第5話 不良美少女アンドロイドの名前

 僕はついに念願の美少女アンドロイドを手に入れた。

 それもプリンセスプライド社のハイエンドモデル。

 謎のAI欠陥品で不良少女型という不安要素もあるが、総じて満足だ。大満足と言ってもいい。

 人間ではあり得ないレベルの超美少女だから!

 現代日本のアイドルなんて目じゃない。

 傾国の美少女って感じ。

 クレオパトラ、楊貴妃、虞美人、貂蝉、小野小町とか歴史上に冠たる美女を持ってきて、やっと比較できるレベルだと思う。その17歳くらいのバージョン。

 僕はそんな綺麗で可愛いアンドロイドをともなって、大光百貨店から出た。

 仕事でも使っている黒い鞄の中には、使用説明書や契約書、付属品の充電用ケーブルなどが入っている。


「331、僕の家に帰るぞ。家というか、アパートだけどさ」

「うん!」

 331は僕の左腕に抱きついてきた。

「お、おい、ちょっとやめろよ」

「えーっ、なんで? 腕に抱きつくくらいいいじゃん!」

「見られたら恥ずかしいだろ。てか、すでに周りの人たちから見られてるし。おまえはすごい美少女なの! 注目を浴びてるよ!」

「見られたってかまわない」

「僕がかまうの! いちゃいちゃするのは、部屋の中だけだ。命令だ、離れろ!」

「ちえーっ」

 331が僕の腕を離した。しかし、すごく近い距離で寄り添うように歩く。僕の左腕と彼女の右腕がときどき当たる。ドキドキした。

 僕は市街地を南へ10分ほど歩いた。山城川の河原に行き当たり、今度は土手を東に向かって歩く。

 時刻は午後4時。空は快晴だった。

 河原ではたんぽぽが咲き、ひばりが鳴いている。


「331が買えてよかったよ」

「あたしもマスターに買ってもらってよかったぜ!」

「どうして? 僕なんて平凡で冴えないただの地方公務員だよ」

「自分で冴えないなんて言うな! マスターはいい男だ! 誇りを持て!」

「僕がいい男? どのへんが?」

「全部!」

「アンドロイドだからって、僕に媚びなくてもいいんだ。正直に言っていいよ。僕はたいした男じゃない。平々凡々だ」

 僕がそう言うと、331はぷくっと頬を膨らませた。特殊樹脂で造られた顔は表情豊かだ。

「あたしは正直に言ってる! とにかくマスターはいい男なの! 大好きだぜ!」

 彼女は今度は僕の胴体に抱きついてきた。犬の散歩をしている中年女性が、僕たちをびっくりした顔で見ていた。これじゃあバカップルだ。

「離れろ、331!」

「離れるからさあ、さっさとあたしの名前を考えてくれよ。その331って呼び方、好きじゃない」

「わかってる。無機質な感じで嫌だよな。さっきから考えてはいるんだよ。いくつか思いついている」

「本当か? 聞かせてくれよ!」


 僕はにやっと笑って言った。

「アンドロイドだから、安藤ロイ」

「そんな安易な名前は嫌!」

 331が僕のお尻を軽く蹴った。ふつうのアンドロイドはこんなことはしないんだろうな、と思った。

「冗談だよ。きちんと考えてある」

「よかった。今度は冗談なしだぜ?」

「うん。まずは姓だけど、さざなみってのはどうだ? 細い波と書いて、細波」

「さざなみ、細波かあ、響きはいいね」

「僕が波野だから、なんか相性がいい感じだろ?」

「いっそ波野でいいんだぜ? 結婚してるって設定にしようよ?」

「僕は恋人で同棲してるって設定がいいな。ドキドキする」

「わかった。あたしもその設定はときめいてドキドキする」

 アンドロイドも本当にときめくのだろうか? 高性能AIは感情を持っているという説もあるが、証明はされていない。

「いま脳内でネットに接続して調べた。細波には『心の小さな動揺、小さな争い・不和』という意味がある。不吉じゃないか?」

「そういう意味があることは知ってる。でも僕には細波は『美しく可憐な波』というイメージがあるんだ」

「マスターがそう言うならいいぜ。細波で決定だ!」

 不良美少女アンドロイドが微笑んだ。心を狂わせるような笑みだった。抱きしめたくなる。


「姓は決まった。名前は? きちんと命名してくれよ?」

「細波の瞳の虹彩の色は赤だ。赤い宝石の名前にしようと思う」

「すると、あたしは細波ルビーか?」

「ルビーも赤い宝石だけど、そうじゃない。それだと、僕の好きなアニメのキャラクターとかぶっちゃうんだ。おまえの名前はガーネットだ」

「細波ガーネット?」

「そう、細波ガーネット」

「素敵な名前だ。マスターはネーミングセンスがいい。ありがとう、数多」

「数多? そう呼べって命令はしていないぞ」

「名前呼び捨て以外は考えられない。数多って呼ばせてくれ」

 ガーネットは潤んだ瞳で僕を見ていた。僕は激しく動揺した。まるで人間みたいだ。

「あ、数多でいいよ……」

「ありがとう。愛してる、数多」

「ぼ、僕も愛している、ガーネット」

 思わず言ってしまった。

 

 河原を15分ほど歩き、土手を下りて、白根アパートに到着した。

 ふたり揃って201号室に入った。

 こうして、僕・波野数多とアンドロイド・細波ガーネットの同棲生活は始まった。

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