌われると少女漫画で学んだぜ」
ガーネットは僕の左腕に抱きついた。
茜が面白くなさそうな表情になった。
「嫉妬はするより、させる方が面白い。あたしはもっといい女になってやるぜ」
「ははははっ。きみは研究所にいたときより、さらに人間的になったな。それを確認できて、今日はとても有意義だ」
僕は黙って女たちの会話を聞いていた。本当に雑談が苦手なのだ。
「明日、あたしは数多とラブラブデートだ。羨ましいか、茜」
「妬ましいです。波野先輩、今度、わたしともデートしてください」
「僕とデートしても面白くないよ。お金がないから散歩するだけだし、話題も少ない」
「先輩と散歩デートしたいです! 来週の週末は空いていますか?」
僕はガーネットを見た。彼女は首を振った。
「ごめんね。恋人の許可が得られない」
「むふーっ、アンドロイドの意志なんか確認しないでください。先輩はわたしとデートしたくないんですか?」
「それは……してみたいかも……」
僕がそう言うと、ガーネットが頬を膨らませた。
「数多、浮気はだめだ!」
「ほう、本当に嫉妬しているようだな」
「先輩、デートしましょう! 人間の女の子のよさを教えてあげます」
「だめーっ! 数多はあたしの男だ!」
ガーネットが僕に強くしがみついた。
「ごめん、茜さん。ガーネットは僕の大切な恋人だ。他の女の人とデートはできないかな」
「一途なんですね。くーっ、そんなところも魅力的です。略奪したくなります」
ガーネットが茜を睨み、彼女は睨み返した。
浅葱さんはスマホで運転手と話していた。
「波野さん、今日はとても楽しく、有意義でした。またお会いしたい。今度はわたしにごちそうさせてください」
「そうですね。本音を言うと、たまには贅沢なものを食べてみたいかな」
「リクエストはありますか?」
「鰻とか和牛とか、全然食べていないです。あ、なんだかおねだりしているみたいで、はしたないですね。忘れてください」
「忘れませんよ。それと、今日、美味しい料理を食べさせてくれたガーネットにもプレゼントをしたい。運転手に持ってこさせたから、ちょっと待っていて」
浅葱さんは席をはずし、しばらくしてから戻ってきた。彼女は大光百貨店の紙袋を持っていた。
ガーネットが受け取り、袋の中を見た。
「服だ! 下着もある。ありがとう、浅葱!」
彼女は素直に喜んでいた。
女性の服はそれなりのものを買おうとすると、値が張る。僕にとってもありがたいプレゼントだ。
「私と会ってくれれば、またプレゼントするよ。おしゃれをしたいだろう、ガーネット。きみが綺麗に装えば、恋人も喜ぶと思うよ」
「くっ、あたしの弱点を突くとは、策士だな、浅葱」
「私からきみへの純粋な好意だと思ってほしい」
「姉さん、ガーネットちゃんにあんまり贔屓しないでよ。わたしはいま、波野先輩のことが気になっているんだから」
「うふふ、がんばりなさい」
浅葱さんが僕に向かって頭を下げた。
「これで失礼します。今日はありがとうございました」
茜は僕に軍隊式の敬礼をした。
「先輩、ありがとうごさいました。あなたとデートするの、あきらめませんから。きっと気を変わらせてみせます」
彼女はガーネットにもお礼を言った。
「今日の料理はとても美味しかったわ、ありがとう」
「お粗末さまでした」
ガーネットは最後にはきちんと礼儀を示した。
ふたりのお客さんが帰った後、僕はもう1杯コーヒーを飲んだ。
「ありがとう、ガーネット。素晴らしいもてなしだった。惚れ直したよ」
「それが聞きたくて、がんばったんだ。えへへへへ」
ガーネットが僕にデレている。
まんざらでもない気分だ。
「しかし茜のやつ、数多に横恋慕してやがる。困ったもんだぜ」
「あれはほとんど冗談だと思うよ。本田家のお嬢様が僕なんかを相手にするはずがない」
「数多は自己評価が低すぎる。あいつは本気だぜ」
ガーネットが腕組みをした。
僕はコーヒーを飲み干した。
そんなことはあり得ない、と思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます