第7話 アンドロイドに心はあるか?

 窓の外が暗くなってきた。夜が近い。

 僕はダイニングキッチンの照明をつけた。

「そろそろ夕食の時間だな。あたしが数多のために料理をつくってやるぜ」

 ガーネットが僕に断りもせず、勝手に冷蔵庫を開けた。

 中に入っているのは、紙パックの野菜ジュースと卵だけ。

「おい、食材がないぞ」

「僕の食事は基本的にカップ麺と野菜ジュースとゆで卵だ。朝食と夕食はたいていそれだけを毎日食べている。昼食はコンビニで買うおにぎり2個が定番だ」

「そんな食生活はだめだ。栄養バランスが悪すぎる。早死にしてしまうぞ」

「節約生活をしているって言っただろう」

「そんなにアンドロイドがほしかったのか?」

「ああ、モテない僕にとっては、なによりもほしいものだった。実際、ガーネットを買えて満足しているよ。これからおまえと暮らすのが楽しみだ」

「そう言ってもらえるのはうれしいけどさ、人間にとって食事は大切だ。食生活を改善しようぜ」

「僕だってそうしたいけれど、少なくとも、来月の給料日が来るまでは無理だ。ガーネットを購入して、本格的にお金がなくなった。節約生活を続行するしかない」

「数多!」

 ガーネットが僕をひしと抱いた。体温は冷たいが、特殊樹脂の身体が柔らかい。僕は陶然となってしまった。


「ガーネット、僕の夢がかなったよ。綺麗な女の子に抱きしめてもらうのが、長年の夢だった。もう死んでもいい」

「なにをバカなことを言っているんだ。数多はこれから、あたしと部屋の中でいちゃいちゃしたり、えっちしたり、デートしたり、地に足をつけて暮らしたりして、ずっと生きていくんだ。あたしより先に死ぬなんて許さねえぞ!」

「えっちか。本当に夢のようだな。最高に綺麗なおまえとえっちできるのか」

「最高に綺麗?」

 ガーネットの顔が赤くなる。

「ああ、おまえは世界で一番美しい」

「ひうっ、恥ずかしいから、そんなことを言うな」

「事実だろ。いくらでも言うぞ。おまえより綺麗な女の子はこの世に存在しない。大好きだ」

「ちょっ、待て。あたしの脳がオーバーヒートしちまう」

 本当にオーバーヒートしそうなほど、彼女の顔は赤く、体温も上昇しているようだ。

「愛してるよ、ガーネット」

「あたしもだ、数多。なあ、顔とかスタイルとかだけじゃなくて、あたしの心も好きか?」

 その発言に、僕はちょっとびっくりした。

「アンドロイドに心はあるのか?」

「あるさ! 他のアンドロイドのことはわからないが、少なくともあたしにはある。数多を好きになったし、愛してるって言ってもらえて、すごくうれしいんだ」

「そうか。心があるんだな。信じるよ。おまえの心も愛している。不良少女っぽいその口調も、すぐに抱きついてくるところも、僕の栄養状態を心配してくれるところも、なにもかも好きだ」

「数多ぁ、うれしくて泣きそうだよ。涙を流す機能はないんだけどな。泣くという概念は理解している」

「おまえを買って本当によかった」

 僕の方が泣きそうだ。


 僕はカップヌードルを食べた。お湯を注いで、3分間待たず、硬めの麺をすする。

「なあ、それ、美味しいのか?」

「まあ、それなりに美味しいよ。毎日食べているから、飽きているけどな」

「味覚がないのが残念だ」

「僕だけ食べてごめん」

「気にするな」

 ガーネットは僕の対面に座り、じっと僕が食べるのを見つめている。その口元は微かに笑っていた。

「なんで笑っているんだ?」

「数多が食事をしているのを見ていると、うれしいんだ。生きているんだなって思う」

「アンドロイドは生きているのかな?」

「厳密に言えば、生きてはいない。あたしたちは生物ではないからな。でも、生の定義を拡大すれば、生きていると言えないこともない。あたしには喜怒哀楽があるし、生きているって実感がある。死ぬのは怖い」

「死が怖いのか。人間と同じだな」

「ああ、死んじまうってことは、数多と別れるってことだろ。すごく嫌だ」

 僕はいったん箸を置いた。

「僕もおまえが死ぬのは嫌だ。でも、人間はいつか絶対に死ぬし、アンドロイドは壊れる。限られた時間しかともにいられない。その時間を大切にして生きよう、ガーネット」

「数多、おまえの言葉はとても素敵だ。どうしてそれでモテなかったんだ?」

「こんなこと、アンドロイドにしか言えないよ。僕は内気なんだ」

 僕はガーネットの赤く美しい瞳を見ながら言った。この子にしか言えない。この子になら言える。

「感激したぜ、数多。あたしにだけその素敵な言葉を伝えつづけてくれ!」

「ああ、そうするよ」

「絶対に浮気するなよ」

「しないよ。ガーネットさえいれば満足だ」

 僕は野菜ジュースを飲み、ゆで卵を食べた。

 ガーネットと一緒にいるから、いつもより美味しい。

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