第31話 春雷と停電
本田姉妹が帰った後、急激に天候が悪化し、激しい雷雨になった。春雷だ。
外で雷光が輝き、遅れて大きな雷音が響き渡る。
「すごい雨になったな」
「これが雷か。初めて見た」
「そうか。ガーネットがうちに来てから初の雷だな」
「その前は研究所とデパート内の販売店にいたから、雷を見る機会はかなったんだ」
「感想は?」
「怖い」
ガーネットは本当に怖がっていて、震えていた。
僕は彼女を抱き寄せた。
夜になっても雷雨はつづいた。
夕食を取っているときに、停電になり、家の中が急に暗くなった。
僕はスマホで押し入れを照らして懐中電灯を探し出し、そのスイッチを入れた。
電灯をテーブルに置いてごはんを食べた。
その間、電気は復旧しないままだった。
食後、スマホで情報を探った。
「河城市内の変電所に雷が落ちたらしい。復旧にはけっこう時間がかかるみたいだぞ」
「本当に雷は怖いな」
雷雨は午後8時頃にやんだが、停電はまだつづいていた。
「もしバッテリーが尽きて、あたしが活動を停止したら……」
「活動停止? 死んだりはしないよな?」
僕の心は一気に暗くなり、不安で満ちた。
「安心しろ。死にはしない。ただ、自力で充電できなくなる可能性があるから、そのときは数多がこのケーブルを使って、あたしに充電してくれ。うなじのUSBポートとコンセントを繋ぐんだ」
「わかった。必ず充電する」
ガーネットは微笑んだ。
暗闇の中でセックスをした後、ガーネットは充電ケーブルをコンセントに繋いで休眠状態に入った。
停電はまだつづいている。
僕は心配でなかなか寝付けなかった。
翌朝になってもまだ電気は復旧していなかった。
ガーネットは休眠状態のままで、起き上がってこない。
くそっ、電力会社はなにをやっているんだ。
ここのところいつもガーネットが朝食をつくってくれている。
自分で朝ごはんを用意するのは久しぶりだ。
停電しているので、トーストを焼くこともできない。
久しぶりにカップ麺を食べた。
以前ほど美味しいとは思えなかった。
たった1食抜いただけなのに、無性にガーネットの料理が食べたかった。
ガーネットは休眠している。
その寝顔は美しいが、表情がない。
彼女の可愛さはその造形に起因するものではなく、豊かな表情があってこそなのだと思い知った。
活き活きと活動しているガーネットを見たい。
僕は彼女が眠っている布団のそばに座り、見守って時間を過ごした。
停電しているので、アニメを見ることはできなかった。もし視聴できたとしても、ガーネットが気になってそれどころではなかっただろう。
午後1時に通電した。
ガーネットの充電が始まったが、すぐに目覚めてくれるわけではない。
1日に6時間の充電が必要だ。
7時になれば、彼女は万全な調子になって、起き上がってくれるはずだ。
スマホの着信音が鳴った。
「はい、波野です」
「本田浅葱です。ガーネットの具合はいかがですか?」
「いまはまだ休眠しています。充電ケーブルを繋いでいますから、今日中には起きてくれると思います」
「もし、充電中にまた雷が鳴ったら、ケーブルをはずしてください。ガーネットは高度なコンピュータと同様に扱わなければなりません。落雷で故障する怖れがあります」
「わかりました。気をつけます」
「万が一故障したら、私に直接ご連絡ください。ただちに修理します。ガーネットに深刻な故障が起きたら、対応できるのは私ひとりです。彼女は飛び抜けて特殊な個体なので、弊社の標準的なメンテナンススタッフでは手に負えないのです」
「そのときはよろしくお願いします。いくらお金がかかっても直します。借金をしてでも」
「まさか。お金なんていただきませんよ。ガーネットは奇蹟のアンドロイドです。失いたくない」
「ありがとうございます。そう言っていただけると、心強いです」
「では、ガーネットをよろしくお願いします」
「はい」
電話が切れた。
世界最高クラスのアンドロイド制作者からの連絡。
僕はいまものすごい頭脳の持ち主と通話したのだ。
動かないガーネットを見ながら、僕はその縁の貴重さについて考えていた。
午後7時きっかりにガーネットが再起動した。
「おはよう、数多」
「おはよう、ガーネット。もう夜だけどな」
「よく寝たぜ」
「気分はどうだ?」
「すこぶる快適だ」
「僕はお腹が空いたよ」
「すぐに夕食をつくってやる」
ガーネットはキッチンへ行き、冷蔵庫を開けた。
「今日はデートできなかった。残念だ」
「僕はずっときみの寝顔を見ていたよ。ガーネットは美しい……」
「女の寝顔をずっと見ていたのか? 数多の変態!」
「変態とはなんだ。僕はきみの心配をしていたんだよ」
「それは嬉しいけどさあ、ずっと見られていたなんて、なんか恥ずかしいよ」
「わかったよ。今度同じようなことがあったら、そっとしておく」
ガーネットは冷蔵庫から卵を取り出しながら、ボソッと言った。
「いいよ……。また見守っていてくれ……」
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