第25話 居酒屋魚昇
僕たちは村中さんの行きつけの居酒屋、
魚貝類が安くて美味しく、焼き鳥やもつ煮込みも旨い老舗だ。
「まずは生ビールでいいか?」と村中さんが他の3人に訊いた。
竹内さんと僕はいつものようにうなずき、「わたしもそれでお願いします」と本田さんが答えた。
「生ビールを4つ。中ジョッキで」と村中さんが注文した。
すぐにキンキンに冷えた生ビールが運ばれてきた。
「では、本田さんの管財係への配属を歓迎して、乾杯しよう」
「乾杯!」
僕たち4人はジョッキを合わせた。キン、という心地よい音が響いた。
僕はごくりとひと口飲んだ。
村中さんはごくごくと半分ほど飲み、ぷはーっと息をついた。
「旨い!」
酒豪の竹内さんは一気にジョッキを空にしてしまった。いつものことで、驚かない。
しかし、本田さんも同じように一気飲みして、けろっとしていたので、びっくりした。
「いい飲みっぷりね、本田さん」
「ビールなんて水みたいなものですよ」
怖ろしい女性たちだ。僕は唖然とし、村中さんは声をあげて笑った。
「私は日本酒をいただくわ。本田さんはどうする?」
「わたしもお酒にします。純米酒を飲んでもいいですか?」
竹内さんが村中さんに目で訊いた。
「好きなものを飲めばいいさ」
「神亀純米を2合ください。冷やで、お猪口ふたつ」
「おれも飲む。お猪口は3つ頼む」
魚昇の店員は反応が速い。2合徳利とお猪口が3つ、すばやく運ばれてきた。
村中さんもビールを飲み干した。
本田さんが村中さんと竹内さんにお酌をし、竹内さんが本田さんのお猪口に酒を注いだ。
瞬く間に僕以外の全員が日本酒を飲み始めた。
なんという人たちだ。
酒好きにもほどがある。
3人はすぐに2合徳利を空けてしまい、純米酒をおかわりした。
彼らは適度に酔い始めた。
みんなお酒ばかり飲んでいる。
僕は刺身の盛り合わせともつ煮込み、おこぜの唐揚げを注文した。
「土曜日に公園で犬の散歩をしていたらさあ、波野くんがものすごい美少女を連れていたのよ。恋人なんだってさ」
「おう、その話を聞きたかったんだ。波野くん、どこで知り合ったんだ?」
「買ったんですよ」
「買った? 美少女をか? おいおい、犯罪じゃねえか」
「美少女と言っても、人間じゃありません。アンドロイドですよ」
「そうなんです。美少女アンドロイドを恋人にするなんて、いいんですか? どう思います、村中さん?」
「いいんじゃねえか、別に。人間の女は面倒くせえからな」
「ひどい!」
本田さんが僕を上目遣いで見つめていた。
「波野先輩はガーネットちゃんを本気で好きなんですか?」
「好きだよ」
「ガーネットというのが、アンドロイドの名前なのか?」
「細波ガーネットです」
「細波ガーネットちゃん。麗しい名前だねえ」
「本当にアンドロイドを好きなの?」
「ガーネットはとても人間的なんです。ほんとに好きですよ」
「先輩、ガーネットちゃんをライクではなく、ラブしているんですか?」
「そうだね。愛してるよ」
僕以外の3人が一斉に杯を干した。
「このしあわせ野郎が」
「人間の女性の魅力にも気づきなさい」
「先輩のバカ」
僕がようやく中ジョッキを空にしたとき、お酒の徳利が6本転がっていた。
村中さんと竹内さんは幕末の人物について熱く激論を交わし、本田さんは僕に絡んでいた。
「波野先輩さあ、こんなに可愛い後輩がいるんだから、アンドロイドにばかり惚気てないで、ちょっとは人間の女の子を愛してくださいよ」
「酔っているのか、本田さん」
「酔ってなんかいませんよーだ。そりゃあ完璧に造形されたアンドロイドには外見ではかないませんよ。でも、人間の女の子にはアンドロイドにはない良さがあるんですう」
「たぶんそうなんだろうけどさ、僕は人間の女の子にモテたことがないんだよ」
「そうなんですか? そこそこのイケメンなのに」
「僕はまったくイケメンじゃない」
「ふーん、そう思っているんだ。女の子に対して、消極的なタイプですね?」
「まあ、そうかもね」
「じゃあ、今日から積極的になってくださいよ。あ、純米酒のおかわりとお猪口をひとつ追加してください」
店員が注文に応じた。
本田さんが僕にお猪口を渡し、お酒を注いだ。
日本酒なんて飲んだら、僕も酔っ払ってしまう。
「僕にはもうガーネットがいる。人間の恋人なんていらないよ」
「アンドロイドは恋人じゃなくて、愛人という扱いでいいじゃないですか。人間の恋人もつくりましょうよ」
「愛人?」
「だって、しょせんは機械なんですから。人間の恋人をつくったって、嫉妬はしないでしょう?」
僕はお猪口を空けた。美味しいお酒だ、と思った。すかさず本田さんがお酌をした。
「それが嫉妬するんだよ、ガーネットは」
「本当ですか? さすが浅葱姉さんが最高傑作と言うだけはありますね」
「最高傑作?」
「PPA-SAT-HA33-1は最高傑作だって姉さんが言ってました。惜しむらくは、第2号が造れない偶然の産物だって、なげいていましたよ」
「そうらしいね。本田浅葱さんからそんなようなことを聞いたよ」
「嫉妬するアンドロイドって面白いですよね。それなら、嫉妬させましょうよ」
「もうすでに嫉妬しているよ。本田さんとお酒を飲みに行くとメールしただけで、浮気するなって怒ってる」
「ひえーっ、すごいアンドロイドですね。わたしとふたりだけで飲みに行くと誤解しているんですか?」
「ちがうよ。係の同僚と飲みに行くって伝えたら、本田茜も一緒なのかって向こうから訊いてきたんだ」
「ぷくく。ガーネットちゃんはわたしをライバル認定しているんですねえ」
本田さんがぐいっと飲み、僕は彼女のお猪口に酒を入れた。
「さすがはPPA-SAT-HA33-1ですね。女の勘ってやつを持っているのかもしれません」
「女の勘?」
本田さんが声を小さくした。
「わたし、波野先輩のことをけっこう気に入ってるんです。好きなタイプってやつですね。そこそこ外見がいいのに、少しもそれを鼻にかけていなくて、真面目で、誠実そうで。それに、初心そうなところもいいですね。そそられます」
彼女は肉食獣のような目で僕を見つめていた。
それはけっして不快な目付きではなかった。
僕はその漆黒の瞳を見つめ返した。
ガーネットがいなかったらいちころだったかも、と思った。
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